退屈/闇に舞う美しさとは何か。
まばゆい金銀宝石も、天地自然の輝きも、尊き生き物達の囀りや歓喜の歌声も、美しいと云われるものは全て旅のうちに目にし耳にし既に飽き、不変の退屈と空虚さに欠伸するほどだった。
どんな詩を紡ごうと、世界は決して変わらないのだ。
醜くのたうちまわることも出来ず、流浪の果て、私は仲間と呼ばれるものにも出会った。
友情や愛と云ったものは、美しいと聞いていた。
確かに美しかったのだろうが、遠すぎる過去に思いを馳せるも今ではもうよく思い出せない。
友愛なるものに触れることで何かが変わるかと思いもしたのだろうが、悠久の時の中、思い出は美化されることもなく霞のようにかき消えた。
だが、あの夜はよかった。
まだ友だったもの達と、浅はかな夢幻を騙りながら見た夜空。
流星群。
銀河を流れる無限の粒を見た。
漆黒を過った流星の末尾が、きらきらちかちかと明滅しながら、儚く消えた刹那。
背筋を駆け抜けた衝撃は、一瞬まばたきの間に見えなくなって、寂しさと余韻に胸が焦げ付き『手にしたい』と乞い願って止まぬ感情の芽生え。
絶対に手に入らない悔しさと、欲しい欲しいと日に日に強まる掌握の欲求の根源こそが、「美しさ」そのものなのではないだろうか?
だってそうだろう。
我々が美しいと呼ぶあの空無数の光達は、死に絶えた星が見せる最期の最後花開く、断末魔の瞬きなのだから。
そして私は真理に辿り着く。
燃え盛る炎の、爆ぜる火粉の光煌めきがいつか、燻り炭と化すように。
凍てつく海、流水が冷え氷柱となるも、春の温もりにいずれは溶けて跡形無く消えるように。
鳥が鳴き虫いずる季節、小さな蝶が懸命に羽ばたくも、風嵐に巻かれて墜い落つるように。
夏空を轟音と共に大地を穿つ、闇を稲妻の走り去るように。
どの終わりも、どの幕引きも、儚くなんと千々に美しい。
即ち、終末こそ美。
胸を熱く締めつけ溢れ出る感情は、ふいごの肺を通って喉笛を高らか鳴らし、舌を滑って唇で紡ぐ、己の詩にこそ相応しい。
謳え。
吟え。
詩人成れ。
手にした欠片が導いた。
詠え。
謡え。
我、詩人為り。
二度と先のない終わりを綴り、輝きを眼にしたら言の葉を放とう。
叡智の実である林檎は落ちる。
理に違うことなく重力のまま。
見つけた林檎は青かった。
長く永い月日に育ち大きく枝葉を伸ばした木の、ずっと先の方に生った未熟な実は、朝露に濡れた無垢な輝き。
かつての友に似た鈍い青さで、太陽の光を受けていた。
戯れか慰めか、刹那の命を燃やす生き物を囲い、籠に大切にしまって愛でていた。
しかし愛せど報いもなく、弱り朽ちゆく様を何度も見送ると、次第に興失せ、澄んだ瞳の光はみるみるくすんだ。
翳りにさらされ徐々に熟れ、濁り行く様を眺めるのは滑稽だった。
終わりへ向かう甘美な香りが、私を誘った。
手を伸ばし、赤く色づいた実を屠れと。
私の手の中弄ばれ、ぐずぐずに崩れ惨めに熟した、臙脂色した禁断の果実。
柔く歯を立て無心で貪れば、腐臭漂う蜜の味。
涙を流すように滴り落ちた果汁は、口の端を伝い地面に落ちた。
終幕の鐘が清らかに鳴る。
演者は揃った。
さあ、闇に踊れ。
あとは音鳴らぬ一切の静寂、貧しきも貴きも無いまこと平らき世界の中で、外套翻し円を描く。
華麗なる終焉を始めよう。
物語の結末は、とうとう私の手の中に。