王の器「オレ、王様なんだよな? 一応……」
「ふん。僕はまだ貴様を我が主君と認めたわけではない」
「へいへい……」
一休みがてらモップの柄に顎を乗せてぼやくと、目の前でテキパキと動く黒い背中から取り付く島もない返事が返ってくる。
オレと似たような姿形をしていながら、180度どころか300度ぐらいノリに温度差があるコイツの名はランスロット。
このキャメロットの王宮に仕える騎士の中でも特に名高い三人の内の一人で、更にその中でも剣の腕では比類する者が居ないと言われている……らしい。
が、オレにとっては、どこかでよく見た顔が更に付き合いが悪くなっただけの奴にしか感じない。
まったく、そっくりさんはアイツ一人で充分だぜ。
「もう充分休んだだろう。口ばかりでなく手を動かしたらどうだ?」
「やれやれ、手厳しいねぇ……」
「元はと言えば貴様の自業自得だろう。文句を言いたいのは見張りに駆り出されている僕の方だ」
「うっ……」
それを言われると返す言葉がない。この国でひょんなことから王位に付いているオレが、どうして城の中をモップを構えて駆け回っているのかと言うと
ちょっとした前方不注意で城に仕える従者が抱えていた食器を粉々にしてしまったからだ。
もっともこれは不満が噴出するきっかけでしかなく、普段からの奔放な振る舞いに呆れ果てている者は少なくない。
いい機会だと思って、たまには上に立つものとして皆に手本を示して欲しい……とは、眉をひそめたパーシヴァル談。
まぁ、普段からお小言の多い奴だけど……あっちの立場もあることだし、ここまではっきり言われると流石に悪い気がしてくる。
そんなわけで、オレはお目付け役のランスロットと共に城のクリーンアップに励んでいるというわけだ。ちょっとした罰ゲームってやつだな。
「わーかったよ。さっさと済ませちまおう」
「その言葉を聞いたのは六度目だ」
「細かい奴だなぁ、もう!」
出鼻を挫かれながらもモップをバケツで湿らせ、床に叩きつける。
モップがけなんてオレの足があれば瞬殺だ……といきたいところだが、ただでさえツルツルとした大理石の上で自らが湿らせた道をいつもの調子で走るわけにもいかず
その足取りは我ながら非常にもどかしいモタモタとしたものだ。……あぁ、走りに行きたい。全身で風を感じたい……。
「……これが終わっても、今日は一日外には出る暇はないぞ」
「What The Hell」
オレの心を読んだかのようなタイミングで、容赦なく冷たい言葉がかけられる。Why……
「貴様の顔にさっさと野生に帰りたいと書いてあるし、午後からは大臣達との会合があるだろう」
「I See……」
オレの疑問に、二重の意味で的確な回答が返ってくる。
「あぁ、王の生活ってのはタイクツだなぁ……」
「その言葉、外では言わないほうがいい。その地位と権力を、野蛮な手段を使ってでも手に入れたい者が、どれだけ居ると思っている」
「I Know……だからこそ、オマエの前でぐらい愚痴を零させてくれよ。これでも信頼してるってことさ」
「……ふん」
冗談めかしてウィンクを飛ばしてみても、リアクションは極めてつれない物だ。
あっちの黒いやつほどトゲトゲしてはないものの、コイツはコイツで気難しくって困るぜ。
「大体、この玉座に着くやつはカリバーンが選ぶんだろう? オレを排除したところで意味ないじゃん」
「逆賊にそんな理屈が通じるわけがないだろう。それに聖剣を偽物だと嘯くか、或いは偽の聖剣からの託宣をでっち上げるか……いかようにも手段はある」
「なるほどな……恐ろしいねぇ、まったく」
「貴様が平和ボケしすぎているだけだ」
「……あぁ、怖い怖い」
軽口を叩きながらも、ハリネズミ二人の床掃除行脚は続く。
やれやれ、これじゃアーサー王伝説というよりはシンデレラの世界だぜ。
どう見ても走るには向かなそうなガラスの靴なんてまっぴらゴメンだけど。
「……ん」
「あぁ、どうしましょう……」
ふと、前方の人影に目が留まる。おろおろと頬に両手を当て、見るからに何か困っているようだ。
後ろで掃除に夢中になっているランスロットに気付かれないよう、静かかつ素早くそのそばに近寄る。
「Hey, どうした?」
「あ、国王様……」
「ソニックで良いって、くすぐったい。で、何があったんだ?」
「実は……」
聞けば、大臣たちを招く晩餐に使う予定だった七面鳥がちょっとした手違いで逃げ出してしまったらしい。
なんともこの世界らしいワイルドなトラブルだが、従者にとっては文字通り首のかかった一大事のようで、その顔色は蒼白だ……。
「よりにもよってメインディッシュが用意できないなんて……あぁ、どうしたら……」
「そういうことなら、任しときな」
「えっ? でも、そんな……」
「こう見えて、狩りの腕には自信があるのさ。ま、七面鳥とはちょっと違うもんになるかもしれないけどな」
「あ、ありが……」
返事を聴き終えない内に、フルスロットルで城の裏口へ飛ばす。
オレが本気を出せば、城の、街の、誰の目にも留まらないスピードで郊外まで駆けるのなんてわけない。
勢い手にはモップを掴んだまま出てきてしまったが、まぁ、動物相手なら剣の替わりにはなるだろう。
「おぉ、いるいる」
野生の……生物には詳しくないが、多分ボアと、トリと、とにかくイキのよさそうな奴を抱えきれるだけ仕留めていく。
悪いが、これも城の平和のためだ。大人しく晩飯になってくれよな。
時間にしてほんの数分。充分な肉を抱えて城に戻ると、さっきの従者は相変わらずそこにいた。
「これだけあれば充分だろ?」
「こんな一瞬でこの量を……? あぁ、なんてお礼を言ったらいいか……」
「なぁに、スピードはオレの専売特許でね」
動物の山を台に乗せると、従者は何度も頭を下げながら厨房の方へ去っていく。
捕れたての野生動物は下処理も楽ではないだろう……後はオマエの腕の見せ所だぞ、等と内心でエールを送っていると、
「早い帰りだったな」
「! よ、よぉ……」
いつの間にかすぐ横に肩を並べていたランスロットに声をかけられる。全く、心臓に悪いぜ……
「あ~、その……どうしても、困ってたみたいでさ……」
「構わん。事情は聞いた」
「……えっ?」
来る叱責をいかにやり過ごすか、あれこれ言い訳を考えながら口を開くと、返ってきたのは意外なぐらいトゲのない言葉。
「……普段から度々困りごとを聞いてやっているそうだな」
「なんだ、そこまで話しちゃったのか」
実を言うとそういうわけで、さっきのヤツを始め従者には顔馴染みも多い。
バレたらうるさそうだから、コイツらには一応黙ってたんだけど。
「皆、貴様に感謝していると言っていた」
「はは、照れるぜ」
「……だから、あまり厳しく当たらないでやってくれと」
「……照れるぜ」
まったく、余計なことを。緩む頬をバレないように引き締める。
「だが、それとこれとは話が別だ。さっさと掃除を終わらせるぞ」
「ちぇっ、わかってるよ」
「なら、さっさとそのボロボロのモップを取り替えてくるが良い。全く、野生動物を仕留める度に得物を駄目にする騎士がどこにいる」
「あーはいはいわかったよ。細かいなあ」
「……フッ」
言われるがまま、掃除用具のある物置に向かう。やれやれ、この城の風当たりは今日も厳しい。