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    zeppei27

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    zeppei27

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    pkmnハサアオ、ハッサクがアオキをスケッチ大会に招き、想いを告げる話。そして、二人で食事に行くようになる、そんな結末。
     最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

    前話 #3
    https://poipiku.com/271957/8142621.html

    本シリーズをまとめたもの
    https://formicam.ciao.jp/novel/kaji.html

    リンゴ甘いか酸っぱいか #4「みなさん、今日のゲストはチャンプルタウンのジムリーダー、アオキさんです」
    「……アオキです。本日はよろしくお願いいたします」

    とうとうこの日が来た。そば近くに感じるアオキの存在にドギマギする心を隠し、興味津々といった様子の生徒たちを見回す。もう何度も繰り返した、美術室でのジムリーダー写生会は有終の美を飾ろうとしていた。見慣れた風景のおかげで、アカデミーの入り口でアオキを出迎えた時の緊張と高揚がゆっくりと静まってゆく。

    「チャンプルタウンという場所は、美味しい店が多い賑やかな街です。小生もお気に入りの店が多いのですが、行った経験がる方は手を挙げてください」

    はい、とバラバラと手が上がる。これまで他のジムリーダーたちを招いた時とさほど変わらぬ数で、自分の出身地でもあるのだと話す生徒もいた。

    「素晴らしいですね。宝探しも兼ねて、自分のお気に入りのお店を見つけるのも冒険の一つだと小生は思います。……さて、アオキさんに会ったことがある方はどれほどいらっしゃるでしょうか」
    「「はい!」」

    真っ先に元気よく手を挙げたのは、チャンピオンランクに到達したアオイとネモだ。続けていく人かが手を挙げ、またいく人かはジムリーダーとは知らなかったのだが、と面映そうに手を挙げる。他のジムリーダーたちは副業でも高名な人間ばかりであるため、アオキを知る人間は少ないだろうという予想を裏切り、その数は多い。同じことを考えていたのか、隣でアオキも微かに驚いているようだった。

    「では、アオキ。改めて自己紹介をお願いします」
    「……先ほどハッサクさんが説明した通り、自分はチャンプルタウンのジムリーダーを勤めています。普段はポケモンリーグのサラリーマンとして営業職を勤めている、普通の人間です」

    謙遜も卑下もなく、ただ事実を述べているだけだという淡々とした調子が小憎らしい。ジムリーダー写生会は、アカデミーの生徒たちにポケモンリーグを身近に感じてもらうことが目的だと伝えたにも関わらず、やる気のなさは変わらないらしい。否、彼は心底これで十分だと考えているのだろう。

    「アオキ、それでは生徒さんたちが理解しにくいでしょう。……アオキさんは、『食べることが好き』とポケモンリーグで紹介されている通り、食べている姿が本当に楽しそうな方です」
    「っ」

    不意打ちを食らってこちらを見るアオキの表情が愛らしい。話している際には人の顔を見るようにと指導しても頑なにそっぽを向くこともあるアオキが、何が始まるのかと探る様子で目を合わせようとしてくる。すぐさま絡め取ってしまいたい衝動を抑えて、ハッサクは授業中なのだと生徒たちに目を向けた。無邪気な可能性たちが、瞳をキラキラと輝かせて口々に声を発する。

    「知ってるー!アオキさんが焼きおにぎりいっぱい食べてるの、見たことあるよね」
    「うんうん、すっごく美味しそうだったから、私も頼んじゃった」

    本当に美味しかったんだよ、と話す生徒の隣に座る生徒が、自分もその店に行きたいと話せば、またその隣の席に座る生徒もアオキが食べている様を見たいと言い始める。これまで他のジムリーダーを招待した時同様、彼らは存外ジムリーダーを記憶に留めているらしい。しかし、それだけではただの点として散らばった思い出に過ぎない。チャンピオンロードという夢の道のりを開くためには、思い出が連なりあった物語を実感させることが肝要だ。通り過ぎる思い出ではなく、共に生きる物語を作り上げてゆく。それがまた別の誰かの夢へと繋がる、そんな世界をハッサクはオモダカの目指す場所に見ていた。

