また来年の夏も来ておくれ 入道雲が蒼穹の空に映える真夏の頃。緑映ゆる山々に囲まれた屋敷に水木は訪れていた。
「さて。今年も来たな。マヨイガに」
漆塗りの門を潜った先には白髪の男ことゲゲ郎が迎えてくれた。
「久しぶりじゃのう。水木。暑かったじゃろ」
「当分外には出たくねえ……」
ゲゲ郎からのご好意に甘えて麦茶を飲み干す。子守りの婆さんや母を想起させる懐かしい味に暑さに辟易としていた水木の頬が綻ぶ。
「ならば、わしらと同類になれば良い」
「だが、断る」
「間髪入れずの拒否とは!わしは悲しいぞ!」
およよ……と袖を涙で濡らすゲゲ郎を押し除けながら、水木は耳を澄ます。
チリーン。チリンチリン。チリーン。
夏を彩る風鈴の音が屋敷中に、山中に広がって、響き渡っていく。
水木の耳を通じて暑さで波立っていた心臓を落ち着かせ、汗を引かせる。
「……風鈴は?」
「言われずともあるわ」
ゲゲ郎は漆塗りの箱を取り出し、蓋を開けて水木に見せる。箱の中には青藍色の硝子で出来た風鈴が整然と収められていた。
「キレイだな」
「お主の目みたいじゃな」
「……恥ずかしいこと言うな」
「やはりこちらの方が良いな」
じっと睨み付けてもゲゲ郎は笑うばかりだ。腹が立つ。いつか余裕綽々な態度を崩してやる。
そう決心しながら水木は風鈴の中に提げる札に願いを書く。
(よぼよぼの爺さんになるまで長生きできますように)
書き終えた札を風鈴の中に入れ、風鈴を天井に吊るす水木はジッと見つめるゲゲ郎の瞳の色に、夏の湿気を想起させる執念に気付いていなかった。
(水木や。心配せずとも長生きできる)
先ほど水木が飲んだ麦茶には己の汗を数滴混ぜていた。先ほど水木が使っていた墨には己の血を数滴混ぜていた。
(塵も積もればなんとやら。何年かしたらお主はここにずっと住むことができる)
「ずっと、ずうっと、一緒に居ようなあ」
歓待されし者以外受け付けないマヨイガの中で永遠に。