治と角名は登校して早々、クラスメートから学ランを渡された。
稲荷崎高校文化祭初日。
まだ学校に馴染みの薄い一年は今日明日と教室を使用して展示や店を行うが、2年3年は明日、体育館でクラス対抗の演劇を行い、順位を競う。
稲高文化祭名物の演劇バトルだが、活発なクラブ活動を優先せざるを得ない生徒は、出演を免除される代わりに文化祭初日にコスプレをしてその出し物をPRする係に回されるというのがこの学校の伝統で、校内をうろつき回る、普段はなかなかお近づきになれない校内有名人に気軽に声をかけられるチャンスと、それを楽しみにしている生徒も多い。
もちろん男子バレー部もインターハイの直前ということもあり、レギュラー陣は皆、己のクラスのPR係に回させてもらっているのだ。
「は?」
「なんやねんこれ」
「いや、見ての通りやん。着てみぃや。めっちゃかっこええで」
「そうそう、あんたらの背ぇに合うん探すのどんだけ苦労した思うん」
背が高いのも度をすぎると怖がられる一因になるが、同じ女子バレー部レギュラーがいるこのクラスでは睨みが効かない。気がつけば女子達に囲まれている。
「なんで学ランやねん」
「あんたらの衣装作る時間なかったんやて」
「市販のんは入らんやろ」
「ほら、さっさと着替えて校内回って宣伝してきて」
「写真いっぱい取られてきてや。それもバトルポイントなるんやからサボったらあかんで」
はーっと隣で大きなため息をついた角名が、女装よりマシか、と呟きスマホを取り出した。
「そうそう、良かったやん治。隣のミャーツムは美人なってるらしいで」
「負けてられへんで。ミャーツムの画像バンバン上がってるんやから」
がたん、と力なく机に伏せた治をちらりと見て、緑色のウィッグをつけ、綺麗に化粧を施し『2-2☆テニスの王女さま』と書かれたボードを持って見知らぬ男子高生と共にポーズを取る、ウィンクをした兄弟の画像を差し出した。
「侑、ノリノリじゃん」
「何やっとんねんあいつ。それ俺や思われたらどぅすんねん」
「あー、ボードなけりゃ見分けつかないもんね」
「ほら、それやったらさっさと回って俺はこっちや、て写真上げてもらい」
と言われても、去年散々囲まれうんざりしたことを覚えているだけになかなか腰が上がらない。
「あんたらファン多いんやからポイント稼いでもらわなあかんねん!」
「ほら、グズグズ言わんと行ってきい!」
ブチ切れかけた女子らにため息をついて、手にした学ランのボタンを外した。
「2年1組『稲荷崎坂にて』14時から」と出し物を書いたボード代わりのスケッチブックを片手にまずは2年の校舎を回る。
しかし歩けばすぐ引き留められスマホを向けられる。それが今日の役目とはいえ、いい加減うんざりしていているときだった。
歩きながらスマホをいじっていた角名の、あれ?と呟く声に足を止める。
「これ…」
「なん?」
「いや、この美人…北さんじゃない?」
は?と大声を出すのに顔をしかめて、ほら、とスマホを差し出す。
「3年7組13時から 稲荷崎のラプンツェル」と書かれたボードで顔半分を隠した美女が写されている。
淡いピンクとラベンダーで色付けされた大きな目はつけまつげとアイラインのせいかぱっちりと印象的で、首元からみつ編みをされたブラウンのウィッグをたらし、なぜか華やかな着物を着ている。
『めっちゃ綺麗!』『美人な先輩』『こんな綺麗な人いた』『付き合いたい!』『理想の人』『イチ押し美人』
その美しさを褒め称えるコメントがづらづらと続き、しかし誰であるかがわからないらしい。
「ほら、7組って北さんと大耳さんのクラスだよね」
無言で見入る治の手元を覗き込んでそう言うと顔を上げ、思わず身体を引いた。