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    天海キヲ

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    天海キヲ

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    いおおせの小説です

    全年齢です

    ちょっと💚が意気地ないです。

    初恋デッサンと神隠し「いおくんも絵、描きたいの?」



    ふと、そう声を掛けられたのは、突然の事だった。



    お昼の午後13時。




    熱中症にでもなってしまうかのような日照りの中、僕はいつものように、白い服を着た青年を斜め後ろから、彼がキャンバスに色を置いていく様子を眺めていた時にそう声を掛けられた。



    「………なんで?」
    「だって、ずっと自分が絵を描いてるのを後ろで見てるから……。
    本当は描きたいんでしょ?」
    「別に、違うよ。
    今は家事も全部終えちゃったし、皆さんからも何にもお願いされてないから大瀬さんの絵を見てるだけ。」
    「………いおくんはもっと有意義な暇潰しを覚えたほうが良いよ?」


    まったく、余計なお世話だ。


    …最近の大瀬さんは、以前とは少し変わった。

    以前であれば、僕と碌に話なんてしてくれなかったのに、最近の大瀬さんは皆さんの前でもよく話すようになったし、自分の本音を零すようになった。



    ………僕の前でも。



    (…それが、ちょっと嬉しいって思う僕がいるのが悔しいなぁ)


    依央利は薄い唇を尖らせながら恨めしそうに大瀬のことを見つめる。

    大瀬はちょうど、次にどの色を使おうか悩んでいるようだ。



    (大瀬さんは、自分が変わったことに気付いてるのかなぁ)

    依央利はふと、そんな疑問が頭に浮かび、大瀬の揺れる淡い青髪に目線を移す。
    だが、依央利の目線になど気付いてすらいないのだろう。
    今も大瀬はキャンバスにかじり虫だ。

    「あ」

    依央利が大瀬を見つめていると突然、ハッと息を呑みこむかのように大瀬は眼光を大きく開き、芝生の上に置いた椅子から立ち上がったかと思うと、依央利の真横を通り過ぎ家の階段を登っていった。

    パタパタと控えめな足音が遠くから聞こえる。

    「大瀬さん、急に立ち上がってどうしたんだろう。」


    依央利は大瀬が走り去った後を心配そうに見つめた。

    「ハッ!!!
    も、もしかして暑さでどうにかなっちゃったとか……!??
    わわ……、そうだとしたら全部僕の責任だ…!!!僕がちゃんと見てたのに…!!!
    あの人の異常に気付いてあげられなかった…!!
    うわあああああっ!!!こんなの、奴隷として……同居人として失格だよ!!!」


    依央利は死んだ魚の様な目をしながら一人、頭を抱えながらその甲高い声を庭中に響かせた。

    そんな中、大瀬は依央利のもとに小さな挙動で駆け寄ってきた。


    「いおくん、コレあげる」


    スッと僕の眼の前に肘まで捲られた腕を伸ばしたかと思えば、彼の青白い手には小綺麗なスケッチブックが握られていた。


    「す、スケッチブック…?」
    「はい、これで絵が描けるから…」


    大瀬さんはいつもと変わらない声のトーンで答えるけど、心無しかふんすふんす、と得意げに鼻を鳴らしている。

    あれだ。
    死にかけの蝉を飼い主の部屋に持って帰ってきて、自分が捕らえた獲物を自慢気に見せびらかす、生意気な飼い猫みたい。



    「わ、悪いけど奴隷として人様から物なんて貰えないよ!!!!
    しかもこのスケッチブック絶対に高いやつでしょ……!」


    そのスケッチブックは、市販のテカテカしたものとは違い、表面がザラザラとした布のような生地をしており、中の紙の触り心地は滑らかで非常に触り心地が良かった。
    詳しくない依央利でも分かる。
    これは確実に数百円で買える代物ではない。


    「別に高くない、3000円しないくらい…」
    「たっっっっか!!!いやいや!ホントに貰えないよそんないいヤツ!
    むしろ普段絵を描く大瀬さんが使った方が余っ程有意義でしょ!!」
    「そもそもこれネットの抽選で当たったやつだから実質無料だし………
    いおくんが折角やりたいこと出来たのに、我慢してほしくない」

