含光君の恋文 【転】『兄上。忘機です』
寒室を訪れた声は、弟ではなく、やわらかで張りのある藍思追のものだった。声と名乗りとの不一致を訝しみつつ、藍宗主――藍曦臣は二つの人影に声をかけた。
「忘機、思追。おはいり」
若い思追を従え、藍忘機が拱手する。
閉関して一年ほど経つ藍曦臣にとって、もっとも心許せる二人揃っての訪問に、痩せた頬にも微笑みが浮かんだ。
ふたたび思追が『兄上……』と話すのを聞き、思わずふっと吹き出してしまう。彼は――弟の知己は、静かな雲深不知処に笑いをもたらす妖精のようだ。
「魏公子の仕業かな?」
二人の様子と、昨夜の術返し騒動から推察すれば、おそらく間違いないだろう。
「まったく、彼の才知には驚かされるね」
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