    「興味を持たれた方は、ジムチャレンジを受けてアオキさんに挑戦してみてください。戦うアオキさんの姿も一見の価値あり、ですよ」
    「……ハッサクさん」

    物言いたげにアオキの声が揺らぎ、ハッとする。このままでは止めどなく思っているままを語ってしまいそうだ。気恥ずかしげなアオキをもっと見たい、生徒の目にどう映っているかを知りたいという浅ましい自分を叱咤する。焦らず、着実に進めようと決めたというのに、ここぞというところで失敗しては何もかもが水の泡だ。

    「話が脇道に外れてしまいましたですね。では、みなさんスケッチブックのご準備を。思い思いにアオキさんを表現してください。アオキはこちらの椅子に座ってください、楽な姿勢で大丈夫ですよ」
    「わかりました」

    事前に打ち合わせた通りの流れに入ると、途端にアオキが穏やかな顔つきになる。とは言え、傍目には表情の変化などわからないに違いない。ハッサクが彼と長く付き合ってきた経験と、熱心な好奇心の恩恵だった。自身もアオキの前に陣取ると、スケッチブックを広げて鉛筆を走らせる。生徒たちがだんだんと集中し、紙を擦る音がさざなみのように広がり美術室を満たした。

     アオキは、こちらが心配になる程ぴくりとも動かずにただ座っている。モデルの鑑のような振る舞いは、彼が何事か考え込んでいる際の癖だった。何を考えているのだろう。アオキという形を世界から抉り出して、少しずつ紙に落とし込みながらハッサクもまた考えていた。正々堂々と真正面からアオキを観察できる機会はそうそうない。できる限り、彼を知りたい。ほんの少しで手が届く距離はなんとももどかしく、髪を、輪郭を、その眼差しを虚空でなぞってもなぞっても欲は深まる一方だ。

     時間が走り抜けるのは、本当にあっという間の出来事である。彼の表情を掴もうとしても掴めぬまま、無情にもチャイムの音が鳴り響いてハッサクは小さくため息をついた。生徒たちの動きに合わせてアオキもゆっくりと立ち上がる。自分のスケッチブックをそっと閉じると、ハッサクは惜しみながら生徒たちに終了を告げた。

    「それではみなさん、画材を置いてください。スケッチブックはアオキさんと確認した後、みなさんにお返しいたします。アオキさんが特に気に入った作品は、これまでと同じように教室に飾るので楽しみにしてくださいですよ。アオキ、ご協力いただきありがとうございますですよ」
    「……ど「ありがとうございました!」

    生徒たちの満面の笑みでアオキの声が消し飛ぶ。自分と話している際も似たようなことがままあったことを思い出し、ハッサクは今更のように苦笑した。感情が大爆発しがちなのは、時として大事なものを見失った瞬間だったのかもしれない。スケッチブックが積み重ねられ、アオキと質疑応答に追われる。生徒たちの好奇心は存分に刺激されたようだ。当初掲げていた目標は十分成果を出せたと言えそうである。

     一人、また一人と彼らが次への向かってゆき、美術室は瞬く間にがらんとする。今、の時間に取り残されたような心地はどこか寂しく、普段のハッサクであればぼんやりと黄昏る頃合いだ。今日はこの空間に誰かが――アオキが共にいる。図った通りに二人きりになった空間に、ハッサクは生徒たちのスケッチブックを並べて行った。

    「大盛況でしたね。アオキで最後ですから、順番に巡ってきた挑戦者が増えると思いますですよ」
    「……忙しくなりそうですね。忙しいとは聞いていましたが、あなたがこんなことをしているとは考えもしませんでした」
    「内緒にしていた方が、身構えなくて良いでしょう」

    多分、今の自分は人の悪い笑みを浮かべている。身構えているのはハッサク自身だ。この日が来るまで自分を抑えて抑えて、なんとか彼に関心を抱いてもらおうと腐心した。おかげさまで目に見えるような緊張状態にはならなかったものの、ずっと会えなかったことの反動で胸がいっぱいで仕方がない。感涙に咽び泣かないことが不思議なほどだった。自分はアオキを手に入れたくて必死なのだろう。

    「自分が他人にどう見えているか、気にしたことはありませんが……なかなか興味深いものですね」
    「そうでしょう。生徒たちの瑞々しい感性には、いつも瞠目させられます」