    大瀬さんが意地でも僕にスケッチブックを手渡そうとしてくるので、僕も必死で貰えないと押し返した。

    「いや本当に僕、絵が描きたくて大瀬さんのこと見てたわけじゃないんだけど!」
    「…いおくんの嘘つき。
    絵を描きたくないんだったら、あんなに毎日欠かさず自分が絵を描いてるところを見に来る理由が説明できない………。
    本当は描きたくてしょうがないんでしょ。」
    「そ、それは!!!
    絵を見に来てるっていうか…!!
    絵を描いてる、大瀬さん…の…こと……を…………」





    見に来てる






    依央利は、口から出そうになった残りの五文字を慌てて飲み込んだ。





    大瀬さんのことを見に来てる?




    そんな言い方をしたら、あたかも僕が大瀬さんに告白してるみたいじゃないか。
    違うし。
    そんなはずないし。
    ていうか早くなにか言い返さないと。
    奴隷のくせに、他人のこと待たせちゃ駄目でしょ。
    ほら、急に僕が黙り込んだから大瀬さん困ってるじゃん。
    なに、さっきまで口喧嘩してたのに、僕のこと心配そうに覗き込んで来てさ。
    貴方のそういうところが、僕はずっと………



    ………………。








    「………絵って普通は何を描くものなんですか?」
    「……!!」






    あーあ。
    この人には敵わないや。

    僕が絵を描くってだけで、そんなに目を輝かせて小さく微笑むんだもの。
    …………そんなに綺麗に笑われたら描かない、なんて言えないよ。


    「な、なんでも…!
    いおくんが好きなもの、何でも描いていいんだよ。」
    「…………僕は無我だからそんなのありません〜。」



    ほらやっぱり敵わない。
    僕は無我だって、好きなものなんかないってあれだけ言ってるのに。
    どうして『本橋依央利が好きなもの』なんて無茶振りをしてくるんだろう。


    ………花なり家なり、貴方が適当にお題を出して、それを僕が模写する。
    それでいいじゃないですか。


    「いおくん………。」
    「好きなものか〜、強いて言えば首輪とか?あと契約書、それに捺印とか?う〜ん、どれもスケッチ映えしなないね。」
    「……いおくん。







    スケッチの上では、無我でなんていなくていいの…。」
    「………へ?」
    「あ、あのね。いおくんが自分のこと無我だって言うのを全否定したいんじゃなくてね……。
    そ、その……、絵にはね正解なんてないから…、普遍的で綺麗なものだけが秀逸な作品じゃないんだよ?
    見ているだけで恐怖を感じる絵も、思わず嘔吐いてしまいそうな汚い絵だって、描いた『誰か』の想いがこもってて……」
    「…………」
    「も、勿論、綺麗な作品はそれだけで価値があるし、沢山の人を喜ばせられるし、素敵だと思う。
    ……でも、自分が誰に、どんな風に届いて欲しいかを考えて描いた絵は、いつか、目に触れ、必ず誰かに届くから………。
    少なくとも、自分にとって……
    『絵を描く』ことは自分にとって唯一気持ち悪くて大嫌いな自分と向き合える瞬間だったか……ら…………。」
    「…………そっか。」




    大瀬さんは僕に自分の考えを言い終わるが先に、顔を真っ青に染めた。
    大瀬さんはきっと今も、『こんなクソ吉が他人様に上から目線な助言を…
    !死にたい…!!』とか考えているんだろうな。
    ………この人はやっぱり凄い。


    僕にはない、思考力と発想力、そして一つのものに対する愛情がある。
    自分の手で何かを生みだすことが得意で、きっと何よりも好きなことなのだろう。

    じゃあ、大瀬さんの好きなものは、絵を描くこと自体なんだね。



    じゃあ、僕は………?



