酒は百薬の長【マイバジ】「適当な奴と付き合うのやめろよ」
なんてことない風で言おうとしたのに拗ねた気持ちが声に出てしまった。酒が入って繕えなくなっている。バジはそんなオレを見ながら煙草を吸った。慣れた様子に、いつの間にそんなの覚えたんだと唇を尖らせる。オレの知らない間に煙草なんて吸うようになって、興味ないとか言ってたくせに恋人を作っては別れてを繰り返す。机に突っ伏したまま枝豆を食べるオレに、バジは食いづれえだろ、と笑いながら頭を撫でた。ゴツい指輪が頭に当たる。痛くはないけど、バジじゃない感じがして嫌だった。
「指輪もやだ」
「どうしたよ今日はいつもよりワガママだな」
「昔はもっとワガママだったろ」
「自覚あったんかよ。お前な〜」
八重歯を見せて笑うところは一緒、だけどきっとオレには見せない顔があるんだろうな。大人になりゃそういうことはある。当たり前なんだけど、バジの知らないところがあるなんて嫌だ。オレの心の中はずっと、ずーっとバジに対してどうしようもないワガママばっか叫んでる。
「かわいーなマイキー、もっと言えよ」
「怒んねえ?」
「内容による」
なんだそれ、余裕ぶっちゃって。大人になったよなあ、バジ。寂しいな。嫌だな。雁字搦めはダメだって分かったからオレもちょっとだけ大人になって、自分勝手な言葉吐くのはやめたのにもっと言えだって。いいか。今日は酒入ってるしなによりバジ自身がいいって言ったんだから。これで何か、変わってしまったら怖いけど、もう全部曝け出してしまおうか。
「煙草やだ」
「おー」
「オレともっと遊べ」
「へーへー」
「さっきも言ったけど、適当な奴と付き合うな」
「適当な奴って?」
バジが煙草を灰皿に押し付けて、指輪を外した。射抜くような目でオレを見て、楽しそうに口角を上げている。
「オレの知らねえような奴」
「知ってる奴だったらいいんかよ」
「…やだ」
「じゃあ誰ならいいって?」
バジの指がオレの耳を擽った。こいつ分かってんだ。分かっててオレの口から言わせようとしてる。ずるい。でもケンチンも、ちゃんと言わないと伝わらないんだって言ってた。これが勝負だとしたらオレの完敗。喧嘩じゃ負けたくないけどこればっかりはもう、勝ち方が分からないんだ。
「オレがいい」
「へえ」
「てかオレじゃなきゃやだ。バジが付き合った奴らの影響で煙草吸うのも指輪すんのも全部やだ。お前はオレのそばにいなきゃやだ」
「ははっ昔よりワガママかも」
「そーだよ。オレはずっとこんなんだから、バジも嫌なら嫌って言わねえと逃さねーからな」
「嫌、じゃねえよ」
でももう一声かな。バジがグラスに残っていた酒を飲み干した。目元がちょっと赤くなってて、色っぽい。もう一声だって。仕方ねえな、お前だけだかんな。
「好きだから、オレの隣に、」
いないとやだ。言おうとしたらバジの口に吸い込まれていってしまった。オレ、女の子ともちゅーしたことなかったのに。バジはあるのかな。分かんないけど、ちゅーしたって、それだけで頭の中がふわふわするのが酒のせいでないことは確かだ。ちゅっと音を立ててバジの唇が離れる。甘く蕩けた目をしてバジは微笑んで見せた。
「お前がそれ言うのずっと待ってた」
煙草も指輪も名前すぐ忘れるような恋人ももういらないんだって、バジが嬉しそうに言うもんだから、悔しくてでも幸せで、今度はオレから噛みつくようにキスしてやった。
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