南の国の優しいお医者さん魔法使い。そう自称するフィガロには最近悩み事があった。
「おじさん」
「お兄さん、でしょ」
「フィガロおじさん三十二歳なんでしょ? おじさんじゃん」
「こら。フィガロ先生に失礼だろう」
知り合いの子供がふてぶてしい。父親であるレノックスは何度も注意しているのに、この少女はフィガロのことを『おじさん』と呼び続けた。
「で、フィガロおじさん。お母さんは大丈夫なの?」
「お兄さんね。大丈夫、少し安静してもらってるけど問題はないと思うよ」
ここ、フィガロの診療所にレノックスと彼の娘が訪れていたのには理由があった。
最近、少女の母親――晶の体調が優れない。どうも常に気分が悪そうで、時々戻してしまう。何も食べたくない、と訴える彼女を心配した二人は慌ててフィガロの元にやってきたのだ。
そして慎重に診療して、フィガロは一つの可能性に辿り着いた。
「あのね、レノ。賢者様なんだけど、妊娠してるかも」
「……本当ですか?」
レノックスは珍しく驚きを顔に出した。そんな父親の反応を見た少女は首を傾げる。フィガロの言葉の意味が分からなかったのだ。そんな少女にも分かるように、フィガロは優しく言葉を噛み砕いた。
「妹か弟ができるってこと。お姉ちゃんになるんだよ、良かったね?」
「ルチルにとっての、ミチル?」
「そんな感じだね」
近所の仲良し兄弟の名前をあげた少女は困惑したように父の顔を見た。レノックスは優しく少女の頭を撫でた。その優しい眼差しにフィガロは目を細めた。
家族っていいなぁ。そんならしくないことを考えながら少女に語りかける。
「これからお母さんの体調を気にかけてあげてね。赤ちゃんが産まれてくるまでは大事な時期だから。無理はさせちゃいけないよ」
「……うん、わかった。ありがとう、フィガロおじさん」
「お兄さんね」
少女は笑った。まだ十にも満たない幼い少女の笑顔に、フィガロも思わず口角を弛めてしまった。
こんな優しい時間を過ごせるなら、少しぐらい大目に見てやるか。フィガロおじさん、頑張っちゃお。そう冗談めかして、静かに気合いを入れ直した。