悪い組織の手下その二 仲良くなるまでの話。「お手数かけて、すいませんね」
後輩は、人懐こい笑みを浮かべてそういった。いや、そう見えるだけのビジネススマイルと言うやつなのだろう。彼の立場と自分の立場を考えれば。
「仕事の上司と、親交を深める。別に不思議な事でもないだろう。まして俺はアングラに詳しいわけでもない、貧乏な一般家庭の人間だ。仕事上必要なものが足りないというのであれば、君がこれからスカウトする他の子とトラブルになっても困る。手間は道理だ」
自分の雇い主であるミギワキイトは、とってもアングラでビッグな会社の御曹司である。ビッグ過ぎて、組織や彼の父親の所有物には会社が複数どころか衛星惑星が複数含まれる。
俺が学費免除につられて入ったこの大学も、宇宙に浮かぶ一つの独立した「衛星」の中にある。より正確に言うなら『学園衛星』、幼年の学校から大学院までがあり、高校以上は学科試験と諸条件、本人の希望により学費の免除が受けられる。条件はあるものの厳しい条件ではないので、学科試験さえクリアすれば金のない人間にとっては大変ありがたい。
特に俺のような貧乏人にとっては。
「別に銃の扱いを覚えてもらって軍人ばりに動けとか、前線のすぐそばで仕事しろとか、そんな事は要求しませんよ。ただ」
「うん、トンチンカンな事をして足手纏いになられちゃ困るから、道理くらいは知って置けという事だろ」
「ええ。でもまぁ、それより先に」
ミギワはにこりと笑った。先ほどと同じように。
「まずはショッピングと行きましょうか。お代は私が持つので先輩はシャンと立ってて下されば」
「?」
俺、キサノキヨシはミギワの笑みに意味が分からず見返していた。
「先輩はいくつか勘違いしてらっしゃるので先に言っておきますが私はこれから1年から2年くらいかけて先輩を口説き落とします」
「……はい?」
高級ショッピング街――、価格帯が富裕層向けの為一度も歩いた事のない通りを、歩きなれた男の横で所在なく歩く自分は、身なりからしてやや浮いている。もう少しいい格好をするべきだったと思いつつも、クローゼットの中を思い出しても大して上等なものはない。
「まずは私の隣にふさわしい装いを。これはカジュアル礼服ビジネススーツすべてを含みます。私がデートに誘った場合はそれを着てください。最終的にはご自分で選べるようになっていただきます。これは店員に『こういう場合のお勧めは?』と聞ける程度には、ファッションの知識を身につけてください。業務の話はそれがすんでからとします」
この通りを歩き始めた時点でそんな気はしていたが、意外と要求値が高い。服飾に関して興味がゼロ、服はヨレヨレの現状からだと、とてもハードルが高く聞こえるのだが。
「本気かよ」
「本気と書いてマジです。俺が夜会にパートナーとして連れていける男になって頂きます」
「はぁ!?そんなの仕事じゃないだろ馬鹿言う、な、ょ…」
思わず大きな声で言い返して、周りの視線に尻すぼみになる。
「ウフフ、先輩ったらお戯れを。私は先輩を誘った時言いましたよ『あなたには私の側近の一人として、出来れば末永く働いて欲しい』と。側近てのはですね、『権力争いに巻き込みます』という宣言のつもりだったんですが、それでも『仕事ではない』と仰るんです?」
言っていた。確かに言っていた。
その時は『手となり足となり』という意味だと思っていたが、巨大組織の中の『手となり足となり』は『権力争い』真っ只中で共に戦って欲しいという意味だったのだ。
そりゃそうだ。信頼置ける部下がいなければ、巨大組織を御曹司でしかない彼が、どうしてやっていけるだろう。
まして自分は彼より1歳年上で、そんな男が彼の隣でみすぼらしい格好をしていたら…まぁ外聞が悪い。
毛玉のついたパーカーと買って1年のスキニー。大学に入った頃買ったシューズ。
コンビニに行くならまだしも、この通りにはあまりに相応しくない。
ちなみに彼はカラーシャツにカジュアルジャケット。ジーンズは体形に合っているせいか、だらしなさはない。
「…………了解した。既に振り込み始まってるのは『自分で買えるようになれ』という意味だな…?」
