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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ、続キス

     朝のリビングには大抵、ガストよりも先にマリオンがいる。
     今日もガストがリビングへ入ると、ソファに腰掛けていたマリオンが顔を上げた。顔を上げて、何故かキッとガストのことを睨んだ。
    「へ? あぁいや、おはよう、マリオン。今日も早いな」
    「オマエが遅すぎるだけだ」
     声音からすると、マリオンは特別機嫌が悪いわけではないみたいだった。それでもガストにはどうもマリオンの様子がいつもと違って見えた。気のせいか? 相談しようにもレンはまだ寝ていて、ドクターはここ数日ラボにいてばかりだ。あの二人に訊ねたところで、まともに取り合ってもらえないだろうか。
     マリオンはタブレットで何やら資料を見ながら、紅茶のカップを傾けている。
    「マリオン、今から朝食を作るけど、マリオンも食べるか? 作るって言っても、トーストとオムレツと、あとサラダとかそんなだが」
    「いい。ボクはもう済ませてる」
    「そっか」
     マリオンはタブレットから目を離さずに答えた。
     マリオンがこっちを向いてくれれば、また睨みつけられるかどうかでマリオンの具合を量れるかと思ったのだ。が、マリオンはガストの方を向いてはくれなかった。まぁ仕方がない、メンターは忙しい。
     マリオンは、自室にドクターが居ないのにわざわざリビングへ出てきている。ということは、マリオンが"ガストと顔を合わせたくない"とは思っていないということだ。いよいよ睨まれた理由がわからないが。
     用もなくマリオンが、仕事をリビングに持ち込むのも珍しかった。俺が起きてくるのを待っていただろうか、とは都合の良すぎる妄想だ。大方、リビングで窓の外の景色を眺めながら作業がしたかったんだろう。今日はよく晴れている。
     また睨まれたとしても、こっちを向いてはほしかったな、と思いつつガストは作った朝食とコーヒーをダイニングのテーブルに置いた。せっかくの穏やかなオフの時間だ、マリオンと顔を合わせていたかった。テーブルから椅子を引く。
    「は? おいガスト、そこで食べるのか?」
    「マリオンは何かそれ、仕事の資料だろ。邪魔しちゃ悪いと思ってさ。あ! そっちで食っていいのか?」
    「うるさい。好きにしろ。……別にボクはオマエがどこで食事するかなんて、興味ないからな」
     ガストはうきうきと、朝食をリビングテーブルへ運んだ。
     運ぶ間にマリオンはガストの方を向いたようだ。ガストが顔を向け返すと、しかしマリオンの目はタブレットへ戻った。やっぱり違和感がある。
     いつもなら、バタバタ動いて埃をたてるな、とか何をニヤニヤしてる、とか小言を言われるところだ。何か考えてんのかな、と首を傾げながら、ガストは焼きたてのトーストを頬張った。じっと見つめるのは「血の掟」に反するので、隣のマリオンへ顔を向けるのはよしておく。
     代わりに目を落としたトーストの、自分の齧り跡に、マリオンの口の小ささをふと思い出した。大口開けて食事を頬張るのがマナー違反なのはわかるが、自分はついかぶりついてしまう。マリオンは一口が小さくて上品だったし、口自体小さくて、柔くて――
    「おい」
    「うぉわ! えっ、なんだ!? やっぱりマリオンも、トースト食べるか? あっ、ヤベ」
    「……あぁ」
     ガストは驚いて、さっきと同じことを質問してしまった。
     先日初めてマリオンとキスしたことに、ガストは心の底から浮かれたのだ。努めて浮ついた態度を取らないようにしていたが、思い出すとこうして惚ける。惚けて「血の掟」に反してしまった。
     朝っぱらから鞭でしばかれたくはない。どうにか言い訳を、とガストはできる限りの速さで思考したが、マリオンは何て答えたのだったか。掟違反を責めるでもなく、「あぁ」と言った。「あぁ」だ。
     マリオンは腹が減っていたのか? それでちょっと返事が素直になったのか? ガストは恐る恐るマリオンへ視線をやるが、マリオンの表情はクールなままだった。伏し目がちなのだけ普段と違って、長い睫毛が影を作っている。
    「あの、じゃあ、お前の分も焼いてくるな! オムレツも食べるか?」
