ヒースクリフは視線を感じた。それも、至近距離から二つ。
はじめは気にしないようにしていたが、やはりどうにも気になる。先程から目が滑って一切読めていない本を閉じてから、困ったように尋ねた。
「……何かあった?」
隣に座っていた晶がハッとする。その膝の上で同じくヒースクリフを見つめていた幼い少女が同じようにハッとしたのを見て、ヒースクリフはおかしくなった。見た目はブランシェットの血を感じさせるのに、晶にそっくりな反応を見せるのがなんだか不思議で。一人で抱えるには大きすぎるぐらいの幸福をヒースクリフは感じた。
「す、すみません。読書の邪魔でしたよね」
晶が謝ると、膝の上の少女は不思議そうに首を傾げた。そのまま無邪気にヒースクリフの膝の上へ移動しようとして、ヒースクリフは慌てて少女を抱えあげる。父親に抱き抱えられて少女は満足気に笑った。
「母上ね、いつも父上のこと見てるから、私も見ようと思って!」
「わーっ!」
少女の思いもしない暴露に晶が慌てる。そんな妻の反応にヒースクリフは思わず失笑した。
「知ってる」
「バレてる……」
晶が肩を落とした。その頬はほんの少しだけ赤く染っていて、恥ずかしそうに視線を逸らした。
あれだけじっと熱い瞳で見つめておいてバレていないと思ったのか。ヒースクリフは笑いを堪えながら優しく問いかけた。
「で、どうでした?」
「うーん……やっぱりヒースって顔が良いですよね。本を読んでる横顔ですら一種の芸術品みたいでいつ見ても惚れ惚れします」
晶は真剣に答えた。己の容姿を好きだと思ったことはあまりないが、晶にこうして褒められるのは嫌いではなかった。
「本当に、シノがいつも自慢するだけあります。ビックリするぐらい顔の造形が整ってて定期的に感心しちゃうんですよ」
ヒースクリフは晶の褒め言葉に苦笑した。ヒースクリフから見れば晶の方が美しいと思うのだが、それを言ったところで彼女は首を横に振るだけだろう。一瞬頭を回転させてからヒースクリフは少女の顔を覗きこむ。
「母上も綺麗で美しい人だよね?」
少女は不思議そうに晶を見る。瞬間、満面の笑みで頷いた。
「うん! 父上も綺麗だけど、母上も綺麗!」
「あっ! 味方つけるのは卑怯ですよ!」
晶が慌てたように告げる。ヒースクリフは満足気に笑ってから少女の髪を撫でる。薄い色素はヒースクリフに、癖のない真っ直ぐな髪は晶にそっくりで。少女は無邪気にヒースクリフに問いかけた。
「私は?」
きっと少女の求めている答えはたった一つだった。ヒースクリフは父親の顔で頷く。
「もちろん、綺麗で可愛いよ。俺と晶の、大事なお姫様だからね」
「やった!」
少女は嬉しそうに彼の腕の中で飛び跳ねる。勢いあまって落ちそうになって両親を慌てさせてもなお楽しげに喜ぶ少女に、二人は顔を見合わせて微笑んだ。