「麗しき私と変な女 3」 私はラーメンを奢ってもらったので鉄花の親友になり、通学路で話すくらいのことはしてあげるようになった。
「次、何食べる? あ、間違えた。奢ってくれる?」
「ふふ、くもりさんって食いしん坊ですね」
「それってかわいいって意味? じゃなかったらぶつ」
「半分くらいはそうなのでぶたないでください」
そう言って鉄花は両手で頭をかばう。
私は振り上げかけた拳を下ろしてやる。寛大にも、慈悲深く。
「許してあげてもいいけど、私はお寿司が食べたいなあ。一貫500円くらいのやつ」
「それは……さすがに……。二貫くらいしか奢れません」
「じゃあそれでもいいよ。残りは私が払うから」
「え?」
「鉄花のぶんも私が払うし」
鉄花はひどく不審げな顔になった。
私、変なこと言ったかな。少なくとも鉄花よりはまともなことを言っているはず。
「それ、私が奢る必要ないんじゃないですか? むしろ私が奢ってもらってるようなものですし」
「んー、全額私が出すよりは意味があるじゃん」
「……まあ……それはそうですけど」
納得いってなさそうな顔だ。細かいことを気にするなあ、鉄花は。
私は奢ってもらうのが好きなのであって、お金が惜しいわけではない。毎月一億貰ってるのだ。
ほとんど使い切れずに口座の残高だけが増えていく。親友にご飯を食べさせてあげられるなら、有徳な使い方というものだろう。
「予約は私がしておくから。鉄花は千円だけ持ってくればいいよ」
「な、なんだか悪いような……」
「いーのいーの、私ら親友だから」
私は鉄花の頭に右腕を回し、ぐいっと引き寄せた。これ親友って感じするよね。めちゃくちゃ歩きづらいけどさ。
私のゆたかな御胸を押し付けられて嬉しいはずの鉄花は、なぜか難しい顔をしている。
「くもりさんって、やっぱり面白いですね……」
「すっごい微妙な顔して言うセリフ? 皮肉だったらぶつけど」
「これは純粋にほめてます」
……なんかそれはそれでやな感じなので、左手で軽くぶっておいた。
理不尽です、という抗議が入るがそのとおり。人生は理不尽なのだよ。
さてさて、予約はどこの寿司屋にしようかなあ。
次の日曜日。
私は革ジャンにTシャツ、適当なスカートというオシャレを決めて、駅構内の柱に背中を預けている。
ごつめのデジタルな腕時計を見る。待ち合わせの時間まであと30分。2分も私を待たせるとは……親友失格ではないだろうか。
そう思っていると、あ、くもりさん、という声と共に小走りに走ってくる小柄な女の子の姿。
鉄花だ。
派手めな色のパーカーにおへその見えるシャツ、ショートパンツと、思ったよりもポップな格好。
「おそーい。10分くらい待ったんだけど」
本当は2分だけどちょっと盛っておく。
「ま、まだ30分前ですけど……ごめんなさい」
「許す」
腕を組んで頷いてしんぜる。そんな私を見て、鉄花は嬉しそうに微笑む。
なんだ。なぜか喜ばせてしまったのか。
「くもりさん、40分も前から待っててくれたんですね」
「ん……!」
「嬉しいです」
そういうことに……なるか……。いや私は単に、遅刻しないように家を早めに出ただけなんだけど。たぶんそのはず。
「40分はうそ。本当は32分なので、そんなに楽しみにしてない」
「0.8倍ですか」
「2割減ったら別物だからね」
うんうんと頷いてみせると、特に納得した様子もなく、やっぱり鉄花は楽しそうに笑う。
こやつめ。鉄花のお寿司だけネタの大きさを二割減らしてもらおうか。
合流した私たちは、予約したお店まで歩くことにした。歩けば5分ほど。
大真面目にタクシーを使おうと提案したけど、鉄花は全然本気にせず歩き始めたので、私も歩くはめになった。
まあいいけど。
「今日はめちゃくちゃ高いお寿司屋さんにしたよ」
「そ、そうですか……もっとちゃんとした服着てきたほうがよかったですか」
そう言って鉄花は自分の服を不安そうにチェックする。
気にしなくていいよ、って言ったのに。
「や、私、めちゃくちゃ楽な服着てるんだけど」
「くもりさんは常連さんですから、それでもいいのかもしれませんけど……」
んー、常連かなあ。3回くらいしか行ってないと思う。
「まあいいでしょ。いい服着てって、醤油たらしてシミになったらやだし」
「あ、そういう発想なんですか……」
「お店は私たちのために寿司を用意して、私たちが寿司を食べる。別に服が食べるわけでも、服で食べるわけでもないんだよ」
そう言うと、鉄花は少し感心したような顔になった。
「くもりさんのそういうところ、ちょっと憧れます」
「ふーん」
そういうことは言ってもらったことないなあ。顔以外に憧れられることがあるとは思わなかった。
話をしていたら5分もあっという間だった。
「あ、ここ、ここ」
「わあ、大きいお店ですね!」
寿司屋で名店って言うとこじんまりした日本家屋、カウンター席、というイメージがあるけど、そういうのではない。
現代的なデザイン重視でガラスを多様した建築に、広い調理場と客席。三階建てで、それぞれの階に個室がたくさんある。
「じゃ、入るよー」
「はい……ちょっとどきどきしてきました」
ガラス扉を開けると、すぐに女性の店員が声をかけてくる。洋服姿だ。
「いらっしゃいませ。ご予約はおありでしょうか?」
明らかに女子高生二人組な私たちにも丁寧な対応。教育が行き届いている。よしよし。
「個室の2-I席予約してる。雨上ね」
私の言葉に、はっ、と店員が目を大きく開いた。さすがに私の名前は知っているか。
「かしこまりました。ご案内は……」
「いい、いい。じゃ、いこっか」
最後は鉄花に声をかけて、私はエレベーターに向かって歩き出す。
上へのボタンを押せば、すぐにエレベーターのドアが開く。
「……はー」
鉄花はさっきから、店内をきょろきょろと見回している。エレベーターの中の内装にも興味があるみたい。
なんだかその反応が面白い。
「鉄花、おのぼりさんぽいな~」
「ご、ごめんなさい。私……」
「いや、面白くて笑えるっていう意味で言ったから大丈夫」
「……ああ。でも実際、そんなようなものですよ、このお店に入ったら」
そんなに大したものでもないと思うけどなあ。
いきなり初対面で、いつもぼっちだけど友達いないの? とか聞くやつほどではない。
まあ、いいけどね。
つづく