    「どっちもいらない。オマエの、それでいい」
     ガストの頭へ返事の意味が回る前に、答えたマリオンが身を乗り出している。
     今たしかに、俺の食いかけでいいとマリオンは言った。聞き間違いかと思うには、マリオンの仕種がそのようでない。マリオンは指の細い手をガストの膝について、ガストの手元のトーストへ口を寄せる。ほんの一瞬、ちらとガストを見上げたが、気のせいだったかのようにマリオンはトーストの端を齧った。
    「えっ、あ、うわ」
    「味が薄くないか」
    「バターは、少なめが好きなんだ」
     小さな一口を呑み込んで、ふん、とマリオンは息をついた。視線はもうタブレットへ戻っている。
     ガストは何が起きたのかわけがわからなかったが、やっぱりマリオンがいつもと違うというのだけははっきりした。腹が減ったからと普段しない奇行に走るような人間じゃないし、ガストが怒らせたのだとしてもまず鞭が出ないのはおかしい。考えれば考えるほどマリオンが普段と違っていて、ガストは腹に不安が湧き上がった。
     マリオンは体調でも悪いんだろうか。風邪をひくと寂しい気分で、人に甘えたい気持ちになることがある。小さいころの妹がそうだった。今のは、マリオンなりの甘えか、遠回しもしくは無意識のSOSかもしれない。
     思いついたら朝食どころではなく、ガストはトーストを皿に戻した。
    「マリオン、熱があるのか?」
    「は? ないけど。ちょっと、何」
    「自分じゃわからないよな」
     ガストはマリオンの前髪を指で避けて、額へそうっと自分の額を当てた。熱さを確かめるが、触れた感じではこちらとあまり変わらない。熱はないようで安心したが、どこか他のところが悪いだろうか。ジャックに言って、ラボへ連れて行くのがいいか。
     不安にドキドキしながら額を合わせていたら、ガストはマリオンが目をぎゅうぎゅうに閉じていることに気がついた。額は熱くないのに、なんとなく頬の辺りが赤く見える。
    「マリオン? どうした、どっか痛いか? 心配なんだ。言ってくれ。何かいつもと違って変だとか、そういうのでも」
    「変なのはオマエだ、突然なんなんだ!」
    「えぇー、怒るなよ!? 言ったろ、マリオンのことが心配なんだ」
     ガストは、今にも武器を取り出しそうな細い手を大慌てで握って抑えた。もし調子が悪いのに能力を使って、余計に悪化してしまってはまずい。
    「うるさい! ボクは、どこも悪くなんてない」
    「あぁ、熱はなかったな。でもなんか、さっきから様子が変……いや、普段と少しだけ違っただろ? まさかマリオンが自分のことに気がつかないはずがねぇし、えっと、どうしたんだ?」
    「……なんでもない」
    「マリオン」
     ガストは諦めずにマリオンの顔を覗き込んだ。うるさいとか黙れとかだけ言って、会話を終わらせられたらどうしようもないが、まだマリオンにはガストの話を聞く気がある、ように見える。でなければガストは手を振り払われて、今ごろ鞭で打たれている。
     ガストは、マリオンの口の端についたトーストのくずを指で落としてやった。マリオンは少し表情を緩めて、深く深くため息をつく。
    「いいか。ボクが何を言っても、オマエは絶対に笑うな。笑ったら鞭で打つ」
    「わかった。笑わない」
    「絶対だ。あと、ボクの体調に問題はない。そんなことは自分でわかるに決まってるし、ノヴァが診てくれているんだから、おかしくなっているはずがない」
    「そうだったな、悪かった」
     さっきこちらを向かずにいたのと対照に、マリオンはガストのことを見据えた。真面目に構えているはずなのに、ガストは胸がドキドキした。仕方ないだろ、好きなヤツ相手なんだから。
     ふっとマリオンが身体を寄せたので、キスでもされるかとガストは心臓が跳ね上がった。馬鹿なことを考えている自覚はあるが、それこそ仕方がない。マリオンの綺麗な顔が目前だ。
    「おい、目を閉じろ。ボクがいいと言うまで開けるな」
    「なんで!? いや、あぁ。閉じるよ」
    「ボクはオマエに用があったんだ。用があって、その……タイミングを見計らっていた」
     どんな用だか知らないが、それを見計らっていて、朝っぱらからガストは睨みつけられたのか。なんだ、マリオンも可愛いところがある。とガストが顔を緩めた途端に、唇にふにゃっとしたものが当たった。
