運命の赤縄足首に赤い紐やら縄やらを巻き付けているくのいちを学園内でちらほらと見かけるようになった。
彼女らがつけているものを見るに、着飾るためでは無さそうだった。であれば、恐らくあれは何かしらのまじないをしているのだろう。
さて今度は一体何のまじないなんでしょうね、と何となしに話題を振れば、緑色の忍装束に身を包んだ我らが図書委員会委員長、中在家長次は作業をしている手を止めて「大方これを読んだのだろう」と一冊の本を手渡してきた。
「これは?」
「逸話が書かれたものだ。」
「逸話…まじないの本ではないのですね。」
ぱらぱらと捲ってみると、どうやら短い話がいくつか書かれた物のようだった。
僕らのやり取りを聞いていた水色─きり丸が、「一体どんな話が書かれてるんすか」と疑問を飛ばす。
その疑問を受けて、先輩はひとつ咳払いをすると静かに語り始めた。
彼の語った内容をまとめると、その本に書かれているのは運命の赤縄というものの話らしい。
なんでも、結ばれる運命にあるふたりの足首には、目には見えない赤い縄が巻いてあるというのだ。
そしてその赤い縄が巻かれているふたりは、どんな境遇であろうとも必ず出会い結ばれるのだと。
「だからかぁ、あの三人が足首に縄巻いてたのは。」
きり丸は納得した!と声を上げる。
「でもあの三人、このおまじないで願いが叶うのよ!って言ってたけどなぁ?」
「うーん。もしかしたら本の話とは違う形で広がった噂を聞いてしまったのかもね。」
首を捻る彼にそう返せば、「有り得るなぁ。あの三人なら…。」と苦い笑いを零した。
「あ、でもこれってもしかして…銭儲けのチャンス!」
ぱっと顔を、いや両目をキラキラと輝かせながらきり丸が飛び上がる。あれをこうして、これをこうやってと湯水のように儲けのアイデアを湧かせる彼の姿は天晴としか言いようがない。
「先輩先輩!本の修復用に買った赤い糸、まだ残ってますよね!あれ頂いてもいいっすか!」
「赤い…あぁ、僕が間違えて買っちゃったやつか。」
本の修復用にと買った糸の中に、なぜかひとつ赤いものが混じっていたことがあった。ひと月は前の話だったと記憶しているが。彼はそういうことに関しての記憶力は抜群に良いらしい。
彼の先生が聞いたら胃を抑えて蹲ってしまいそうだなと笑いを零しながら「どうしましょうか」と先輩に声をかければ、先輩はすっと立ち上がるときり丸に向かって手招いた。着いて来いということだろう。
きり丸はぱっと顔を輝かせて立ち上がると、嬉しくてたまらないといった様子で着いて行く。
「少し席を外す。修復作業の続きを頼む。」
「はい。わかりました。」
「失礼しまーっす!」
「ふふ、行ってらっしゃい。」
短いやり取りののちに、すっと閉じられる扉。
はやくはやく!と急かす声がだんだんと遠ざかっていくのを聞きながら、さて、と手に持っていた書物に目をやる。
そっと裏表紙を捲ると、そこには一体だれが仕込んだのか、一本の赤い糸が挟まっていた。
(これを読んだ子が挟んだのだろうか)
そんなことを考えながら、そっと糸を取り出す。
手に乗せた赤い糸を見つめる。
(中在家、先輩)
純粋に先輩を慕う気持ちに別の感情が入り始めたのはいつだったか。
最初は「同じ委員会に所属できているのだから」と自分を納得させて気持ちを抑えていた。しかし、人間とは欲深い生き物で。「この想いを打ち明けたい」「生涯貴方の隣に居たい」と日に日に気持ちは膨らんでいくばかりだった。
でもこの想いは伝えてはならない。僕らは忍びなのだから。
(それでも)
手の中の糸をぎゅっと握る。これは本当かどうかも分からない逸話で、ただのまじないだ。
(それでも、)
この想いは誰にも言わず胸にしまうと誓うから。どうか。夢を見て、まじないにみっともなく縋る自分を許してほしい。
祈るように自分の足首に細い糸を巻く。
赤いそれを指でなぞりながら、せんぱい、と小さく呟いた。
「雷蔵。」
「っ、はい!」
不意に名前を呼ばれて飛び上がる。
慌てて声の方に顔を向けると、少し開けられた扉の先に先輩の姿が見えた。
咄嗟に足首を手で隠す。先輩は特に気にした様子もなく「少しいいか」と問いかけてきた。
「どうかされましたか。」
「きり丸が今から赤い糸を使って何かを作るらしい。今日の作業は…。」
先輩は、ちらりと僕の前に広げられた書物を見る。それからすぐにこちらへ目線を戻すと、「ここまでにしよう。続きはまた明日、やればいい。」と続ける。
「わかりました。」
「私はきり丸の作業を手伝うつもりだが。雷蔵、お前はどうする。」
僕を見据えるその双眸に笑いかける。
「僕も手伝います。これを片付けたら向かいますね。」
「頼んだ。」
その声に一拍あけて聞こえる扉の音にふう、と息を吐く。
目の前に広がった作業途中の書物をのろのろと片付ける。
纏めた書物を奥の棚に仕舞うために立ち上がる。
─立ち上がった拍子に足首からはらりと離れたその赤色を見て、なんだか酷く泣きたくなった。