    僕の好きなもの、か。


    今、『本橋依央利』が最も描きたいと思うもの。












    あぁ…、やだなぁ。



    ………こんな話を聞いたあとじゃ、
    たった一つしか…………







    たった『一人』しか思い浮かばないじゃないか。

















    「ふぬぐ゛゛ぅッ……!!!」
    「どういう声???」


    大瀬は歯をこれでもかというくらいに食いしばり依央利の方を見ている。

    大瀬の足はピッタリと閉じられており、目をこれでもかというほどかっぴろげ、瞳孔まで開いてしまっている。

    「そんなに体制キツイなら全然崩したっていいのに」
    「体制の問題じゃない!!!!
    いおくんがこんなクソを被写体にしてるこの状況が問題なの!!!」



    顔から煙が出そうなほどに大瀬さんは激怒している。
    被写体は僕が選んでいいって言ったのに、我儘な人だなぁ。


    「ほらほら、大瀬さん笑って?」
    「笑えない!!!!!」



    大瀬さんは笑うどころか、眉毛を釣り上げて僕を睨みつけている。
    まるで猿ちゃんみたい。




    「もぉ〜、僕に自由に描けって言ったのは大瀬さんでしょ?」
    「自分のこと描こうとするなんて聞いてない!!!!いおくんの悪趣味!!!!」
    「言えるわけ無いでしょ、今決めたのに!
    ていうか悪趣味ってなんですか!大瀬さんの頑固者!!」



    売り言葉に買い言葉とはこの事か。
    大瀬の悪態に対して依央利も悪態で返す。
    2人は真っ昼間の庭でギャーギャーと怒号を喚き散らした。
    依央利は被写体の大瀬に笑ってもらえるように柔らかい頬をむにむにと触っているし、大瀬は依央利の片頬に手を押し付けて依央利を遠ざけようとしている。

    騒ぎを聞きつけて駆けつけたテラに、
    「ちょっとそこのバカップル、いちゃつくなら他所でやんな」
    と一喝されなければ二人の喧嘩は朝まで続いたことだろう。

    ……尚、「付き合ってないです!!!」と言った二人の言葉をテラが聞いている訳もないのだが。



    そして、もともと体力のない二人は、それぞれ椅子にへたり込んだ。



    (あーあ。やっぱりこうなっちゃう。
    もういっそのこと、僕の内心が全部貴方に伝わってしまえばいいのに。)


    この人とただ笑い合ってる時間が楽しくて、そんな日が続けばいいと思っているのに、自分の奉仕心のせいで、僕自身が大瀬さんを遠ざけてしまっている。


    (でも、そうしないと空っぽだってバレちゃうんだもん。)



    誰かに操作つられる生き方しか出来ないつまらない奴隷は、誰かの心を動かせる貴方の隣にいる資格なんてなくて。
    それが虚しくて、飾って、そしたら前よりももっと胸の内の空洞が広がっていった。


    貴方のことを笑顔にすることなんて、こんな僕には………、





    「くふふっ…!」
    「…………!」


    依央利の耳に聞こえ心地のいい笑い声が通る。


    「お、大瀬さん?何で笑ってるの?」
    「ふふ、だっていおくんの髪、ぐしゃぐしゃなんだもん。」
    「へ…?」


    試しに大瀬さんがデッサン用に持ってきていた手鏡で確認すると、いつもストン、と真っ直ぐになっている僕のヘアスタイルは見る影もなく乱れていた。


    「ほ、本当だ………さっきの揉み合いで乱れちゃったのかな…」
    「ふふ、いおくん似合ってるよ」
    「あーー!!!大瀬さん僕のことからかってるでしょ!!!」


