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    浬-かいり-

    @Kairi_HLSY

    ガルパ⇒ハロハピの愛され末っ子な奥沢が好き。奥沢右固定。主食はかおみさ。
    プロセカ⇒今のところみずえなだけの予定。

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    浬-かいり-

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    koms。後輩に問い詰められてめんどくさく悶々するokswの話。

    #かおみさ
    loftyPeak
    #ガルパ
    galpa
    #BanGDream!

    隠伏の日陰「瀬田先輩と付き合ってるって、本当なんですか」


     ひゅ、と。心臓を掴まれて、息が止まって、行き場を失くした酸素が喉の間から漏れ出たような。そんな音が自分から発せられた。

     まだ慣れないRiNGでの練習を終えて、ひと足先にスタジオから出たら声を掛けられて人気のない所まで連れてこられて。そしてこの台詞だ。
     見たことある子だ。花女の、学年がひとつ下の子だ。ハロハピのライブにも度々来て、差し入れも何度か貰ったことがある。学校で話したこともある。ただそんな彼女の目的は、あたしじゃなくて薫さんであることをよく知っている。


    「え、あ、どうして、」


     そんなことをぐるぐる考えていたら、声が喉に張り付いて上手く喋れなかった。
     その子は、あたしのことを真っ直ぐに睨みつけている。冷たい目だ。友好的な雰囲気は微塵も感じられない。


    「噂で聞いたんです。瀬田先輩が、美咲先輩と付き合ってるって」


     冷や汗が背中を伝う感触に、背筋がぞわりと寒くなる。
     人気者でファンの多い薫さんに恋人がいるなんて知られたら、どんなことを言われてどんな風に思われるか分からない。それが怖くて、まだちゃんと周りに伝える勇気が無くて、一応親しい人以外には内緒っていうことになってる。
     なのにバレてしまった。外でこっそり手を繋いでいるのを見られた? 一人で家を訪ねたところを見られた? それとも、ただの噂に過ぎない?
     矢継ぎ早にぐるぐる回る思考を、更に掻き回すようにその子は続ける。


    「美咲先輩も知ってると思いますけど、瀬田先輩って誰にでも優しいじゃないですか」


     知ってるよ。薫さんは優しい。バンド仲間として、先輩として、――そして、恋人として。薫さんはいつだって優しくて、あたしの我儘もめんどくさい気持ちにもちゃんと向き合ってくれる。それこそ、こっちが不安になってしまうくらいに。
     薫さんは見返りなんてきっと求めていないだろうけど、貰った優しさと同じだけの優しさを、あたしは返せているのかなって。そんなことを、たまに思う。


    「こんなに優しくしてもらえるなんて、私って特別なんだって。そんな風に勘違いしちゃった時もありますけど」


     薫さんは人気者だ。誰にでも優しくて、誠実で、真っ直ぐだ。だからこそ薫さんは、あたしのことはまた別枠として扱ってくれる。特別なんだって、そう安心させてくれる。
     それは、あたしにとっては不安と背中合わせだ。いいのかなって。そんな薫さんの“特別”が、あたしで本当にいいのかなって。


    「……失礼ですけど、あなたも勘違いとかじゃないですか? だって、あなたと瀬田先輩じゃ釣り合ってないっていうか」


     そう、それだ。釣り合ってない。そう思うよ、あたしだって。飾りっけもない。オーラもない。
     こんな風に言われたってただ黙って立ち尽くしているだけの、卑屈でひねくれた一般人だ。何か言い返さなきゃと思うのに、息の仕方を忘れたみたいに声の欠片も出せない小心者だ。


    「で、本当のところどうなんですか。付き合ってるんですか」

    「それ、は……、」


     無理やり出した声は情けないくらいに掠れていた。
     これは、どう答えるのが正解なんだろう。この子はきっと、薫さんのことをすごく慕っている。付き合っている相手があたしだって知ったら、幻滅するに違いない。怒るかもしれない。
     ただ、嘘も言いたくなかった。特別で大事な繋がりを、口先だけとはいえ否定したくはなかった。


    「…………、」


     黙ってしまったあたしに痺れを切らして、その子は一歩あたしに近付く。ただ、伸ばした腕はあたしを掴むことはなかった。間に割って入ってきた、綺麗な紫色の髪が揺れる。


    「やあ、子猫ちゃんじゃないか。一体なんの話をしていたんだい?」


     現れたのは、今まさに渦中の人であった薫さんだった。あたしの視界は薫さんの背中と髪に隠されて、それまで対面していたあの子の表情も薫さんの表情も見ることは叶わない。
     薫さんはいつもと同じ穏やかな口調で、優しい声でそう尋ねる。ただ喋らなくていいとばかりに立ち塞がるその背中だけが異様に見えた。