    アオキの眉ばかりを強調した絵や、背後のムクホークをまとわせた絵、なぜかアオキの靴と鞄を並べた絵、散りばめられた断片はどれも目新しい。彼らがどんな思いを抱いて描いたのか、本当は一人一人聞かせてもらいたいところだ。あそこが良い、ここは唸らされる、そんな他愛もないことをアオキとやり取りしながら過ぎる時間は心地良かった。仕事でも、自分のわがままでもなしに彼といられるなど、初めてかもしれない。

     この時間が終わったらば、自分たちはまた別れ別れになってしまう。メッセージをやり取りできるようになったとはいえ、その向こうへと踏み込んでいくには力不足だ。フカマルが描いたクレヨン画に、じわりと視界が滲む。終わりへと向かってゆく時間を無理矢理にでも捕まえようとする勇気を発揮するならば今だ。手のひらがぬるつき、ハッサクはそっと画用紙をテーブルの上に戻した。

    「……これは、ハッサクさんが描いたものですか」
    「あ!」

    もだもだと考え始めたのが仇になったのだろう。アオキの何気ない一言に一挙に現実に引き戻される。生徒たちのスケッチブックとは離れた場所にあったものを開いて、アオキがページをめくった。一枚、また一枚。次へ、次へ、次へ。ゆっくりと、だが着実に捲られる様から、ハッサクは自分が描いた全てを見られていると悟った。

     どう描いても物足りず、考えあぐねて重ねた線の山を眺められるのは気恥ずかしい。肝心のアオキの表情はスケッチブックの向こうに隠れたせいで皆目見当もつかない。アオキは、呆れるだろうか。あるいは自分の感情が透けて見えて慄くか。嗚呼、どうしたって自分は怯懦を晒しているのだろう。自然に話すきっかけにしようと、タイムからのアドバイスを受けてこの機会を設けたのではなかったのか?ぐ、と拳を握りしめると、ハッサクは舌で唇を湿らせた。

    「……アオキが何を考えているのか、ずっと想像していました。動かなかったのは、何かずっと考えていたからなのでしょう?」
    「はい」

    珍しく、間を置かずにアオキが答える。スケッチブックを捲る手は止まり、端から覗いた耳が心持ち赤いように見えた。

    「アオキに考えられる対象が、小生は羨ましいです」
    「っ」

    ずんずんと近づくと、ハッサクは意を決してスケッチブックの端をこちらに引き寄せた。開かれていたのは、シャリタツを足元に侍らせ、カジッチュを膝に乗せた想像上のアオキと、現実のアオキを重ね合わせた一作である。狼狽を隠せない様子のアオキに胸が高鳴るのは、自分の獰猛さ故だろうか。つい、と逃げ出そうとする目を捕まえるようにアオキの手に自分の手を重ねると、限りなく優しい顔をするようにと自分に言い聞かせる。存外小さな手がひんやりとして心地良かった。あんなに大きな口を開けて食べるくせに、手が小さいとは心がくすぐられる。

    「アオキ。話す時には相手の、小生の目を見てください。小生の絵を見て、アオキはどう思いましたか」
    「……ハッサクさんは、自分を買い被りすぎです」

    言わせてもらいますがね、とこちらを見返す眼差しは強く、ハッサクは火花が散ったかのように錯覚した。ポケモンバトルで対峙した時と同じく、肌がチリチリとして焦がれてやまない。なんだ、あの時には既にアオキに惹かれていたのか。好きだな、と胸に火が灯る。

    「自分はこんな良い表情はしていません。ドラゴンポケモンは使いませんし――いただいたカジッチュは大切にしていますけれど――普通の、どこにでもいる人間なんです。わかるでしょう、ハッサクさんが特別目を惹くものなんてないんですよ、なのに……大体、目を合わせる合わせないだって、いつもならもっと長々とお説教するところでしょう。どうして急にこんな……めちゃくちゃです」
    「アオキ」
    「……何を考えてたかなんて、あなたには教えません」

    好きだ。好きにならずにはいられない。かつてない勢いで浴びせられる感情の奔流に、ハッサクはどんどんと笑みが深まるのを感じていた。戸惑わせた申し訳なさよりも、素直な感情をぶつけられたことへの喜びが勝る。意固地にも下を向いてしまったアオキの頭を撫でると、黒と灰色が織りなす髪は、想像よりもパサつかずに指に絡まった。

