「お前に恋人ができたら、どんなやつなんだろうな」
そんな声にヒースクリフは顔をあげた。隣に座っていた男性がこちらを見ている。その顔は鮮明に見えなくて、まるで焦点が合わない時のような気持ち悪さを覚えた。
「恋人、ですか?」
「そう。ヒースはさ、良いところの坊ちゃんなんだろ? だからいつかお前も恋人作って結婚してってするんだろうなーって思ったら、そいつはどんなやつなんだろうと思って」
そんな男の言葉にヒースクリフはそっと顔を逸らした。彼の言っていることはわかる。家を継ぐ貴族の嫡男として、いつかは妻をもらって子をなさないといけない。それでもまだ遠い先の話だと思いたくて、彼は黙りこんだ。
「嫌だな、俺」
男はぽつりと呟いた。その表情はわからないが、声色がほんの少し寂しげでヒースクリフは緊張した。
「もし、ヒースが変な女に引っかかったら」
「変な女?」
「ヒースの顔しか見てないようなやつとか、家柄目的のやつとか? いや、貴族の結婚って家柄目的しかいないかもしれないけど」
ヒースクリフの気のせいかもしれない。それでも彼は笑ったように見えた。
「やっぱりさ、ヒースには幸せになってほしいし、ヒースのことをちゃんと見てくれる人と結ばれてほしいんだよな」
男は伸びをする。いつもと比べてどこか寂しげで元気のない声に、ヒースクリフは胸を高鳴らせる。なぜこんなに緊張するのだろう。わけもわからずヒースクリフは男に手を伸ばそうとした。
「ヒースは俺にとっても、大切な弟みたいなものだから」
ヒースクリフの手は届かなかった。バレないようにそっと腕を下げて、俯く。どうしてかほんの少し、痛みを感じた。
「俺が帰るまでにそういう話が出たら、紹介してくれよな! 安心してお前を任せられる相手か見極めたいから」
ヒースクリフは一度だけ深呼吸をする。男の顔がますます歪んでいって、何も分からなくなった。そんな彼をじっと見つめて、ヒースクリフは頷いた。
「はい。絶対に、賢者様には報告しますね」
――約束は、しなかった。