    「いえ、その……、」


     彼女が言い淀む。あの子は、薫さんは、今どんな表情で向かい合っているんだろう。あたしからは全く見えない。
     覗き込めば見えるのだろうけど、制するように横に広げられた薫さんの右腕がそれを許してはくれなかった。まあ、そんなことされなくても、今のあたしはあの子の顔を見る勇気なんて持ち合わせていないのだけど。

     薫さんはちらりと、一瞬だけ様子を伺うようにこっちを振り返った。すぐに前に向き直ってしまった為、やっぱり表情はよく分からなかった。


    「すまないね、子猫ちゃん。美咲の具合が良くないようだ。失礼するよ」


     行こう、美咲。大丈夫かい?
     そう労る優しい言葉と共に、薫さんはあの子に背を向ける。呆けるあたしの肩を抱いて、そのまま歩き出した。釣られるように、あたしも足を踏み出す。


    「……っ、そ、そんなに大事なんですか、美咲先輩のこと」


     背中に投げられた言葉に、足が止まる。薫さんの顔を覗き込むように隣を見上げてみたら、優しく微笑む彼女と目が合った。


    「ああ、勿論さ」


     問い掛けたあの子の方は振り返らず、あたしから視線を外すことなく、あたしの目を見て薫さんは言った。そのまま、また歩き出す。あの子の声は、もう聞こえては来なかった。





    「すまないね。割って入るべきではなかったと思ったのだが……。その、つい」


     RiNGの外へ出ると、夏の日差しが肌を照りつかせた。建物の日陰に誘導されて一息吐いたところで、薫さんがそう口を開く。
     頭を撫でられる感触と優しい口調がいつも通りで、つい涙腺が緩んで視界が滲む。これはなんの涙なんだろう、自分でもわかんないや。


    「……本当に、あたしは、薫さんの特別でいいのかな」


     だから、どうしてそんな言葉をぽつりと呟いてしまったのかも、自分では分からなかった。ただ自分が今すごくめんどくさいことを言っていて、薫さんを困らせるであろうことは分かった。
     俯いてしまったので、薫さんの表情は伺えない。少しの間が長く感じる。外は暑いはずなのに、どうしてか指先が冷たい。

     あたしの頭を撫でていた大きな手が髪を梳いて、頬を撫でる。その手に促されるように顔を恐る恐る上げてみれば、一瞬だけ薫さんの微笑む顔が見えて、そのまま背中に手を回されてぎゅっと抱き締められる。


    「私が愛しているのは、美咲ただ一人だよ。君は魅力的な女性だ。自信を持って」


     そんな薫さんの言葉もすり抜けてしまうくらいに、今のあたしの頭の中は今呟いてしまった言葉の後悔でいっぱいだった。あたしの卑屈な言葉にだって、薫さんは優しい言葉を返してくれるなんてことは知っているのに。
     こんなめんどくさいことを考えてしまうあたしなんて、やっぱり薫さんの隣に立つ資格なんてないのかもしれない。


    (これじゃまるで、薫さんの優しい言葉を強請ったみたいじゃん)


     優しさを与えてもらってばかりで、それでもまだ貰おうとするなんて卑怯すぎやしないか。それなのに薫さんの服の裾を握る自分の指先に熱が戻ってきたことが、たまらなく卑しく思えてしまって。

     滲んで頬を伝った雫を、薫さんの指が撫でて拭う。あたたかくて、やさしい。でもその温かさと優しさが、あたしの汚い感情を全て露わにしてしまってる気がして、逆に苦しくて。
     こんなことを思ってるなんて言っても、薫さんは隣に居てくれてるだろうか。いや、そもそもなんであたしは、まだこの人の隣に居る気でいるのだろう。


    「大丈夫。美咲は人の為に頑張れる、優しい子だ。好きだよ、美咲」


     囁かれる愛の言葉が嬉しいのに、嘘ではないと分かるのに、自分を自分で卑下する思いが止まらない。それでも愛されてるんだって、薫さんの一番はあたしなんだって自覚できてしまう。
     薫さんが抱き締めて愛を伝えるのはあたしだけなんだって、その事実に安心してしまう。だからもう少しだけ、この正直な想いは隠しててもいいかな。まだ、この人を愛することを赦されててもいいかな。

     こんな汚いことを考えてしまうあたしに、優しくて綺麗な心を持ってる薫さんは確かに不釣り合いなんだ。
     あの子に言われなくたって、そんなこと、あたしが一番よく分かってるよ。
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