    先程までヘロヘロだった身体は何処へいったのか、依央利は大瀬のもとまで早歩きで向かうと大瀬の手首を依央利自身の細い指で引っ張った。


    勢いに任せてぐい、と大瀬のことを引っ張ってしまったせいで、依央利と大瀬の顔は随分と近くなってしまう。



    「へ……………?」
    「あ………。」
    「「………………。」」

    大瀬さんの青みが掛かったライムイエローの瞳と僕の真っ黒な瞳の視界が合わさった。
    大瀬さんの小さい吐息が聞こえるくらい、僕らの顔は近くなってしまった。




    ………なんだこれ。
    物凄く恥ずかしいぞ。


    僕は急いで大瀬さんの手首を振り放した。



    「ご、ごめん…!!大瀬さん!ビックリしたでしょ?」
    「べ、別に………」



    嘘ばっかり。
    顔赤いじゃん。
    ………多分僕のほうが赤いんだろうけど。




    「………ぷっ」
    「?お、大瀬さん?」
    「ふふ、いおくん顔赤い、いおくんもビックリしたんでしょ」


    大瀬さんはさっきとおんなじように僕をからかうような素振りで小さく笑った。


    あぁ、やっぱり。




    この人の笑顔は目に焼き付いて離れない。



    僕は貴方から貰ったスケッチブックを手に取り、大瀬さんがスケッチに使っていた鉛筆を右手に持った。




    貴方と比較したら素人同然だろうけど、それでも身体が勝手に描画していった。





    サラサラ、と紙の上を一本の鉄芯が滑っていく音だけが、僕たちの空間を満たした。





    ただ貴方の笑顔を残したくて。







    ただの写真じゃ残せないような、






    …………『僕』が感じた恋情を。











    「…うん。大瀬さんの顔が真正面にあって、ビックリした。」
    「へ…?」


    大瀬さんから間の抜けた声が聞こえる。


    「貴方の呼吸音も、体温も、大瀬さんとこんなに距離が近くないと感じることの出来なかったものだ、から……。」
    「…………!」




    恥ずかしい。逃げ出したい。
    きっと、これ以上知られたら、きっと大瀬さんに嫌われちゃう。


    でも、それでもこの想いは……!

    「だ、だから……………その……………

    ………っ!」



















    あぁ、僕はこんなにヘタレだっただろうか。
    貴方に伝えようとしていた言葉がその時確かにあったはずなのに、
    …あとに続く言葉が出てこない。







    だって、仕方ないじゃない


















    そんなに恥ずかしそうに綺麗に笑われたら、もう頭の中が貴方の笑顔で埋め尽くされて言葉なんか忘れちゃうでしょ?
    「やっぱり…ごめんね、なんでもないから。」
    「………そう。」













    (上手く描けたら、皆さんにも見せたかったんだけどなぁ)






    僕はスケッチブックの中にいる大瀬さんを見つめた。
    本物の大瀬さんよりも少し幼くて、涙を流しながら微笑んでいる彼は、自分の妄想と願望で塗れていて。
    (こんな僕の感情が透け見えた大瀬さんは、僕以外には見せれないなぁ)





    皆さんの前で、僕はこれからも無我でいるから。





    大丈夫








    きっと、この人とはまだ仲良しでいられる。





    バレない様に頑張るから、






    だからまだ、今はこの関係が崩れないように。
    もう少し…………もう少しだけでいいから。









    (お願いだから…
    まだ、この気持ちに気付いていないふりをさせてよね。)




    描き終わったあと、大瀬さんにどんな絵が描けたの?と聞かれたけど、僕は何も言えず、曖昧な笑顔を取り繕って自分の部屋に戻った。
    大瀬さんは、あんなに自分の考えを打ち明けてくれたというのに、結局僕はあの人に何も返せていない。
    僕はこんなに、甲斐性のない人間だったのだろうか。









    スケッチブックは、あの日からずっと開けないでいる



























    彼の想いには気付いていた。











    でも、最初はこんなクズなんかにあり得ないと、そう思っていた。












    だから、知らないふりをしていた。












    けれど、気づいてしまった。















    あなたが、自分のことを見る時の真っ黒な瞳が、恋を含んでいることを。

















    庭には二脚のパイプ椅子が置きっぱなしになっていた。















    奉仕心の強い彼ならあり得ない忘れ物だ。
    余程焦っていたのだろうか。










    ……今日も、いおくんからの本音を聞くことは出来なかった。







    あの一瞬だけ、彼の本音を聞き出せそうだったのに、僕の顔を見た瞬間にいおくんは口を噤んで黙ってしまった。



















    「………いおくんの意気地なし」





    大瀬がぽつりと呟く頃、外はもうとっくに燃えるような赤色に変わっていた。
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