    「良いでしょう。無理には聞きません。ですが、次は小生のことを考えてくださると嬉しいですよ」
    「からかわないでください」

    スケッチブックを握る手に力が込められる。表紙が湿り気を帯び、アオキの手を刻み込もうとしていた。きっと、このスケッチブックに触れるたびに、今の瞬間を繰り返し思い出すだろう。

    「好きな人をからかうような悪趣味はありません。あ、この『好き』というのは恋愛感情の『好き』です。覚えてくださいね」

    アオキの頭から手を退かせるのと、彼の怒りとも羞恥ともつかないごちゃごちゃの表情が現れるのはほぼ同時だった。怒号を受け止める心構えはできている。呆れるでもよし、最悪拒絶するでも良い。なかったことにされること、彼の中に自分の居場所がどこにもない事態だけは避けたい。

     すう、とアオキが深く息を吸う。予想していたとは言え、ハッサクは自分の至らなさに拳を握りしめた。そうして吐き出して、アオキは『普通』の殻に籠ってしまうのだ。あとは嵐が過ぎるのを待つだけ、止まることは許されない。拒絶よりも消極的で、鉄壁の守りに何度説教し、歯痒い思いをしたことだろう。ここで諦めるつもりはなくとも、敗北の味わいはいつだって苦い。

    「……自分には、ハッサクさんの考えはよくわかりません」

    だが、アオキの発言はハッサクの暗雲垂れ込めた未来を裏切るものだった。スケッチブックを丁寧に閉じ、机に置いてアオキは生徒たちの絵の前に立つ。ざっと目を走らせると、アオキは一枚を選んでハッサクに示した。アオキを描くハッサクという面白い画題で、生徒の目を通したハッサクはやたらと嬉しそうである。実際、似たような顔をしていたに違いない。試行錯誤をしながらも、アオキを描く時間は幸せなひと時だった。

    「ただ、ハッサクさんに紹介していただいたお店は、どれも美味しかったです」
    「アオキ」

    それは、何よりも食べることが好きというアオキにとって、最大級の賛辞ではないだろうか。いつもメッセージで感想を聞いていたものの、直接耳にした衝撃でハッサクは胸が潰れそうだった。

    「前言撤回します。……自分はずっと、ハッサクさんと一緒に食事をしたら、どんな気持ちになるかを考えていました」
    「アオキは、小生のことを考えていたんですね」
    「はい」

    好き、に対する直接的な答えではない。だが限りなく肯定的で彼なりの好意が滲み出た表現だった。何よりも、声音が優しい。

    「アオキ、食事に行きましょう」
    「……ハッサクさんが泣き止んだらで良いです」

    何を言っているのだろう。確かに泣きたい気持ちだが、ここは気を引き締めなければと堪えている真っ最中だ。目で問われるままに自分の頬に触れる。静かに、だが気のせいと呼ぶには難しい量の温かな水が頬を伝っている。自分はとっくのとうに決壊していたのか。あまりの恥ずかしさからシャツで乱暴に拭おうとするよりも早く、目の前にす、と水色のハンカチが差し出された。

    「『身だしなみに気をつけるのは、社会人の常識です』、なんでしょう」
    「キ゛」

    そこからしばらく、彼が何か言ったようだがハッサクは自身の泣き声でまるで聞き取れなかった。ただ、アオキは逃げずにそばにいた。それだけで今は十分だった。




     瓢箪からバンバドロという諺があるが、瓢箪からドラゴンが出てくるとはアオキは想像だにしなかった。アカデミーの芸術発表会(ポケモンリーグ協賛のスケッチ大会だ)の会場を退出して、アオキはチャンプルタウンに向かいながらハッサクとの間に起きた一連の経緯を振り返っていた。自分の身に起きたことながら。いまだに信じ難い。事実は小説より奇なりということだろう。

     朝、チャンプルタウンで一日のスケジュールを確認し、会議に出る。挑戦者が増えたので、昼食前に一戦交えて昼食を摂った。今日はその後アカデミーの芸術発表会に参加し、再びデスクワークに戻る予定である。ハッサクの授業に参加した衝撃は今も引きずったままだが、不思議と日常に大きな起伏はない。仕事の内容は前と同じで、『普通』は『普通』である。我が家の安心感は一種不変というわけだ。否、その我が家が少し姿を変えて大きくなったのだろう。