「察しが良くて助かります。ですので初回は、デートコーデとスーツ購入。カフェランチ、夜は高級料亭と行きましょう。目標がはっきりしていた方が先輩は良いでしょう?」
「そうだな…、……長い一日になるな…」
軽いめまいを覚えながら、颯爽と歩く後輩の後を俺はトボトボとついて行った。
仕事だけ、ようするにキーボードを叩いているだけで良いのだと思っていた能天気な自分を引っ叩きたい。いや、彼が内々に誘ってくれた事で『それが許されるのだ』と勝手に勘違いしていたのだ。
仕事と言うのはコミュニケーションがなければ成立しえず、彼は上司としてそれを徹底的にたたき込むと宣言したのだ。まずは見た目。次に作法か。所作が出来ていなければ、相手に侮られる。その時点で部下としては失点だという事だ。
ミギワの発言を思い返しながら頭の中でそれらを反芻して、ハタと動きが止まる。
「さっき俺の事口説き落とすって言ったか?」
「言いましたねぇ」
予告通り、デート用の服を一揃い買ってそのまま着替え、ランチの店へと着き、注文を一通りしてひとごこちついたタイミングの事である。
「すでに俺はお前と契約済みだ。肉盾になれと言われたら流石に躊躇するが、お前の為なら外道を働くつもりだ。この手とこの足が竦まない限りはどんな事でもするつもりだ。
それがこの学園での学費免除の条件であり、お前に誘われ、請けた時点でそれは確定している」
にこり、とまたミギワが笑う。
この学園は、犯罪組織のトップが所有する衛星の中にある。
それは最早公然の秘密であり、その犯罪組織の隠れ蓑である企業からの就職オファーを断ってはならない、それが学費免除の条件だ。もちろん是非に勤めたければ普通に入社試験を受ける事も出来る。が、オファーがなければ就職は個人の自由だ。その為これは一種の博打でもある。
組織のお目に留まらなければ、学費は免除され、高校・大学で学べる。声がかけられたとしても、真っ当な業務に携わるだけで済むかもしれない。ややグレイ寄りの業務で済むかもしれない。真っ黒だとしても、自分が手を下すわけでなければそれでいい。
目の前の悪に、目を瞑りさえすればそれでいい。
「キサノ先輩、私の交友関係の噂はご存じです?」
「は?…いや、興味はないが、良くない噂は聞く、な…浮名と言うか艶聞と言うか。……え?」
この学園には学費免除とは関係なく、組織の幹部や下部組織幹部の子息も多く通う。
理由の一つは目の前の男だ。これから莫大な権力を握る事がほぼ確定しているミギワに取り入り、甘い汁を吸おうとする輩は一定数いる。甘い汁でなくとも、面識を作るだけでだいぶプラスなのだろう。
他には運営母体が運営母体の為、『問題を起こしてももみ消せる』と思っている輩も多いらしい。後日聞いたが『こちらに話を通していない案件については法的責任を取らせる』『そもそも学園内での無法はご法度』との事で、例え運営母体に利する事でも無法は許されないのだとか。意外ではある。
ともかく、分かりやすく『金持ちの息子』である彼は、交友関係が広い(らしい)。そしてやたらと艶聞も多い。他人の噂に全く興味がない自分でも、授業の雑談で、ネットの片隅で、確認する気がなくても聞こえてくる程に。ミギワと関わる前ですらそうだったのだから、的外れな情報ではないのだろう。
それくらいには考えていたが。
「それとこれと、いったいどういう関係があるんだ」
言いながら、なんとなくうすら寒いものを感じて、ミギワを凝視する。
「直球で関係ありますよ。彼らは私が望めば睦言も交わしてくれる。睦言を交わせば情もわく。情がわけば、彼らはきっと、私の為に働いてくれるでしょう。彼らは私と『仲良く』したいのですから。私は睦言を交わす相手が沢山欲しいのですよ」
「それ、は」
目の前の柔らかな物腰の男が言う、セリフがイマイチ咀嚼できない。
こちらを楽しそうに眺める男が、何を言っているのか分からない。
「この学園内で、無法はご法度です。私も例外ではありません。ですが相手と利害が一致していればそれは『合意』です。訴える道理がない。そうでしょう?」
「そ、それは」
言っている事は真っ当のように聞こえる。そう聞こえるようで真っ当ではない気がする。気がするだけかもしれない。
「相手に目論見があるのと同様にこちらにも目論見がある。それを分かって近づいたのなら、結論は一つです」
