両片思い沖永がクイズ見てるだけ※みどりの日→2006年までは4月29日。
丸いちゃぶ台に二人で並んで素麺を啜る。
白い皿に白い素麺、その上にはきゅうり、ハムと卵にサクランボ。営内でも実家にいた頃も素麺にサクランボが乗っていることなんてなかったから最初は驚いたけど、今は慣れた。もう何度も隣のバディ……沖田の自宅でこうして作ってもらっているからだ。
「みどりの日!」
「いやそれは四月だ。憲法記念日だと思うぞ」
小さいブラウン管のテレビから沖田と同じ回答が流れる。
「ほらな」
「えー!そうなんすね」
沖田は箸を置き、次は頑張れと言って頭と背を撫でてくれた。昼食中、このクイズ番組を見ながら答えを言い合うのも毎週の恒例だ。こうして触れてもらうのも。
間違っても正解でも沖田が撫でてくれるこの時間が楽しみでたまらないなんて、まさか沖田には言えない。
自覚して半年は経つだろうか、バディとして過ごす中で永井は沖田に恋をしていた。
速まる心臓の鼓動で挙動不審にならないようにテレビを見つめてじっとしていると体温が離れていく。この番組が終わるまであと十分と少し、まだまだ沖田に撫でてもらえるけどやっぱり寂しい。
……恋人だったらもっと、一日中でも。
頭をよぎる叶うはずがない甘い願望と一緒に、いや充分だろ欲張るな、と数日前の先輩達との会話を思い出し自分に言い聞かせる。
「お前さ、毎週毎週沖田となにやってんの?」
夕飯後、自室で先輩隊員達と腕立て伏せをしていたときだった。突如投げかけられた質問に動きを止めた。
「なにって、登山とかテニスとかカラオケ行ったりとか……?」
「毎週だろ?疲れねえの」
「全然。楽しいんで!あ、あと飯も沖田さん家でご馳走になってます」
ってか好きな人だし一緒にいるだけで幸せだし、というセリフは飲み込んで答えると別の先輩がニヤニヤしながら話に入ってきた。
「へー、あの沖田がねぇ。楽しそうなデートでいいじゃん」
その言葉に一気に体温が上がった。慌てて体勢を崩し首を横に振る。
「デ、デートとかそういう言い方やめてくださいよ、沖田さんに失礼っす!」
「照れんな照れんな」
「だから違いますって!ってかなんなんすか『あの沖田』って」
「あいつ自宅に人呼ばねぇんだよ」
「たしかに。行ったことないな、狭いからって断られて以来」
「休日も昔はパチスロばっかだったよな、永井ほんと愛されてんなあ」
愛されているというのは速攻否定したもののひどく驚き、瞬時に沖田が実は嫌がっている可能性を考えた。しかし思い返せば週末は自宅でもそれ以外も全部沖田から誘ってくれている。ってことは多分、嫌じゃないんだろう。
じゃあ気を遣ってくれているんだろうか。
なんのために?永井の気持ちがばれているとは思えない。バディとして親睦を深めるため、とか?
沖田の本心は分からないが気にかけてくれてはいるんだろう。
申し訳ない思いと共にみるみる胸がいっぱいになり、その場にいない沖田をさらに好きになってしまったのは言うまでもない。
……今でも充分幸せなんだ。これ以上望んだらバチが当たる。
沖田の手のひらが触れる時間を再び待ちながら残り少ない麺を口に運んでいると、番組は一旦CMに入った。
化粧品、シャンプー。流行の音楽と共に流れ出したそれらのCMの間にそっと沖田を見やる。永井の予想に反しもう沖田は食べ終わっていて目が合ってしまった。
どきりと心臓が飛び跳ねる。咄嗟に手を止めた永井に向かい沖田は言った。
「あと少しで終わりだな、毎回寂しくなって困る」
その静かな声と下がった眉、自嘲気味に動いた口元を前にして切なさが込み上げる。沖田が寂しいのは放送が終了することで、永井と同じことを考えているわけはないのに。
「……俺も……俺も寂しいっす」
この番組が終わったらちゃぶ台の上を片付けるため二人で立ち上がり、どちらかが食器を洗いに行く。洗い物を終え再び並んで座っても、もう沖田は触れてくれない。
当たり前のことだ。触れてくれる時間があることが奇跡だ。そう言い聞かせているのに、沖田の言葉を都合よく解釈してしまいそうになる自分が嫌いだ。
沖田は少しだけ目を見開いてから今度は歯を見せて笑った。爽やかな笑顔に一瞬見とれ耳が熱くなる。
「永井は見かけによらずクイズ好きなんだな」
「えっ、あっ沖田さんこそそんなに好きだったんすね」
「俺は……まあ、そうだな」
沖田が返事をしてすぐにCMが終わりクイズが始まった。
ふわふわ浮ついた気持ちを深呼吸で振り切って画面を見れば、画面いっぱいに並んだ同じ漢字から一つだけ違う漢字を見つけ出す、というものだった。
「永井、こうすると見やすいかも」
優しい声と同時に右肩が抱かれぐいと引き寄せられた。
あっという間に左半身が沖田に触れ、左頬がくっつきそうな位置に沖田の顔がくる。
小さいテレビだからたしかにこの方が見やすい。でも正直もうクイズどころじゃない。
……めちゃくちゃ近い……。
沖田が永井と同じように真正面のテレビ画面を見ていることが救いだった。真っ赤だろう顔をこんな距離で沖田に見られたら終わりだ。不審がられてしまう。
エアコンは大きな音を立てて稼働している。冷たい空気が頬に当たっているのに、顔も体もサウナに入ったみたいに熱い。
いつの間にか畳に置いていた手は汗ばんで、所在なく握ったり閉じたりを繰り返した。
沖田は真剣に画面を凝視しているらしくしばらく無言だった。
息遣いまで聞こえる距離。意識をテレビに向けようとすればする程、鼻腔をくすぐる沖田の香りと生々しい体温、感触にぼうっとしてしまう。
永井は速すぎる心音がばれないか不安になりながらも、この夢みたいな時間が少しでも長く続いてほしいと願っていた。
肩を抱いている沖田もまた真っ赤な顔をしていることを、永井は知らない。
終