     正直なところ、ハッサクから好意を告げられた際には聞かぬふりをするのが大人だと考えていた。直前のやり取りで掻き乱された気持ちも、過ぎた冗談を受け流すように時間で薄めてしまおう。多少蟠りが残ろうとも、『普通』を維持することはできる。ハッサクとは、仕事だからと割り切って付き合えば良い。

     それをできなかったのではなく、しなかったのはひとえにアオキ自身の意思だった。ハッサクの描いた自分の表情が瞼の裏に焼きついて離れない。あれは言葉よりも明白な、剥き出しの好意だ。自分よりも余程面の皮が厚い大人のくせに、そんなところだけは純粋で脆いだなんてずるいと思う。果たしてそうだろうか?思い返せば、彼の威風堂々たるポケモンバトルの根本は同じと考えられるかもしれない。四天王総当たり戦では、ただポケモンバトルに負けたのではなく、妙な駆け引きのない真っ直ぐな姿勢の眩しさに負けたのだ、と今ならばよく理解できる。

    「……自分には、ハッサクさんの考えはよくわかりません」

    だから、せめて素直さくらいは返しても良いと思ったのだ。美味しいものを教えてくれた人間に、自分と同じものを美味しいと感じられる人間に、自分が差し出せるものは捻りのないありきたりの感情だけである。

    「前言撤回します。……自分はずっと、ハッサクさんと一緒に食事をしたら、どんな気持ちになるかを考えていました」

    告げた瞬間、どぱっとハッサクの目から滝のように涙が流れてギョッとしたが、当人は全く気づいていない様子だった。ただ静かな、見ている方が辛くなるような泣き方で、胸をぎゅっと鷲掴みされる。

    「アオキは、小生のことを考えていたんですね」
    「はい」

    どうしてそんなに嬉しそうなのだろう。みっともなく泣きながらも凛々しいだなんて、やっぱり反則だ。ある意味、アオキはここで泣き落としをされたのかもしれない。ピロリロ、と間抜けな音が胸元に響く。スマホロトムを起動させると、画面いっぱいに並んだ文字にアオキは微かに微笑んだ。ハッサクからのメッセージだった。

    『一緒に食事に行きましょう』

    どこそこに美味しいお店を見つけたんです、という説明の随所にアオキへの思いやりが伺える。想像と共に食卓を囲むのではなく、現実と楽しむ時間の到来だった。彼の涙を拭いた時に始まったこの新たな『普通』の行事はもはや定番となりつつある。

     今日は何を食べよう。何を話そう。カジッチュの甘さは、進化させたらば変わるのだろうか。

    『行きます』

    わかりました、と打ちかけて取りやめ、一つ前を向く。今日はノー残業デーだ。断固とした気持ちで業務に立ち向かうべく、アオキはざっざと足を動かした。


    〆.
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    zeppei27

    DONE傭泥で、謎のスパダリ(?)ナワーブに悩まされるピアソンさんのお話です。果たしてナワーブの真意はどこにあるのか、一緒に迷いながら楽しんでいただければ幸いです〜続きます!
    ご親切にどうもありがとう/1 他人に配慮することは、相手に目に見えぬ『貸し』を作ることである。塵も積もればなんとやらで、あからさまでなしにさりげなく、しかし何とはなしに伝えねばならない。当たり前だと思われてはこちらの損だからだ。返せる程度の親切を相手に『させた』時点で関係は極限に達する。お互いとても楽しい経験で、これからも続けたいと思わせたならば大成功だ。
     そう、クリーチャー・ピアソンにとって『親切』はあくまでもビジネスであり駆け引きだ。慈善家の看板を掲げているのは、何もない状態で親切心を表現しようものならば疑惑を抱かせてしまう自分の見目故である。生い立ちからすれば見てくれの良さは必ずしも良いものではなかったと言うならば、曳かれ者の小唄になってしまうだろう。せめてもう少し好感触を抱かせる容貌をしていたらば楽ができたはずだからだ。クリーチャーはドブの臭いのように自分の人生を引きずっていた――故にそれを逆手に取っている。
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