体調不良茨くん 自己管理は社会人の基本で、自分はほぼ社会人であるからして、茨は不調を他人に悟られないようにより一層作った顔をしてミーティングに出ていた。ここ数日寝ていなく、猛暑のせいで寒い冷房が敷かれている室内、乾燥してドライアイになりながらも仕事を続けていたが、そろそろ限界かもしれない。頭がぼうっとする、という感覚も遠くなって、不思議と目が冴えていた。
「以上であります。それでは解散です」
立ち上がると血が巡らないような重い不快感が体を包んで、あ、立ちくらみだ、とわかった頃に体が強張った。いけない。不自然だ。動かなくては。でも倒れそう。平衡感覚がおかしい。吐きそう。
「……茨?」
凪砂が気付いてしまって、顔を覗かれる。
「っ……、」
「茨、大丈夫?」
「どうしたんすか」
「ん、茨、顔色が悪いね?」
日和もジュンも、今一度席に戻ってきて、見られたくないのに最悪の状況を目視され、茨は体の奥が冷えていくのを感じた。
「大丈夫、です、……トイレに……」
「座って、茨」
「いえ、俺は、……」
足が動かない。凪砂が見かねてぐいと椅子に座らせた。息をしたら吐く。短く息をしていたらジュンがゴミ箱を空にして茨に抱かせた。
「う、う、……ゔえ……っ」
びちゃりとコーヒー色が出る。茨の背中を凪砂がさすって、嘔吐は続いた。固形物はほとんどなくて、胃液が戻される。茨は生理的な涙を流して、最悪な今の状況をどうすればいいのか、途方に暮れた。心配されたくない。呆れられたくない。同情されたくない。くちのなかの酸っぱい味にまた吐いた。逃げたかった。
「茨、口ゆすいで」
日和がそっと水を飲ませて、くちもとをぬぐってくれた。優しく、されたく、ない。
「ゔ、……、だい、丈夫、で、……、俺は、……」
「茨、仕事しすぎ。休もう」
「でも、まだ、……」
だってまだ倒してない。見下してきた奴ら全員踏みつけて高笑いしてない。まだ頑張らないと届かない。
「休むのも仕事じゃないすかぁ?」
「うん、医務室に連れて行くね」
「閣下、おれ、まだ……」
凪砂にかかえられて、視界が揺れた。日和は静かにそれを見ていた。茨はまた怒られるのかな、と思ったが、何も云われ無い。日和なりの心配の態度だった。怒られた方がよかった。優しさの方が、ひどく胸に刺さる。
医務室に運ばれ、寝かせられて、点滴を打たれた。久方ぶりに横になった。冴えていた目は少しずつ閉じていく。
弱味を、晒してしまった、その後悔がぐわんぐわんと頭を揺らす。
「連絡は全部しておいたから。学校も仕事もアイドルもぜんぶ休み。私も一緒に休む」
「……閣下は働いてください……」
「茨のお世話できるのが楽しいからやだ」
そうやってわらうから、茨はなんだか力が抜けてしまった。嘲笑われない。馬鹿にされない。見下されない。日和は家族といった。家族というものは、こんなふうに包み込むものなのか。
「茨、頑張って、疲れたよね。ゆっくり休んで。それで仕事量もこれから調整しようね。えーと、これも、社会人の基本、かな」
「……閣下に云われるとは思ってませんでした」
「うん。おやすみ中、たくさん甘やかしてあげるからね。何しようか、バケツプリンでもたべる?」
「それは、休息では、ないのでは……」
「あ、そうか」
頑張って倒して、踏みつけて、それから。そうしたら、こうやってわらう閣下に付き合ってあげてもいい。
茨は目を閉じて空調の音を聞く。握られた指先にちからを込めて、ありがとうのかわりにした。
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お仕事疲れてる茨
(210804)