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    adan

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    ジェイフロのフロと名無しモブ寮生(一年/ホンソメワケベラの人魚/ボク)

    キノコパスタ/ジェイフロ+モブ寮生


     フロイドさんご機嫌だったぞ、と言われた時、モストロ・ラウンジのシフトが入っているオクタヴィネル寮生の反応は二つに分かれる。

     機嫌の良いフロイド・リーチが振る舞う三ツ星レストラン並の賄い料理が食べられることに歓喜する者。これは幻の絶品賄いと出会ったばかりの生徒であることが多い。モストロ・ラウンジのレベルの高い賄いの中でも、一度だけ食べたあの味を忘れられない――そう焦がれる生徒は天国の再来を予感し、シフトより早めにモストロ・ラウンジへ向かうのである。
     ラウンジ支配人はサービス早出・残業を絶対に許さない――イソギンチャクは例外――方針で、従業員もそれに倣っているため、私欲のサービス早出はラウンジ内にひれの先すら入れられないのだけれど。

     一方で、今(・)『機嫌が良い』ということはこれから(・・・・)『機嫌が悪く』なるのだと、自然の摂理を理解するが故に、本日の労働の予定を嘆く者。
     せめて自分がシフトに入っている間だけで構わないので、海波のように移り変わりの激しいフロイドの機嫌が晴れ晴れしたままでいることを願い、今日だけは態度の悪い客や失敗をやらかすイソギンチャクがいませんようにと海の魔女へ祈りを捧げ、自身も失態を侵さないよう気を引き締め、彼の目に着かないようサンゴ礁に住まうクマノミに成り切ってラウンジへ向かうのだ。

     例に漏れずオクタヴィネル寮に振り分けられた一年生、ホンソメワケベラの人魚たるボクは欝々とした気持ちで更衣室を出た。
     陸に上がって早数ヶ月。他寮より『キッチリ』感の強い寮服にはまだ慣れない。しかし、オクタヴィネルの寮服はラウンジの制服でもあるため、キッチンに入る生徒以外は着用を義務付けられているのだ。そうして、陸に比べて圧倒的に遅れた食文化で育った人魚がキッチンに入ることは少ない。ごくまれに支配人に認められる舌や、将来性のある人魚が拾われるが、それ以外は精々皮むきや下ごしらえといった雑用だ。
     ボクは『皮に栄養があるって支配人が講習で仰っていたので』『ちょっとくらい生でも平気では』『お腹を壊す方が悪い』と、陸の住人たちの軟弱さを指摘した結果、キッチンから遠ざけられたホール専属の一人である。
     流石にあの恐ろしい人魚たちが治めるモストロ・ラウンジの評判を落とすマネをする勇気はないが、新入生を振り分けるために行われる試験で消し炭を生成した自身のセンスのなさは理解している。
     二年生以上の寮生は適正によって多少の偏りはあるものの、ホールとキッチンの両方を行き来する。いつかボクも先輩方のように働けるように『される』と聞いているけれど、本当にそんな日が来るのだろうか。
     アズール・アーシェングロット寮長の次に偉いリーチ兄弟もまた、モストロ・ラウンジのあらゆる場所に出没する。陸のヒト型にしては珍しい、二メートルに迫る長身が音もなく現れて驚愕するなんて出来事は、オクタヴィネル生なら誰しもが持つ経験の一つだ。
     特に副寮長のジェイドさんはオールラウンダーで、問題が起きた時すっと現れるウツボに救いの神としてひれ伏す従業員は多い。ではフロイドさんはそうじゃないのか、と言われると違う。ウツボの双子がそっくりなのは見た目だけでなく、勿論彼もその辺の従業員では太刀打ちできない有能な人魚だ。ただし、いかなる時も微笑みを崩さない副寮長に対し、フロイドさんは機嫌の良しあしで行動が変わる。機嫌が悪い時は本当にひどく、キッチンからつまみ出されてしまうほどだ。その分、機嫌が良い時の彼は誰よりもパーフェクトな振る舞いをするのだけれど。兎も角ギャンブル性が強い。
     ――ちなみに、彼らが一番にその能力を発揮するのは、寮長と契約して甘い蜜を吸っておきながら『対価』を支払わない雑魚への取り立てと、無謀にも彼らに盾突く雑魚が起こす『トラブルの対応』である。ウツボを海のギャングと呼ぶ陸の人間たちは、リーチ家の残虐性を知って名付けたのだろうか。