     ガストが驚いて目を開くと、マリオンが目の前で頬を赤らめていた。
    「なっ、ボクはまだ、開けていいと言ってない!」
    「こんなことされたら驚くだろ!? え? キス、されたよな?」
     意識しすぎて、指か何か当てられたのをキスと勘違いしただろうか。まさかそんなことは、まさか。ガストは言葉に詰まるが、動揺の色の濃いマリオンの様子を見てあれがキスだったことを確信した。そもそもマリオンが、指を当てて勘違いさせようなんて悪ふざけをするはずがない。
     用というのはこれなのか。マリオンはガストへキスをしたくなって、タイミングを見計らって、様子がちょっとおかしかった? ガストのトーストを欲しがったのは、乗り出してキスするつもりだった? キスをしたいにしては妙な迫り方だが、それはそれでそのままキスされたかった。
    「な、なぁ、マリオン」
    「オマエのことを考えてたときに、ちょうど部屋へ現れるのが悪い。黙れ」
     まだガストは何も言っていなかったが、何を言っても鞭で打たれそうだ。マリオンに、俺のことを考えている時間があるのか。
     こちらから何度かマリオンへキスしたことはあるものの、マリオンがこんなことをしてくれるとガストは思っていなかった。キスしたいのは自分だけなのだろう、それを受け入れる程度にはマリオンも自分のことを好いている、と考えていたところに、こんなことをされた。舞い上がってしまうに決まっている。ガストは思わず、真っ赤なマリオンの頬を片手に取っていた。
    「おい、なんだ」
     嬉しくて、自然と手のひらがマリオンの頬を撫でていた。親指で目元を目尻まで撫でやる。ガストとそんなに歳は変わらないのに、マリオンは肌が妙に柔かった。振りほどかれたら、すぐにやめるのだ。ガストは自身に言い聞かせてマリオンへキスした。
     やっぱりふにゃふにゃのふわふわで、マリオンの唇は柔らかかった。マリオンの頬を撫で下ろした手が、華奢だが筋張ったうなじへ触れた。どんなに唇が柔らかくても、マリオンが男なのははっきりわかる。男の自分の唇はそんなに柔くないから、マリオンが特別なんだろう。
     柔らかくて、胸が疼くように愛しくて、ガストはマリオンの唇を食んだ。マリオンは一つ身が震えたが、ガストを押し退ける様子はない。
     あまりに柔らかくて、甘いような気さえした。マリオンの上唇を食んで、そっと唇を擦り合わせる。甘そうだと一度思ってしまえばもうだめで、食むまま、ガストはマリオンの唇の内側を舐った。服の胸元がつっ張ったのは、マリオンがガストの服を握ったからだ。おかしなことに、そんな仕種すら高揚の糧になる。
     マリオンが嫌がっていたら、ガストは叱りつけられているはずなのだ。体格差があろうと、マリオンは鞭を操って軽々とガストを床へ叩きつけることができる。もう少しだけ、と思いながらガストは再びマリオンの唇をとろりと舐った。
     こぼれそうになった唾液に喉を鳴らして、温かく柔らかい唇にほんの少し歯先を立てる。
     マリオンの身体が跳ね上がった。
    「っ、悪りィ!」
    「ふっ、ぅ、オマエ、オマエ……!」
     拳を握りしめるマリオンに、ガストは慌てて繰り返し謝った。抵抗がないのをいいことに、調子に乗ってしまった。濡らしてしまったマリオンの唇をガストは指で拭ってやる。柔らかさに下心が湧くが、全力で振り払う。
     許可なく、長く好きにキスした。鞭打ちも大人しく受ける所存だ。マリオンは真っ赤な顔でいるが、まだ鞭を手にする様子はない。ガストはマリオンの顔を覗き込んだ。
    「マリオン? 怒ってる、よな。すみませんでした! ほんとすまん、マリオンの唇が柔らかくて、気づいたら、その、舐めたり、噛んだりしてて、えっと……すまん!」
    「……」
    「……?」
    「…………オマエ、ボクとこういうことがしたいのか」
     ガストは返事に困ったが、マリオンに嘘をついてもしょうがないので「ハイ」と答えた。すごく気持ちがよかった。できることならもっとしていたい、とは思うが今は言うべきでなさそうなのでガストは口を閉じた。
     ガストが唇を舐ったときに、マリオンが細く鋭く息を吸った。戸惑って小さく声をあげていたのも覚えている。どれもガストははっきりと思い出せた。最中はマリオンの反応に興奮するばかりだったのだ。夢中になってしまっていたから、マリオンからしたら不快だったかもしれない。
