茨が妊娠する話02
葉酸。
なんでも初期の赤ちゃんの神経形成によく働くから頭が良くなるだとかなんだとか云われていて、妊婦に必須の栄養素らしい。それにはビタミンB群や鉄分、カルシウム分なども配合されるタイプもあり、どれも妊娠中に不足しがちな栄養素のようだ。
ビタミンB群はつわりにも効くなんて云われている。サプリをめちゃくちゃ飲んだ。ぜんぜん効く気がしないけど飲まないよりは精神衛生に良い。
「あと生姜湯なんかも効くらしいね! 冬だしあったかいの飲むといいね。妊婦といったらルイボスティーもだね! 茶葉を買ったから一緒に渡したね!」
「ありがとう……ございます……」
「あっそれからあったか腹巻も! もこもこ靴下もいいよね、それから……」
「殿下、うっ、すみません、切ります!」
通信を切ってトイレに駆け込む。もう殆ど中身は出ないのに胃液だけは出た。やめてほしい。
「……栄養になる前に排出されてしまう……」
キッチンにいって、白湯を注ぐ。
病院で処方された漢方を飲んだ。妊婦は薬を飲んではいけないというけれど、結構飲める薬があるらしい。飲まずに我慢するより病院に行って処方されたものを飲んで早く治す方が体にもいい。効いてくれ、たのむと念じながら飲み込んだ。
悪阻(つわり)が全種類来た。
吐いてしまう吐きづわり、常に食べていないと気持ち悪い食べづわり、急に特定の匂いに吐きそうになる匂いづわり、寝ても寝ても眠い寝づわり、唾液が出続けるよだれづわり。
最悪の役満では?
ふらふらとベッドに倒れる。眠い。きもちわるい。唾液の海。こんにゃくゼリーをくちにいれ、噛むのもそこそこに飲み込む。
え……これがあと二カ月半……?
「つら……」
なにもできない……。
頭を抱えていると閣下が帰って来た。
「ただいま。日和くんからいろいろ預かってきたよ」
「はい……さっき聞きました……」
「チョコラBB飲む? ビタミンB群だからいいかもしれない」
「え、栄養ドリンクって飲んでいいんですか?」
「これはカフェインとか入ってないから。カロリーも高くない」
なるほど……栄養ドリンクなら効率がいい気がする……。
「あと生姜……新生姜食べる?」
「あー、新生姜いいですね、食べやすい」
「生姜は悪阻に効くかな」
「……正直よく分からないです……生姜湯、飲んでみたんですけど癖がすごい」
「効くといいね」
なでなで、とこどもみたいに頭を撫でられる。くすぐったい。恥ずかしくて、でもちょっとうれしい。
「食事、これからは私が作るね。茨は寝ていてね。なんだっけ、食べちゃいけないもの沢山あったよね」
「ええと……なんでしたっけ……」
がさごそと母子手帳交付のときに貰った冊子を取り出す。
生もの、刺身とか魚介系、生ハム、ナチュラルチーズ。妊娠中は免疫力が低下するので食中毒、感染症にかかりやすい。リステリア菌やトキソプラズマ原虫があげられる。魚の水銀量も気にしなければいけない。海藻類に多く含まれるヨウ素も過剰摂取は避ける。レバー、鰻に多く含まれるビタミンA過剰摂取は胎児の奇形が出る。カフェインの過剰摂取も避けたい。アルコールも。
「……めちゃくちゃある……」
「プリンは食べられるよ」
特に食べたいものはないと思っていたけれど、こうして禁止されると逆に食べたくなる。あと八ヶ月くらいは食べられない。更に出産してからも授乳があるから、アルコールは当分飲めないのであった。
「免疫力低下するとか妊娠バグなのでは……?」
「人体の神秘だね。ごはん、何食べたい?」
「うーん、消化しやすいものが好いですね……すぐに消化できるもの……」
「うどんにする? 月見うどん」
「月は固めにゆでてくださいね」
「わかった」
頬にキスされた。閣下はキッチンへ消えていく。照れてしまう。
空から落ちた月を、はやく頬張りたい。
続く
(210201)