自分が世界最強の魔法使いの子供であることは言ってはならない。誰に言われたわけでもないが、何となく少年はそう思っていた。
少年にとって父はただの不器用な男だ。世界最強の魔法使いなのだと言われてもいまいちピンとこない。いつも暖炉の前のソファに腰掛けて、本を読んでいたり何かを考え込んでいたり、時々母と話をしていたりする。確かにすごい魔法を使っている時の父はかっこいいが、それ以外は本当にピンとこない。
けれども、ミスラをはじめとした多くの強い魔法使いが父を石にしようと城を訪れる。そんな彼らを易々と返り討ちにする父を見て、やっぱりこの人はすごい人なんだと幼心に思った。
そんな彼の息子だと言ったらどうなるだろうか。あのオズの息子というレッテル張りは避けられないだろう。人間には恐れられるかもしれない。下手したら変な魔法使いに命を狙われるかも。だから、少年は中央の国に進学する時に決めた。
ーー世界最強の魔法使いの息子であることは隠そう、と。
そうして、両親の話のたびに曖昧な態度で誤魔化し続けた結果。三年経った少年はクラスメイトたちに囲まれて冷や汗をかいていた。
「ね、マサキがアーサー殿下の隠し子って本当!?」
確信めいた質問だった。実際は一ミリもかすっていない噂でしかないのだが、目の前のクラスメイトは信じてやまないようだった。ほんの少しの期待と興奮が見え隠れする。
「マサキさん、北の国出身だもんね……。アーサー殿下の隠し子が北の国にいるって噂、本当だったんだ」
「北の国の奴がなんで殿下と知り合いなんだ、って思ってたけどそうか、そうだったのか……」
クラスメイトの動揺が広がっていく。どうしよう、と少年は焦った。けれどもこういう時になんて言えば伝わるのだろう。なんて言うか考えて、彼は黙り込んでしまった。
少年から親の具体的な話が出たことはない。聞いても誤魔化されるだけなので、クラスメイトは何か事情があるのだろうと聞くのをやめた。そんな中、ふと誰かが疑問に思ったのだ。
少年はアーサー王子と仲がいい。中央の国の住人ですらアーサー王子と直接会話をしたことのある者は少ないだろう。なのに、北の国出身の少年はまるで友人のような気やすさで王子と話す。しかも聞けば、少年は進学するまで北の国から出たことすらなかったようなのだ。余計に、疑問が募った。彼は一体どこでアーサー王子と出会ったのだろうか。
そんな時、こんな噂が耳に入った。アーサー王子は北の国に隠し子が居て、その子供に会うために定期的にお忍びで北の国を訪れていると。その瞬間、電気が流れたような衝撃を受けた。そうか! その誰かが納得した。
「マサキの父親は、アーサー王子だ!」
「…………あの、違うんだけど」
わいわいと盛り上がるクラスメイトたちに少年は話しかけた。黙っていてもどうしようもないことに気がついた彼はとにかく否定することにしたのだ。
「アーサー……様は僕の父じゃない」
そんな彼の言葉に首を傾げた女子生徒が尋ねる。アーサーの隠し子という説を信じきっているうちの一人だった。
「じゃあ、マサキさんの父親って誰なのよ」
「それはちょっと……」
「言えないの?」
何か言いにくい事情があるかもしれない。そんなことは無視して女子生徒がまっすぐに尋ねた。説明がないなら信じない。そんな固い決意に少年は悩んだ。
いっそ今居候させてもらっているカインのおじさんを父親ということにしてしまおうか。いやいや、カインのおじさんに迷惑はかけられない。悩んで、悩んだ末に、少年は口を開いた。
「僕の父親はオズだよ。北のオズ、知ってるだろ?」
少年は諦めるのが早かった。どうとでもなれ、と投げやりに告げれば空気が凍った。
あのオズの子供なんて恐ろしいだろう。もしかしたらもう誰も近づいてこないかも。少年が不安に襲われると同時に、誰かが笑い飛ばした。
「いやいやいや、冗談やばいって!」
「マサキってそんな冗談も言えるんだ!?」
笑いが伝染していく。『オズの子供である』という一世一代のカミングアウトは、少年の愉快な冗談として受け止められた。
ーーなんてことがありました。結局アーサー様の子供疑惑はちょっと残ってしまったので、アーサー様に申し訳ないです。今度アーサー様から直々に否定してもらうつもりです。また、今度の休みには北の国に帰りますね。敬具。
オズは手紙から顔をあげる。最後の内容に首を傾げて、もう一度読み返す。書いてあることに変化があるわけもなく、もう一度読み返した彼は再度首を傾げた。
「何かありましたか? それ、あの子からですよね」
近くでタオルケットを抱えていた晶がオズに話しかけた。少年からの手紙を読んでいる間は邪魔をしないようにと黙っていたのだが、あまりにオズが挙動不審で話しかけずにはいられなかった。
「…………アーサーの子供らしい」
「え、アーサーに子供ができたんですか?」
「いや、あれがアーサーの子供らしい」
「…………はい?」
晶は理解できないと言わんばかりに眉を寄せた。貸してください、と彼女は少年からの手紙に目を通した。辿々しく文字を読んでいって、最後の内容に黙り込んだ。
「あの子がアーサーの隠し子ってことになってるんですか? 何で?」
「わからない」
オズはすっと立ち上がると魔道具の杖を取り出した。
「どこか行くんですか?」
「あれのところに。学校は中央の国の王都にあるとアーサーは言っていた」
口には出さないが晶はわかった。何となく、息子が心配なのだろう。そんなちょっと不器用な彼に晶は抱きついた。
「せっかくなら、私も行きたいです!」
「……《ヴォクスノク》」
雪原に佇む魔王の城。誰もいなくなった部屋で、暖炉の火だけがばちばちと音を立てていた。