     今日のフロイドさんはどちらにいるのだろう。フロイドさんの機嫌が悪くなっても、その程度によってはキッチンに監禁されることも多い。フロイドさんは元々のクオリティが高いし、ホールで接客をさせるよりは従業員しかいない場所にいてもらった方が良いこともあるのだ。無論、キッチンの面々がフロイドさんの機嫌をこれ以上損ねないよう息を押し殺すことは考慮されていない。
     一番良いのはフロイドさんがラウンジの終わりまでご機嫌でいてくれることだ。ただ、本当に彼の機嫌は上がり下がりが激しくて、そのスイッチがどこにあるのかも分からないので、ボクはそんな期待を抱かないようにしている。
     リーチ兄弟と同学年である二年生の先輩方は「困ったらジェイドに任せろ」「アズールでも良い。支配人として責任を取らせろ」「むしろサバナクロー生に来店してほしい。ストレス発散って大事だよ」と語り、三年生は「モストロ・ラウンジに労災はないから、シフト中の怪我は自己責任。つまり触らぬリーチに祟りなしだ」「あいつがその時気に入っているお菓子のストックはここ。ちょっと機嫌悪いぐらいならこれで機嫌が取れることがある。たまに。保証はしない」「アーシェングロットを訴えろ」なんて言っていたが、ジェイドさんは今日は部活があるので不在で、寮長はたまに監視に来る以外大抵VIPルームで忙しそうにしている。
     自分以外のシフトの名前を思い出しながら、すれ違う同僚たちと挨拶を交わす――「あ、そこの小魚」「はい!」独特の呼び方に背筋が伸びた。
    「おはようございます! フロイドさん」
    「おはよ」
     モストロ・ラウンジのオープンまで残り十分。時刻は放課後で、夜とは言えないが、間違ってもおはようなんて挨拶をする時間ではない。しかし、ラウンジでの挨拶は昼夜問わず「おはようございます」だ。やっと慣れて来た言葉を適度なボリュームで紡ぐ。ジャケットを脱ぎ、キッチン担当のエプロンを身に着けたフロイドさんがキッチンから少しだけ身を乗り出し、手招きをしている。
     従順な小魚であるボクはホールの面々への挨拶より恐ろしいウツボの先輩を優先し、久しぶりのキッチンへ足を踏み入れた。
    「仕事前にこれ食って」
     いいにおいがする。
     鼻の穴から吸い込んだ匂いにぐぅと腹を鳴らしたボクにフロイドさんがおかしそうに笑って、作業台に平皿を置いた。縁におしゃれな模様の入った皿にこんもりとパスタが盛られている。
     カルボナーラ風の生クリームのソースに厚切りのベーコン、きのこだけを使ったシンプルな内容。艶やかな麺から湯気が立ち上っている。漂いう香りから、にんにくをたっぷりと効かせているのが分かって、ボクはごくりと唾を飲み込んだ。絶対においしい。
     ちょっとやそっとじゃ腹を下さないので、加熱調理の重要性をいまだ理解できない人魚の一人ではあるものの、ボクは陸の食文化を愛している。その多様性は陸が誇るべき宝物だ。
    「え、これって……ジェイドさんのキノコですか?」
     違和感なく口から零れた言葉は、断じて下ネタではない。
     寮外の生徒が聞けば下品な揶揄、もしくはいじめと心配しそうではあるが、『ジェイド・リーチのキノコ』は、何の裏表もない言葉だ。ジェイドさんが趣味で摂って来たキノコだから、『ジェイド・リーチのキノコ』、ただそれだけである。
     ラウンジの冷蔵庫の一角を占めるそれは主に賄いの食材として消費される。ラウンジで出すメニューの食材として使われることもあるが、原価ゼロ円にも関わらず、守銭奴の寮長が何故かジェイドさんに調達を求めないため、冷蔵庫の中で減ったり増えたりを繰り返す謎のキノコだ。
    「そー。ジェイドが先週採ってきたヤツ。今日もまた採って来るだろうから、今の内に食べちゃってよ」
     ジェイドさんの部活は不定期で、二週続けて登山することは少ない。だから大抵、ジェイドさんが次に山に登るまでに彼が持ち帰ったキノコは消費されるのだけれど、今回は違った。
     多すぎると格安で食堂に押し付け――買い取ってもらうこともあると聞くが、フロイドさんは冷蔵庫にキノコが増えることを懸念しているのだろう。山の恵みを持ち帰るジェイドさんと違い、フロイドさんはキノコに良い顔をしない。
    「オレ、シイタケ嫌いなんだよね。だから作ったは良いけど食べたくないし。でも食材無駄にするとアズールがうっせーからさぁ……あ、もしかしてお前もキノコ嫌いなやつ?」
    「いえ! 好き嫌いはありません!」
     こちらの好みを問う言動に、なるほど確かに今日は機嫌が良いのだと実感する。嫌いだったら他の小魚にあげようかな、と言われる前にボクは作業台の上の皿に飛びついた。確定三ツ星料理を横取りされては堪らない。
    「喜んで頂きます! ありがとうございます!」
    「素手はやめろって。ここ海じゃねーんだから」
    「熱い!」
     機嫌の良いフロイドさん最高だな。誰だよ海の魔女に慈悲を乞えとか言ったの。
     差し出されたフォークでパスタをモリモリ食べていると、ボクの手元をフロイドさんがスマホで撮影した。写真はメッセージアプリで作ったモストロ・ラウンジのグループに投下されて、寮生から羨むスタンプやメッセージが秒で返される。ニコニコと微笑むフロイドさんにスマホの画面を見せられながら、ボクは頬の蕩けそうな幸福を堪能する。
     ――ブブ、と上着のポケットに入れていたスマホが振動した。
     しかしご馳走を前にスマホを手に取る理由がなく、厚切りのベーコンにフォークを突き刺せば、正面でこちらを見ていたフロイドさんがにゅっと手を伸ばした。
     ポケットに突っ込まれた手がボクのスマホを取り上げる。どうせ見られて困るものは入っていない――そして抵抗したところでボクがこの先輩に敵うわけがない――ので、口いっぱいにパスタを放り張りながら視線を向けると、ロック画面に表示された受信メッセージを見てフロイドさんが笑った。
    『フロイドの手料理は美味しいですよね』
     数秒で消えたポップアップに刻まれた名前とキノコのアイコンにむせる。
    「ジェイドじゃん」
     フロイドさんがグループに流した写真はパスタとボクの手元しか映っていない。ボクの手が極端にサイズが変わっているわけでもないのに、副寮長はどうしてそれがボクだと特定できたのか。
     むせるボクに水の入ったコップを手渡したフロイドさんがポケットにスマホを戻す。食べたら働いてね、とだけ告げて鼻歌を歌うフロイドさんはやはりご機嫌だ。
     キッチンに入って来た他の生徒たちに羨望の眼差しを受けながら常温の水を飲むボクは、まさか「仕事前にニンニクを食べるな」とホールの先輩方から消臭魔法をお見舞いされる未来があるなんて知らないまま、本日の幸運に感謝するのだった。
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    adan

