プロローグ
それは生放送中に起きた、突然のアクシデントだった。新曲の告知も含めたとある音楽番組でのこと。司会進行役のタレントとテレビ局のアナウンサー、そして他のアイドルグループもいる中「続いては今日がテレビ初披露、Edenの皆さんで──」とお決まりの定型文のような言葉を女子アナが言う。観客たちの拍手が響き、それが静まったタイミングでリハーサル通りに曲が流れた。Edenの新曲がスタジオに流れその場の空気を支配する。
彼ららしい曲調、振り付け、演出は見る者、聞く者を魅了する。明るくもどこかに誘うような日和の声、荒々しくも力強いジュンのパフォーマンス。なによりも、その声、完璧なパフォーマンス、圧倒的な存在感で全てを支配しゆくアイドルとして生まれ落ちたと言っても過言ではない男──Eden及びAdamのリーダーである凪砂。それを斜め後ろで歌って踊りながら内心で満足気にほくそ笑むのは、楽園の毒蛇にしてプロデューサー、コズミックプロダクションの副所長である茨だ。
(ああ、今日も我らがEdenはこの場の支配者にて頂点。日和殿下は相も変わらず堂々と完璧に、ジュンもミスなくいつもよりは自信がある。閣下はさすがと言うべきか、全てにおいて文句なし! 新曲の受けも観客の様子を見るに上々ですね)
眼鏡越しに見える景色に茨は冷静に分析していた。そんなことが日和に知れたら「今は集中!」と怒られそうだがこればかりは経営者視点で見てしまうのは致し方ないことだから許してほしいと言い訳が容易にできる。分析しつつも茨はミスひとつなく踊り、歌い、観客を楽園へ誘う一人としてステージに立っていた。
そうこうしているうちに曲が終わりを迎えようとする。最後は四人できっちりと締めて終曲、同時に拍手がスタジオ内を蹂躙していき四人は満足そうに笑う。Eveの二人から順に舞台袖へ捌けようと歩み出し、続くようにAdamが歩み出した。
その瞬間、全てが起こったのだ。
「……え?」
僅かな音、スタジオでは良くある器具が揺れる音が凪砂の耳に入る。ただ、その音が、いつもと異なっていたのだ。凪砂が視線を音がした天井に向ける。その刹那、真上の照明が外れる音がした。凪砂の中では『照明が落ちてきている』という第三者視点の情報処理だけで終わろうとしていたが、それを遮る声が凪砂の鼓膜を震わせ現実に引き戻す。
観客の悲鳴でもなく、スタッフやゲストの声でもなく、先に歩き出していた日和とジュンの声でもない。凪砂というアイドルの存在を確定させ、決して純粋な気持ちではない、私怨の交じった気持ちであったかもしれないが再び輝かしいステージへと手を差し伸べてきた、凪砂にとって今、一番大切で一番愛おしいと思っているその人物の声──。
「閣下!!」
茨の声が、凪砂を連れ戻したのだった。