「俺は別に、お前と仲良くなりたかったわけでは…」
「もちろんですとも。私が、先輩にこうして接しているのは、私がそう望んでいるからです。
先輩と仲良くなりたい。
先輩が欲しい。
キサノキヨシ、あなたを全て手に入れたい」
こちらの手に、彼の手がそっと覆いかぶさる。びっくりして、俺はその手をすぐに引っ込めてしまった。
ミギワの手が所在なさげにひらひらと泳いで戻っていく。
「なんで、今、そんな事を」
動悸がすごい。早鐘の如き心臓の音がやたらとうるさい。
言わなくていいはずだ。言わないでそっとそっと外堀を埋めていけば、俺はそんな思惑に気付かずに、どれだけの物かはともかく、好意を持ったはずだ。
今それを言ったら、警戒度が跳ね上がるだけではないか。
それを今言う意味が分からない。
「ん~、そうですね。フェアではないと、思いまして」
「フェア…?」
きまりが悪そうに少し視線を逸らした汀は、表通りを眺めたまま続ける。
「私が誰かを口説くのは、殆ど利害関係があるからです。寝るのもそう。私は自分のこの容姿を武器にして、これからも誰相手であっても、ソレが通じるのであれば使う事でしょう」
ミギワキイトはモデルでもやっていけそうなイケメンである。細マッチョと言うには線の細い体、すらりと伸びた長い手足、長い髪は手入れが行き届き、週1でエステに行っていると聞いたら俺はそのまま信じるだろう肌ツヤに、化粧なのか天然なのか自分では分からない整った顔。
どこぞの子息でなくても、普通に女性からモテる。学園内で女性から滅多に声がかからないのは、彼が御曹司として有名過ぎる事と、同性愛者である事もそこそこ知れ渡っているからだ。
その為、隣を歩くと申し訳なさがすごい。
いやちょっと待って浮名が利害関係から来てるってどういう意味だろう。
「普段私が相手をしているのは、私そのものに用がある方々ではありません。でも、先輩は違いますから」
「…つまり、一般人だからちゃんと言っておきたい、と…?」
「そうですね。先輩は私の都合で口説かれるだけなので」
「……え、何?俺口説き落とされるの確定なの」
「大丈夫ですよ。いきなりベッドに押し倒したりとかしませんから」
「スッゲー自信だなお前!?怖い!何なの!?」
「ふふふ」
慌てふためく俺を見て、ミギワはやっぱりニコリと微笑んだ。
ミギワは言葉の通り、親交を深め、基本的な作法を叩き込み、ファッションチェックを欠かさず行い、デート以外のファッションについては何も口出しをせず、1年後に俺が折れるまでキスすらしなかった。
その間も浮名は数限りなく、俺もそのうちの一人だろうと噂されたりされなかったりしたが、それは彼の落ち度ではなかろう。
ミギワは終始徹底して紳士であり、好意を忘れず伝え、これだけは許して欲しいと気障ったらしく手の甲にキスをしてデートを締めくくった。他人の悪口は決して言わず、俺を否定せず、大学を出れば関わるであろう組織の事をやんわりと教え、長期の休みには衛星外まで連れ出して短いバカンスと洒落込み、……およそ、理想的な恋人として振る舞った。
1歳年下の男がこれだけのスパダリぶりを披露して、好意を伝えてくるというのは、本当に…。
「正直に言いますと、もう少しかかるかなぁ、と思っていたんですよ」
「…それはアレか、俺が思ったよりチョロかったって事か」
ベッドの上でバスタオルにくるまって丸くなっている俺を見て、ミギワはわずかに顔を曇らせた。
「いえ、……そもそも先輩は、こういう事をトラウマレベルで嫌がると思っていましたので」
明言を避けた言葉の裏にある言葉を察して、俺は、ああ、と呻いた。
バスローブに身を包んだ汀がベッドの端に腰掛ける。
「知ってたか。いやそりゃ知ってるよな」
「記録が残っている事ですので」
「だよなぁ」
俺はベッドにごろりと転がった。
怖いか怖くないかでいえばそりゃ怖い。
だから、俺には無理だから、抱いてくれるならそれで良いと汀には言ったのだ。
誰かを抱くのは、もうごめんだ。
「どっちにしろ立たねーのよ。あれからずっと」
怖くて怖くて仕方ない。
「無理をして欲しいわけではないんです。今日は、止めておきますか」
「いや、良いよ。お前なら、良い」
