悪い組織の手下その二「先輩のそのメガネって、度は入ってないですよね?」
唐突な後輩の話しかけに、キサノキヨシは端末のディスプレイから視線を上げた。椅子をくるりと回して、後輩であり雇い主のミギワキイトに向き直る。
「ああ、入ってない」
「ディスプレイにしてるとこもあまり見ませんし、オシャレメガネというには物足りなくないです?」
「そうだな。確かにディスプレイとして設定はしてるがあまり好きじゃない。そしてお洒落とは言い難い。お前の疑問はもっともだ。これはな、『伊達メガネ』だ」
何を言っているんだこの男は、という疑問符を顔に浮かべるミギワにキサノは続ける。
「俺が母子家庭だったのは知ってるな?」
「え、ええ。先輩の場合は他組織の息がかかってないか念入りに確認しましたので」
「で、俺がマザコンだ。というのは言ったっけ?」
ミギワはいよいよ訳が分からない、という面持ちで眉根を寄せる。
「えーーーっと、それに自覚的である場合にそれが当てはまるのか?やや疑問は残りますが、初耳です」
「このメガネはな、その愛する母からの熱いリクエストでつけてるメガネだ」
一度眼鏡を外して、取り出したメガネ拭きで付いたごみを取る。ミギワの反応を待ちながら、綺麗に拭き上げて元に戻した。ミギワは口元に手をやって考え込むしぐさをしながら言った。
「それは、…母君がメガネフェチという事ですか?」
「まぁ概ねそうなんだが、どうやら俺の父親がやたらメガネが似合うイケメンだったらしくてな。むろん母の主観なので客観的にどうかは知らんが」
「あ~~、御母上が先輩の顔に御父上の面影を追ってらっしゃる、と?」
「ま、有り体に言えばな。母と俺を捨てた男の真似事なんぞ、というのは思わんでもないが母がそれを望むのなら致し方なし、て所だ。なモンでデザインも母がOKしたものだ。俺の趣味は一切関係ない」
後輩は明らかにコメントに困っている。だが聞いた手前黙っているわけにもいかないらしい。
「御父上は、今どちらに?」
「知らない、教えて貰う必要もないな。…消えた理由は女か、金か、いずれにせよ俺は関わりたくない。母を捨てた事実は覆らない」
ミギワならばその足取りを追っていそうな気もするが、訊いてきた所を見ると知らないのかもしれない。どちらにしろ、どうでもいい。
「そうですね。ですが、ご家族の事で困り事がありましたら、いつでもご相談下さい。
例えば早急にお金が入用だとか、ストーカーに困っている、死体の処理に難儀しているとか。いくらでも解決の手段はありますから」
さらりとそう言って、後輩であり雇い主――宇宙でも指折りの規模を誇る犯罪組織の跡取り息子は微笑んだ。母親譲りだという美貌と、父親譲りの度胸でのその言葉は、全く嘘偽りないと知っている。
たとえ猛毒を含んでいるとしても、彼は嘘などつかない。必要がない。
「さて、作業が一区切りついたし、コーヒーでも飲もうか」
「了解でーす」
返事を聞きながら俺は端末のディスプレイを閉じた。