飲み屋でナンパされるロイエ薄暗い照明が柔らかく店内を照らす、馴染みの酒場。ロイエンタールはカウンターの端に腰かけ、片手にグラスを傾けていた。琥珀色の酒がゆらりと揺れ、氷が小さく音を立てる。右目は深い漆黒、左目は澄んだ青――金銀妖瞳と呼ばれるその瞳は、まるで夜空に浮かぶ星と深淵が同居しているかのようだ。長い睫毛がその異色の美しさを際立たせ、切れ長の目元はどこか冷たく、しかし妖艶な輝きを放つ。艶やかなダークブラウンの髪がさらりと額に落ち、整った顔立ちと長身のスタイルは、この薄汚れた店の中でも異質な存在感を放っていた。
「おれが待つのはあいつだけだ、ミッターマイヤー」と呟きつつ、ロイエンタールは小さく笑う。今日は親友とのささやかな飲み会の日だ。二人で過ごす時間は戦場を離れた数少ない休息であり、彼にとっては何より大切なひとときだった。
グラスを置いたその時、隣に男が近づいてきた。見知らぬ客だ。酒臭い息を吐きながら、図々しくロイエンタールの隣に腰を下ろす。
「へえ、こんな店にこんな美人がいるなんてな。お前、目がすげえな。黒と青って、まるで宝石みてえだ。睫毛も長くてさ、女でも嫉妬しそうな顔だよ」
ロイエンタールは小さく息を吐き、視線を男に向けた。黒と青の瞳が鋭く光るが、酒と目の前の美しい生き物に酔っている男には無意味なようだ。
視線のみで済ませる、一見大人しく見えるその態度は、しかし内心の苛立ちを隠していた。白兵戦ならこの程度の輩など一瞬で叩きのめせる。だが、ここは馴染みの店だ。騒ぎを起こして店主に迷惑をかけるわけにはいかない。それに、ミッターマイヤーを待っている今、そんな下らないことに時間を割きたくもない。
「あんた、ひとりで飲んでるのか? 寂しそうだな。俺が相手してやろうか。こんな綺麗な顔して、夜は先客でいっぱいか?それとも今夜は空席かな?」
男の手がロイエンタールの肩に伸び、そのまま撫でるように腰に降りていく。セクハラめいた接触と下卑た言葉に、ロイエンタールの眉がわずかに動いた。
…我慢の限界だ。グラスを握る手が強張り、今にも立ち上がって男の顎を一撃で砕こうかと考えたその瞬間――。
「よお、ロイエンタール。待たせたか」
低く落ち着いた声が背後から響き、ロイエンタールの動きが止まる。振り返ると、そこにはミッターマイヤーが立っていた。癖のある蜂蜜色の髪が柔らかく揺れ、鋭い眼光とがっしりとした体躯が頼もしい男だ。そのまま男とロイエンタールの間に割り込むように立つと、ナンパ男を一瞥し、明らかに不機嫌そうな顔を見せた。
「お前、誰だ? 何をしている」
声には抑えきれぬ怒気が滲む。ナンパ男がたじろぐのも構わず、ミッターマイヤーはロイエンタールの肩に手を置き、ぐいと自分の方へ引き寄せた。ロイエンタールは抵抗せず、むしろ小さく笑って身を預ける。
「少し遅かったな。おれがこんな輩に絡まれているとも知らずに」
「悪いな、おれがもっと早く来ていればお前がこんな目に遭うことはなかった。お前が珍しく大人しくしているから、こいつが調子に乗ったんだ」
ミッターマイヤーはそう言いながら、ロイエンタールの顎に手を伸ばす。親指で軽くその輪郭をなぞり、黒と青の瞳をじっと見つめた。長い睫毛が揺れるたび、彼の視線は柔らかくなる。ナンパ男が呆然と見ている前で、ミッターマイヤーはわざとらしくロイエンタールの前髪をかき上げ、耳元に顔を寄せた。
「この目がどれだけ美しいかいつも教えているよな?おれ以外にじっくり見せるなど、もったいない」
囁くような声に、ロイエンタールはくすりと笑う。ミッターマイヤーの手が首筋を滑り、そのまま肩を抱き寄せた。二人の距離はゼロに近く、まるで周囲の目を挑発するかのようだ。ナンパ男は完全に気圧され、言葉を失って立ち尽くしている。
「おれをそんなに見つめてどうする気だ。お前がその気でも、おれはまだ酒が足りないぞ」
「ならば、おれが酔わせてやろう。こいつに見せつけて、さっさと退散させる」
ミッターマイヤーはグラスを手に取り、ロイエンタールに差し出す。ロイエンタールがそれを受け取ると、彼は自分のグラスを軽く掲げ、二人はグラスを合わせた。カチン、と澄んだ音が響き、ロイエンタールが一口飲む。その喉が動く様子を、ミッターマイヤーがじっと見つめる。ナンパ男の存在など、もはや二人にとって空気同然だ。
「こいつに構う暇などない。おれがいるだろう」
ミッターマイヤーはそう言って、ロイエンタールの腰に手を回し、さらに距離を詰めた。ロイエンタールは抵抗せず、むしろミッターマイヤーの肩に軽く凭れかかる。黒と青の瞳がミッターマイヤーを捉え、長く美しい睫毛が揺れるたび、二人の空気は甘く濃密になっていく。
「おれを独占するつもりか。悪くないな」
「お前はおれのものだ。そうだろ?」
その言葉に、ロイエンタールは満足そうに目を細めた。ナンパ男はとうとう耐えきれず、ぶつぶつ呟きながら立ち去っていく。カウンターに残されたグラスが小さく光り、二人は互いの存在だけを感じながら、夜を深めていくのだった。