ミギワと向き直って、ぎこちないキスをする。
恐怖でひきつる体を抑え込んで、ミギワにすがるように。
なんて事はない。
俺は母親を殺したのだ。
性的な虐待を幾度となくしてきた母親に耐えきれなくなって、
16歳のある日、殺したのだ。
未成年だった為、又、長期間加害されていた事実から俺に実刑はつかず保護観察処分となり、俺はそこで一人きりとなった。
母親は父が大好きだった。そう言っていた。
そっくりの自分もまた同じように大好きだった。そうらしい。
大好きとは、一体どんな感情なのだろう。俺にはたぶん一生分からないだろう。
父は母の元からとうに消え、俺には母しかなく、母の事は母として、好きだった。そのはずだ。
母は人並みに自分を育ててくれたし、学校にも通えたし、衣食住不自由なく日々を過ごしていた。その時が来るまでは。
中学の終わりごろ、彼女が自分の顔をじっとのぞき込む事が増え、やたらと触るようになり、反抗期がなかった自分は特に邪険にしなかった。それがいけなかったのだろうか。
ひとり親で俺を育てるのは大変だったと思う。彼女はついに夜職から足を洗えなかった。
その後の彼女の事は、よく覚えていない。
思い出す事も、ない。
だから、ミギワが声をかけてきたときは、死神が来た、と思ったのだ。
すべての罪を清算する時が来た。きっと俺は楽に死ねない。それでいい。そんな都合のいい悪夢を見た。
全くそんな事はなかったけれど。
都合のいい悪夢ではなく、ただひたすら優しくて、気づかわしげで、現実的で、真っ当に人として扱われて、眩し過ぎて目が焼かれそうで。
彼の方がよほど真っ暗という事を忘れるほどに。
「――ッ、あ、っく」
先ほど綺麗に中身を出したそこに、ミギワの指が1本、2本と入り込んでいく。ぐじゅりとジェルの音がする。
知識としては知っていたし、自分で少しだけ予行練習として試したこともあるが、それでもそれでも、慣れるものではない。
「呼吸は止めないで、お尻は『出す』のをイメージすると緩まりますので」
ミギワの声がやさしく、遠く聞こえてくる。
枕をぎゅっと抱え込んで、言われたとおりに呼吸をして、情けない声尾を出しながら逃げないように身を固くする。
怖くない。何も怖くない。いや怖い。
自分の体の中で、自分の体ではないものが蠢いて、中をまさぐる。
しかもこの後ペニスが入る。怖いに決まってるだろ。
「みぎ、わ…」
「はい」
名前を呼ぶと顔をそっと近づけて、体をぴたりと寄り添わせて、耳元にキスをしてくれて。
「酷くして。赦さないで。乱暴にして、俺、は…」
「…先輩に、そんな事出来るわけないでしょう」
呼吸の浅い俺を労るように、俺の前髪をかき上げる。
「だって、俺が、酷い事が出来る人間だから、悪い奴だから俺にこんな事をするんだろ…。好きでもない奴を抱くのは仕事だろう…!」
「そんな事を考えていたんですか。……でも、そう思いますね普通」
そのまま俺の鼻先にキスをして、俺の体をごろりと転がし仰向けにする。ミギワに真正面から見つめられて、視線に耐えきれず視線を逸らす。
「先輩、俺別に、仕事として先輩を口説いてたわけじゃないですよ。悪い男だと思ってもないです。仕事がちゃんと出来る男だと思ったから誘ったんです。先輩からしたらとんだ外れクジでしょうけれど、俺は先輩の事が欲しくて欲しくてたまらないから、こうしてるんです」
「みぎっわっ、何、そんな…」
「ただ、コレが人の言う『愛情』なのかと言われたら、それはわかりませんけれど」
確かに、思い返せば彼は『好き』とは言うものの『愛してる』とは決して言わなかった。ただし俺には、それが心地よかった。酷く、心地よかったのだ。
腰の下にクッションを差し込まれ、足を広げられ、恥ずかしくてぎゅうと目を瞑る。追加のジェルの感触にピクリと震える。
「指で十分拡げましたので、入れますよ。呼吸を深くして、止めないで」
ぴとりとあてがわれてさらに身を固くして、衝撃に備えてもそれはやたらとゆっくりした挿入で、それだけに中に入り込む形が良く感じられて、そこで呼吸を忘れてしまう。
「あ…っ、は、あ、ァっ、く」
「動きませんから、ゆっくり、呼吸して下さい」
