あなたとはじめたい前奏曲「私は駅前のチョコにしたよ! 2〜3万円で買いやすい値段なんだけど、すっごく美味しくてオススメで……あれっ、どうしたのましろちゃん変な顔して」
「そうだなぁ、手作りのものが普通で気持ちが伝わるって聞いたことあるから、広町はブローチを作ってみたんだよ〜……しろちゃん? どこ行くの?」
「誕生日だし、ここはやっぱり派手で目立つもんプレゼントしたくね? 美咲さんって和服似合いそうだし、着物とか……って、シロ! まだ話終わってねーぞ!?」
「そもそも私は奥沢さんと交友が無いのだし、彼女のことをよく知らない私に相談するのは筋違いじゃないのかしら」
◆
「はぁぁあ……」
ショッピングモールのベンチに一人座りながら、私は一人盛大に溜息を吐いていた。
今日は10月1日、美咲さんのお誕生日だ。この日の夜はこころさんの家で盛大に誕生日パーティーが行われるみたいで(規模を想像しただけで震えちゃう)、そこには私たちMorfonicaも招待されていた。
特にプレゼントを用意しろって言われた訳じゃないけど、美咲さんとミッシェルさんには日頃とってもお世話になっているから、私も何かプレゼントを渡したくて。
……とは言ったものの、先輩の誕生日にプレゼントなんて渡したことないし、そもそもプレゼントを渡すほどに先輩と仲良くなれたのも初めてだし。
何をあげたら喜んでもらえるのか分からなくて、モニカのみんなに相談したのだけれど。……金銭感覚とか、手先の器用さとセンスとか、考え方とかが色々違い過ぎていて、私が参考にするのは難しかった。……正論を言われたりもしたし。
だから一人で色々考えてみたけど……やっぱり良いプレゼントが思い浮かばなくて、考えてる間に当日になっちゃって、慌ててショッピングモールに来たのだけれど。
「……やっぱり、何が良いのか全然分からないよ……」
無難にお菓子? いや、でも美咲さんってどんなお菓子が好きなんだろう。前にブラックコーヒーを飲んでるのを見たから、もしかしたら甘いものとか苦手かもしれないし。
やっぱり手作りがプレゼントっぽいのかな。でも私はセンスがある訳じゃないし、そもそも美咲さんってすごく器用だから、私みたいな下手くそが何かを作っても喜んではくれないかも。
文房具は他の人と被ったら使い切れないし、それに使い心地が好みじゃなかったら逆に迷惑になっちゃう。
そんなことを朝からぐるぐる考えていて、ショッピングモールの中をぐるぐる回っていて、もう私の体力は心身ともに限界だった。
スマホがメッセージを受信して、通知音が鳴る。モニカのグループチャットだった。自分はもう待ち合わせ場所に到着したっていう、つくしちゃんからのメッセージ。
もうそんな時間なんだ。今から選んで買う時間はもう無いだろう。
「……正直に、謝ろう……」
私は諦めて、重い腰を上げた。
◆
「美咲さん、お誕生日おめでとうございます……。その、ミッシェルさんも」
「ありがと、倉田さん」
誕生日パーティーも終盤に入り、そろそろ終わりの時間が迫った頃。ようやく私は美咲さんに話しかけることが出来た。
今日の主役である美咲さんはずっと他の人に囲まれていたから、ちょっとだけ疲れた様子にも見えた。それでも私が話し掛ければ、少し照れたみたいに笑ってくれる。
「ドレスも、あのっ、すっごく似合ってます!」
「……そうかな、ちょっと恥ずかしいけど」
青いドレスに赤やピンクの花がたくさん飾り付けられていて、美咲さんにとっても似合っていた。
なんだかいつもと違う雰囲気の姿に私も何故か恥ずかしくなってしまって、直視出来なくて、彼女の後ろへと目線を向ける。そこには、積み上がったプレゼントの山があった。
それを見ると、罪悪感がどっと押し寄せてきて。
「あの、それで、ごめんなさい。私、プレゼント用意出来てなくて……」
「えっ、別にいいよ、そんな気を遣わなくて」
美咲さんが首を振る。この人は優しいから、きっとその言葉は本心からのものなんだろうし、たくさんのプレゼントの中に私からのものが無いくらい気にならないと思う。
それでも、美咲さんにちゃんとプレゼントを渡したかった。私だって、彼女に喜んでもらいたかった。
「何を用意したら喜んでもらえるか分からなくて……、ちゃんとお祝い、したかったのに、」
「倉田さん……?」
俯いた私の顔を覗き込んだ美咲さんが、びっくりした顔をする。その顔が歪んで見えて、あっ私泣いちゃってるんだって自覚した途端に、ぽたりと雫が地面に落ちた。
ああもう、私って最悪だ。泣いたってどうにかなる訳じゃないのに。美咲さんを困らせるだけなのに。せっかくの誕生日に、嫌な思いをさせてしまう。
そう思うのに、涙は次から次へと溢れてくる。こんなことになるなら、なんでも良いからちゃんとプレゼントを用意しておけば良かった。
「えーと……倉田さん、こっち」
涙を拭おうと思ってた手を掴まれて、そのまま美咲さんが何処かへと歩き出す。
やがてやって来たのはバルコニーだった。パーティー会場から少し離れた場所のここは、広いけれど私たち二人だけしか居ない。
バルコニーからは庭が見えて、名前を知らない花が沢山咲いているのが見えた。それがとっても綺麗で鮮明に見えていた。どうやら涙はいつの間にか止まったみたい。
「落ち着いた?」
「はい……、すみません」
バルコニーの柵に寄り掛かった美咲さんが、安心したように笑った。……先輩なのに、逆に気を遣わせてしまったな。
「ねえ、倉田さん。もし良かったら……なんだけどさ。誕生日ってことで、あたしのお願い聞いてくれるかな」
「も、もちろんです!」
お願いってなんだろう。私でも出来ることかな。そう思うより先に、返事をしていた。
「今度さ、ちょっと電車で行った先でふわキャラのイベントがあるんだ。知ってる?」
「はいっ、行こうと思ってて……」
「ほんと? なら丁度良かった。あたしも一緒に行っていいかな?」
えっ、と私が目を丸くすれば、美咲さんが少し照れたように頬を掻く。
「ミッシェルの参考になるかなって思って行きたいんだ。倉田さんふわキャラ詳しいから、可愛いところとか色々教えてもらえたら嬉しいなって」
どうかな? と首を傾げられたら、もう私が断る理由なんてなくて。
「は、はい! 私で良ければ……っ!」
「良かった。じゃあ約束ね」
嬉しそうに笑った美咲さんに、なんだか頬が熱くなっていくのを感じる。その笑顔一つで、まるで羽根が生えてしまったかのように心が軽くなって、胸がぽかぽか温かくなって、目の前にお花畑が広がったみたいな、そんな感覚。
「——くしゅっ。……やっぱりこの格好で外出ると寒いね。そろそろ戻ろっか」
「はいっ」
鼻を啜る美咲さんの後を追い掛けて、バルコニーを後にする。
私にもう少し度胸と勇気があったら、上着を肩に掛けてあげるくらいはしたいんだけど。……この先、それがなんなく出来るくらいに、この人と仲良くなれるかな。……なれると、いいな。