    「おい、オマエは……情けない顔をするな! 別に、ボクは、オマエに酷いことをされたなんて思ってない。そんなに謝って、ボクのことを馬鹿にしてるのか」
    「そんなつもりはねぇよ。ただ、えーと、やっぱいきなりすぎたよなって、思って」
    「そうだ、あまりにも突然だった! あんな、ぞくぞくするのをいきなり……っ、一度しか言わない。よく聞け。一度しか、言わないからな!」
    「わ、わかったよ」
    「ボクは今回、まだ慣れてなかっただけだ。次は覚悟しておけ」
     マリオンは胸元で腕を組みながら大きく息を吸って言った。
     キスをするタイミングだって、慣れていないから計るのに多少時間がかかった。舐るようなキスも、自分はできないわけじゃない、オマエが唐突に仕掛けたから、少し驚いてしまっただけだ。マリオンはこのようなことを口にして、ガストをキツく睨み上げた。
     ガストはしばらくかけて、マリオンの言葉の意味をどうにか理解しようとした。たぶん、マリオンにはできないことなどないのだから、キスも例外でないのだという話だ。ガストは一応、なんとか理解が追いついた。
     マリオンの言った「次」という言葉へ意識を引っ張られていたのに、我ながらよく頭が回った。
    「ちゃんと聞いていたのか!?」
    「あ、あぁ、わかった。俺は『次』に期待してていいってこと、だよな?」
    「っ」
     ぐっと顔をしかめたマリオンは、無言で立ち上がるとガストへ背を向けて早足で自室へ戻った。
     マリオンの無言は肯定だ。否定は叱責と鞭が飛んでくる。マリオンが嫌であれば、その時点で二度とするなと叱りつけられる。
     ガストに都合の良い受け取り方をするなら、マリオンは「次」があってもいい程度にはさっきのキスが嫌ではない、どころか割と乗り気のようだった。先は聞き流してしまったが、最中マリオンはぞくぞくしていたらしい。「次」を自ら言うのだから悪い意味であるはずがない。
     心底嬉しい気分なのに、今日一日マリオンの顔を見られないままは惜しかった。
    「なぁ、マリオン! 部屋から出てきてくれないか?」
    「うるさい。ボクはもうオマエに用なんかない」
    「俺は用があるんだ。顔を見せてくれ」
    「ボクはオマエの用なんて知らない」
     ドアの向こうでマリオンは頑なだ。
     さっきの会話に照れているのか、会話の中身が不本意だったのか。ガストとしては前者であってほしいものだが、難しいところだろう。去り際に小さな耳が赤らんでいたのが見えたものの、マリオンは照れていても怒っていてもそうなる。
     マリオン、昼ご飯をパンケーキにしよう。俺が作ってもいいし、外に食べに行ってもいい。サウスにいいカフェがあるって聞いたんだが、知ってるか? そこがパンケーキもいけるらしいぜ。ガストはマリオンの興味を引けそうな話をドアに語り掛けた。自分の夢の話なんかしても駄目なのはわかっている。好物の話で、どうだろうか。
     無言数秒、なんとドアが開いた。
    「ソファにタブレットを置いてきたのを思い出した。オマエに用はないが、タブレットには用がある」
    「そうか。出てきたついでだ、今言ったカフェへ昼に一緒に行かないか? もちろん、仕事が忙しいならそっち優先でいいんだが」
     部屋へ一度こもって落ち着いたのか、マリオンはいつものすまし顔に戻っていた。マリオンはガストからつんと顔を背けて、どうしてもと言うなら付き合うと答えた。そして背けた顔は振り向いて、ガストを見上げる。睨まれている、ような気がする。
     睨まれているとして、今度は何だ。また"タイミングを計って"いるだろうか。それこそ自分に都合が良すぎる、と思うと都合の良いことも起こるもので、次の瞬間マリオンは上品にガストの顎へ指をかけた。触れるキスをされる。
    「オマエ、恥ずかしくないのか? 顔に全部出てるぞ。……いいか、覚悟しておけと言ったのを忘れるな。『次』は翻弄できると思うなよ」
     ガストはあまりにも胸がドキドキいってしまって、考えなしに口から言葉が出ていた。さっきは翻弄されていたのか、と訊ねた途端、マリオンの鞭が空を切った。

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