奥まで入り込んだところで耳元で囁かれ、ぞくりと身を震わせながら呼吸をする。顎をつかまれて口に舌を差し込まれてまた呼吸を忘れそうになる。腹の中の異物が存在感だけはしっかりとあって、そのまま一体化するのではないかと少し怖くなってくる。
「み、ぎわ、ミギワ…っ、動いて、じっとしてるの、やだ…ッ」
「ふふ、可愛い、先輩…ねぇ、キイト、って呼んで。今だけでも呼んで」
「キイト、きいと…!早く…っ」
ぐちち、と音がして引き抜かれ、ぶじゅり、とまた奥まで入り込み。確かに自分の中に他人の体が入り込んでいる。異物感が怖くてたまらないのに、そわり、ぞわり、と何処からか快感が寄ってくる。
「可愛い、本当に可愛い。先輩が可愛くて可愛くて、壊しちゃいそうでずっと怖くて、食べたいのもずっと我慢してて、ねえ先輩。もっと呼んで、そしたら…可愛すぎて酷くするんで」
何故かそこで、一回り大きくなったような気がする。それとも俺が締め付け過ぎたのかもしれない。ちらりと汀を見ると、なんだか見た事がない顔をしていた。目がぎらぎらとしていて、今に齧り付かれそうで、…ああ、この男でもそういうスイッチが入る事はあるのだな、と頭のどこかで考える。
口では、請われるままに彼の名を呼んでいた。
「きいと、きいと、酷くして。ねぇもっとして…っ」
体力のない俺はそれから『酷く』された後すぐに気を失ってしまった。
目を覚ました時、ミギワが歳より幼い顔でこちらを睨み付けていたのがすこし、可愛らしかった。
「ないわー、マジないわー。俺だってメチャクチャ楽しみにしてたんですよ。男ですもん!!!!!」
学園で流した浮名は数知れず、今もそのうちのいくつかは現在進行形である男が、不機嫌を隠そうともせずプリプリと怒って朝食を食べている。
あまりに明け透けな物言いに、俺は照れ隠しで語彙を荒げた。
「お前、超ド級のインドア派根暗オタクに何を求めてんだ馬鹿じゃねぇの」
「そりゃーそーですけどーーーー」
「肯定すんな腹立つわ」
一つ勘違いをしていたな、と目の前の男の評価を改める。この男は根っからのハンターなのだろう。獲物の為ならばどんな罠でも用意して、用意周到に根回しをし、獲物を追い込んで必ず狩る。必要であればその物腰は柔らかになり、あるいは恫喝もするし、煽りもする。
狩りこそが主目的。その狩りの報酬としてセックスを求めている。過程として人材や人脈をゲットしている。いや逆か。過程としてセックスまでの道のりがあり、報酬が人材や人脈のゲット。結果イケメン金持ちによる容赦ない(最適な)ラブコールが発生する。いや怖いわ。めちゃくちゃ怖いわ。もう少し真っ当に生きて欲しい。
結婚詐欺師よりも性質が悪い。いや最初から性質は悪い。犯罪組織の御曹司だもの。
「ねー先輩、今日暇ですよねこの後相手してくれませんか流石に今日誰か誘えないんで」
「えっ腰痛いからヤダ。ケツ穴も違和感残ってて絶対ヤダ」
「ケーチーーーーー」
「てかしばらく誘うな。お前の取り巻きに殺されるからヤダ。俺しばらくオンライン授業にする」
「ぐう正論ンーーーー」
「あとボチボチ学園内のネットワーク把握の許可出せ。足元すくわれんぞ」
「その件につきましてはあとで資料をお送りしますサッセー他の資料も随時送りますゥー」
ポリポリむしゃむしゃと、暫く咀嚼音がした後、ぼそりと彼は呟いた。
「キサノ先輩、申し訳ありません」
「…何がだ」
「断る自由もない選択をさせて」
「………全くだな」
この一年の『彼なりの誠意』は見た。結婚詐欺師は自ら『結婚詐欺師だ』という事もあるらしい。その程度には誠実だった。
聞くと、1年後には後輩として2人ほど仲間が増えるらしい。そのうちの一人は『契約済み』、もう一人は『学科試験次第』らしい。『契約済み』が本命なんだと、はにかむ顔を思い出す。
いやまぁつまり、最初から分かりきっている話なのだ。この男を絶対に愛してはいけない。俺はこの男の所有物ではあっても、愛だけは見返りに含まれないのだから。
俺が人を愛せない人間で良かった!
「お前は出来た上司で、色情狂の後輩だ。それだけだろ」
「えっ、色情狂って何ですかただ恋多き大学生なだけっすよ」
「ねーーーーーーよ!」
ゲラゲラ笑いながら、俺は朝食を片付け始めた。
ああ、本当に良かった。