    REHABILIジェイフロのフロと名無しモブ寮生(一年/ホンソメワケベラの人魚/ボク)キノコパスタ/ジェイフロ+モブ寮生


     フロイドさんご機嫌だったぞ、と言われた時、モストロ・ラウンジのシフトが入っているオクタヴィネル寮生の反応は二つに分かれる。

     機嫌の良いフロイド・リーチが振る舞う三ツ星レストラン並の賄い料理が食べられることに歓喜する者。これは幻の絶品賄いと出会ったばかりの生徒であることが多い。モストロ・ラウンジのレベルの高い賄いの中でも、一度だけ食べたあの味を忘れられない――そう焦がれる生徒は天国の再来を予感し、シフトより早めにモストロ・ラウンジへ向かうのである。
     ラウンジ支配人はサービス早出・残業を絶対に許さない――イソギンチャクは例外――方針で、従業員もそれに倣っているため、私欲のサービス早出はラウンジ内にひれの先すら入れられないのだけれど。

     一方で、今(・)『機嫌が良い』ということはこれから(・・・・)『機嫌が悪く』なるのだと、自然の摂理を理解するが故に、本日の労働の予定を嘆く者。
     せめて自分がシフトに入っている間だけで構わないので、海波のように移り変わりの激しいフロイドの機嫌が晴れ晴れしたままでいることを願い、今日だけは態度の悪い客や失敗をや 4426