てのひらの熱のゆくえ「倉田さん、こっちこっち」
「あっ、美咲さん……! こんにちは」
日曜日、駅前。集合場所に着いて休日の人混みに早々に巻き込まれていた私は、手を振って呼ぶ美咲さんの声に引っ張られるようにして駆け寄った。
少しだけ電車で乗って行ったところで行われる、ふわキャラのイベント。一人で行くことも出来たけど、美咲さんのことをふと思い出して声を掛けてみたら一緒に行こうと言ってくれた。
「じゃあ、行こうか。混んでるから気を付けてね」
「は、はいっ」
今回先輩である美咲さんと出掛けることになったのは、なんというか、成り行きというか、紆余曲折あったのだけど。
それでも美咲さんにも楽しんでもらいたいし、今日は私が頑張らなくちゃ……!
と、意気込んではいたのだけど。
「倉田さん、こっちの座席空いてるから座りなよ。あたしは大丈夫、体力あるし」
「飲み物買ってから会場行こうか。え? 奢りでいいよ、これくらい」
「あ、倉田さんお昼ご飯何食べたいとか決まってる? 調べてみたら、ここのカフェがイベントとコラボしててさ――、」
不甲斐なさ過ぎる。ベンチに座って小さい子たちと戯れるふわキャラを眺めながら、つい重たい溜息を吐いた。
本当だったらここに誘った後輩である私が、色々リードして案内して、気を遣わなきゃいけないのに。美咲さんの手際が良過ぎて、全ての行程に先を越されている。こんなことなら、つくしちゃんから下調べの方法とか聞いておけば良かった。
「倉田さん、疲れちゃった? ちょっと何処か入って休む?」
「い、いえ……! だ、大丈夫です!」
今だってそうだ。私が黙って考え込んでいるせいで、美咲さんに気を遣わせてしまっている。
違うのにな。こんな風にしたかった訳じゃないのにな。
「その……、なんでも美咲さんにお任せしちゃってるっていうか……。誘ったのは私の方なのに」
「えっ、いや、気にしなくていいよ。あたしはこういうの慣れてるっていうか……。割と誰と出掛ける時もこういうポジションだからさ」
顔の前で手をぶんぶんと振りながら、美咲さんが首を振る。そうは言われても簡単に気持ちが切り替えられる訳なんか無くて、でも何を言おうか迷ってつい俯いた。
すると、立ち上がった美咲さんがパンフレット片手に手招きをする。
「ほら、倉田さん。あっちでふわキャラ達がショーやるみたいだよ。今回のメインイベントみたいだし、見るでしょ?」
「み、見ます……っ!」
ふわキャラに釣られて立ち上がるなんて子供みたいだけど、でもこの空気を変えるには良い機会だった。もしかして、美咲さんもそれを見越して話を振ってくれたのかな。
ショーステージへと進もうとすれば、周りの人たちも同じところへ向かうらしく歩く人が増えてきた。あっという間に人混みになり、流されそうになってしまう。
「わっ、ひ、人が……!」
「倉田さん、大丈夫……!?」
知らない人の波に流されて、美咲さんの姿が見えなくなっていく。
どうしよう、私も美咲さんもそんなに背が高い方じゃないから、ここではぐれてしまったら再会するのに時間が掛かってしまう。
そしたら、目の前に美咲さんの手が見えて。
「み、美咲さん……っ! こっち、」
ほとんど衝動的に動いていた。気付いたら右手が出ていて、咄嗟に美咲さんの手を握っていた。良かった、捕まえられた。
ほっとして前を見れば、人混みの間に隙間が見えた。あそこに向かって歩けば、きっとこの人の波からは抜け出せると思う。そう思ったら自然に足が動いて、美咲さんの手を引っ張っていた。
「えっ、あ、倉田さん……!?」
後ろから、戸惑ったような美咲さんの声が聞こえる。でも不思議なことに足が止まらなくて、早歩きで人混みを進んでいく。
ぎゅ、と離さないように握った美咲さんの手から、温かい体温が伝わる。その体温を感じていると、不思議と力が湧いてくるような気がした。
人混みをなんとか抜けて、道が拓ける。目的地のステージまではあと少しだ。このまま歩いてしまおうと、止まらない足のペースを早めようとしたところで、
「ちょっ……と、待って、」
美咲さんの声と、抵抗するように引っ張ってくる腕の感触。そこでやっと我に返った私は、慌てて握りっぱなしの手を離した。振り向けば、俯いて立つ美咲さんの姿。
どうしよう、調子に乗って引っ張り過ぎたのかもしれない。私なんかが手を繋いでぐいぐい引っ張って、きっと嫌だったに違いない。
「す、すみません! い、嫌でしたよね……!」
勢いよく頭を下げる。ああ、こんなところで深々頭なんて下げたら目立っちゃうかも。変に目立つのは嫌だな。美咲さんにも迷惑を掛けてしまう。
違ったのにな。困らせたい訳じゃなかったのにな。私だってちゃんと美咲さんに楽しんでもらいたかったのに、どうして上手くできないんだろう。
「いや、あの、ちがくて、」
悪い思考が止まらなくて、そしたら歯切れの悪い言葉が聞こえてそっと顔を上げて様子を伺う。
目をきょろきょろ泳がせる美咲さんの顔は真っ赤だった。さっきまで繋いでいた手を握りしめている。
「……美咲、さん?」
「えっ!? あ、いや、」
大丈夫ですか、と聞こうとした言葉より先に、素っ頓狂な声が上がる。こんなに慌ててる美咲さん、初めて見た。
何かを続けようとしていたので、黙って続きを待つ。
「……その、突然だったから、びっくりしたっていうか。嫌じゃなかったよ」
やっとこっちに目を合わせてくれた美咲さんが頬を決まり悪そうにかく。そんな顔をされたら、私まで顔が熱くなって。
「あ、そ、それなら……よ、よかった、です?」
「……行こっか」
首を傾げつつ我ながらよく分からない返事をすれば、美咲さんが歩き出す。ふと視線を下げれば、さっきまで繋いでいた手のひらが見えた。
もう手は繋いでいないはずなのに、今私の手までもが熱いのはどうしてなんだろう。