二人だけの宝石
「うーんいないね。当てが外れた」
ばたばたと薫と茨の髪を海風はつよくはためかせた。水平線が空と海とを分けて、きらきらと水面を揺らしている。
「もしかしたら向こうのハーバーにいるのかも」
「そうでありますか。では自分はこれで……」
「せっかくだから俺も行くよ」
「お気遣い大変恐縮であります! 閣下もこんな同室の方と巡り会えて果報者でありますな〜〜」
凪砂が端末に出ないから寮の部屋までいった茨だが、不在で薫が出てきたのであった。端末はベッドに置いてある。出ていく前に色々話してそういえば海のことを云っていた、というからここまできた。
薫が波打ち際を歩いて、はたはたと金糸がきらめく。漣が音楽を繰り返し、磯の匂いを増幅した。
凪砂がよく薫のことを話していた。仲良くやっているらしい。それはよかったなと茨は思うのに、時折胸が冷えてしまう。
連れ立って歩くのに会話がないのは失礼だろうか。みゃあみゃあと海鳥が遠くなって、茨はこえを強めた。
「……閣下と何をお話しに……?」
「たわいもないことだよ。七種くんのことよく聞くよ。かわいくて頑張り屋で子悪党っていってた。七種くん、やっぱり気になる?」
「いえ、そんな……」
「好きって顔に書いてあるから」
「えっ、そういうこと話してるんですか!?」
「いやー、乱くん凄い惚気るねえ」
「惚気てるんですか!?」
爆弾を喰らった。まあ確かに閣下から羽風氏のことを聞くと朔間氏のことをよく話すが……と茨は思い返した。つまり惚気あっているのだ。
ちょっとほっとする。
「複雑な心境? 乱くんも云ってたけど、七種くんは乱くんのこと全て管理したいのかな。手の届かないところで俺みたいなのと交流しているのは嫌?」
「いえ、まあ全て管理したいのは否定しませんけど、それにはリソースが足りないので諦めています。それに同室の方々と交流して人間性の発露が促されていますし、良い傾向だとは思ってますよ。羽風氏は好ましい人物だ、と伺っておりますので」
「そうなんだ」
「……自分から離れて変わっていく閣下は、それでいいんだと思います。――少し、寂しいのかもしれませんね」
「そういう心境、あるよね。大切な人だと、余計に」
そう云われて、ああ、自分は凪砂を大切に思っていると思われているんだなあ、と茨はむず痒くなる。最終兵器として運用している、ビジネスライクの関係が、いつからかやわらかくあたたかな繋がりに変わってしまった。それに慣れてしまってはいけない、だって、もしかしたら、捨てられてしまうかもしれないんだから――そう自分に云い聞かせていたのに、いまでは凪砂のことを考えて寂しいだなんて思ってしまう。絆されてしまった。離れられない。そばにいたい。大切な物に――してしまっている。
薫は突然しゃがんで、茨の方を振り向いた。持っていたのは綺麗な貝殻だった。
「ビーチコーミングをしよう。お土産、持って帰ったら喜ぶんじゃないかな」
「はあ。……そうですね、喜びそうです」
ばたばたと吹く海風に服をはためかせられながら、砂浜を見やった。確かに貝殻やシーグラス、他、流木などの漂流物が落ちている。茨は綺麗な形の二枚貝を手にとった。造形が美しい。きっとこれを見せたら凪砂は手に取って、太陽の色を輝かせて、やわらかくわらうんだろう。
薫が茨を呼んで、はい、とシーグラスを手渡した。綺麗な橙だった。
「これ、乱くんの目の色。どうぞ」
「そんなレアな色よく見つけましたね……」
「まあね。暖色系はレアだね。俺も好きな色だから探しちゃう」
ふふ、と薫ははにかんで、また歩き始めた。
そういうことか、と茨は察した。
それからハーバーまでの間、茨はじっと足元を見てシーグラスを探した。遠くで薫が振り向いてこちらを見ているが、駆け寄るわけにもいかない。ざんざんと波が押し寄せては引いていく。海汀(かいてい)は形を変えて、海の遺物を運んだ。
薫は急にやる気を出した茨を遠くから眺めていた。うーん自分でみつけたかったのかなあ、余計なことしたかなあと気を揉む。立ち止まっていると、向こうから茨が走ってきた。なんだか嬉しそうだ。
「ありました! 赤のシーグラスです! 朔間氏の目の色であります! 希少性が高くマニアの間では高値で取引されているんですよ」
「え、おめでとう。そんなレアなもの見つけるなんてついてるね」
「差し上げます、先程のお礼です」
「ありがとう。……なんだか恥ずかしいね」
「自分も同じ気持ちでありますので。お返しです」
「というか零くんがそこででてくるのかあ。バレバレかあ」
「閣下からよく伺っております」
「なんて伝わってるのか気になる。……あ、噂をすれば影」
振り向くと、走ってくる人影があった。凪砂が銀髪を揺らしてこちらへくる。
「茨、薫くん」
「乱くんおつかれさま。二人で探してたんだよ」
「ここにいるってゆうたくんが云うから来た」
「ご足労恐縮であります! 自分が閣下を見つけることができず、忸怩たる想い……! 次回からは端末を身につけていただきたいですな!」
「うん、そうする」
「あとね、お土産があるんだ。七種くんから」
「えっ、今ですか」
「……なにかな、きになる」
茨は目を輝かせる凪砂に気圧されて、ポケットから橙のシーグラスを取り出した。太陽の色だった。
「レアな色のシーグラスですので、是非閣下に!」
「……綺麗だね」
凪砂は手に取って、太陽の色を輝かせて、やわらかくわらった。
それに見惚れてしまっては、いけないと思う。
「まってね」
凪砂は辺りを見回して、少し遠くへ歩いてから帰ってきた。
「……あった。ほら、茨の目の色。綺麗」
手のひらに乗せられる青がきらめく。なにもかも知られていて、つまり、この気持ちも手に取られている。
「……青色はありふれているので希少性はないですよ」
「うん。でも茨の色なら、世界で一つだよ」
二人の手の上で輝くガラスは、この瞬間、確かに宝石よりも大切な物になった。
薫は手の中の赤を握りしめて、凪砂から伝わった茨のことを思い出す。かわいくて頑張り屋で子悪党。たしかにそうだな、と、初めて見た茨の笑顔を眺めて、小さくわらった。
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羽風薫の出てくる凪茨
(210501)