風早閃に海で楽しんでもらいたかった(タイトル)「海だ……!」
「うむ、人のいない場所を見繕ったからな。自由に泳げるぞ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
嬉しそうに声を弾ませる風早閃に、菊葉黄連は頷いて返す。
喜んだようで何より、と。大きく頷いて、黄連は自分用の浮き輪を用意する。
オーヴァードとして覚醒した彼は。人生を賭していた夢を諦めなければならなくなった。
……それだけではなく、“愚者の黄金”が脚についてしまったのだ。プールや海、修学旅行など、学生のうちに起こる諦めなければならないことも山のようにあるだろう。
それを哀れんだ職員の一人が「慰安として海水浴とかつれてってあげられませんか?」と黄連に持ちかけてきたのだ。
黄連としても、“大人”として、青少年には元気に過ごしてもらいたいものである。手配を始めるのに、そう考える必要はなかった。
……まあ、当の本人を説得するのに、ほんの少し手間はかかったが。
尚、トウジは「今回は遠慮しておきます」。康平は「塩水はちょっと……!」との事だったので留守番を命じている。
閑話休題。
そんなこんなで今は見守り兼足役……もとい、ゲート持ちの職員と、黄連、閃の三人で海に来ている。本当に便利だな、ディメンションゲート……と黄連はしみじみと思った。
各々水着に着替え、波打ち際へ行く。職員に手伝われながら浮き輪によじ登りプカプカと浮かぶ黄連に続いて、閃も海へ──入ろうとして、浅瀬につま先を入れた瞬間。ピタリと動きが止まった。
「どうしたの閃くん?」と、職員が声をかける。
閃は神妙な顔で自分の脚を見つめ「…………これ、沈みませんかね」と、これまた神妙な声で告げた。
あ、と全員が固まる。閃の足は黄金──金属である。リチウムやマグネシウムほどの軽さであれば浮くことも可能であるが…………ギラギラと太陽を照り返している金色が「黄金です!!!!」と声高々に主張しているのだ、んなわけあるか。そもそいつらは水に入れてはいけない。
シン……と場が一瞬静まり返る。正直死ぬほど気まずい、空気に耐えられない黄連は頭を回す。
(水に浮くのは無理だ。浮き輪は? 馬鹿野郎、金の重さを舐めるな。では諦める? 現実的だが──あの顔を見てみろ。ほら今まさにしょぼくれておるではないか!)
うんうんと暫く唸っている黄連。それよりも先に口を開いたのは閃だ。
「大丈夫です、僕。浅瀬で遊ぶので」
にこりと笑った後、膝ほどの深さまで入って。控えめに遊び始める。
笑顔ではいたが、少し寂しそうな様子に黄連は胸が痛む想いを抱く。そしてそれは、隣で浮き輪を掴んでた職員も同じだったようで。「支部長」と、黄連に小さく耳打ちをした。
「なんだ」
そのまま、閃には聞こえない程度の声量でこそこそと話し始める。
「どうにかなりませんかね……可哀想ですよ……」
「んなことわかっとる。今も考えておるとこだ」
「閃くんが考えつく前になにか出なかったんですか?」
「貴様……ノイマンの思考能力に勝てるわけなかろうが!」
「ううん……思い切り体を動かせたらいいんですけど……」
「難しいだろう、泳げないのだから……砂浜とかで……」
と、そこまで言った黄連が、突然「あ!」と声を出した。
「おい、いいことを思いついたぞ! わしを浜辺へ連れてけ!」
と職員へ命じ、自分の首から下げていたスマートフォンに“機械の声”で命令する。
『こがねが丘支部、全職員に通達。浜辺での訓練を行う。必要なものをテキストで送るので用意すること』『30分後、職員を向かわせるのでそれまでに準備を済ませるように』。
満足気にスマートフォンを首に下げ直し、アサリを見つけている閃に声をかける。
「おい! 閃! 今すぐ来い!」
「どうされました?」
駆け寄ってきた少年に、得意げな顔で、声をあげて黄連は告げる。
「訓練の一環として、ビーチバレーをするぞ!」
……ビーチバレーを始めた後、気まぐれに参加した黄連がものの数分で熱にダウンしたり。何試合か後に閃の脚がすごい熱を帯びはじめて、ちょっとした事故になりかけたりしたのだが──それは割愛することとする。
おわり