ガストがノース部屋へ戻ると、リビングのソファ前が花でいっぱいだった。
花束だったり、アレンジメントだったり、いろいろな形で花が所狭しと並んでいた。ウィルの実家みたいにいい匂いが広がっている。
マリオンの誕生日が近いからだろうか。まるで花に埋もれていたみたいなマリオンが、ふっとガストを振り返った。
「マリオンこれ、ファンからの誕生日のプレゼントだよな。こういうのって、広報部かどっか余所に届くんじゃないのか?」
「郵送で送られてきたヤツならそうだ。これはボクがパトロールの最中に受け取った」
振り向いたマリオンは何でもないことみたいに答えた。そういえば、さっきのパトロールはマリオンだけ先に帰ったのだった。マリオンはこれだけの量の花をひとり抱えて部屋へ戻ってきたらしい。
先月ガストも誕生日で、パトロール中にいくつかプレゼントを渡された。それとは、何というか、マリオンが受け取った花はボリュームが比べものにならなかった。単純にガストとマリオンの人気の差もあろうが、マリオンのサブスタンス名や、本人が"綺麗なものが好き"と公言していることで贈り物に花が選ばれやすいんだろう。リビングに並ぶ花の中には、真っ赤なバラが目立って多い。
「いやぁ、すげぇな。さすがマリオンだ」
「さすがにこの量を部屋へ置いておくワケにはいかないから、これから少し研究部に持っていこうと思ってる。ノヴァのところだ。ガスト、手伝え」
その程度のことなら喜んで手伝う。少し待ってくれと答えて、ガストは一度自室へ引っ込んだ。自室へ引っ込んで、ガストはひとり思い切り溜め息をついた。
もちろんマリオンの手伝いを厭っての溜め息じゃなかった。どうしてかといえば、ガストもマリオンの誕生日に花束を渡そうと思っていたのだ。マリオンがすでに、これだけ豪華な花をもらってしまっているのではガストから花を渡すのは躊躇われる。
花束は今夜マリオンに贈ろうと思って、自室の机の影に隠していた。去年はガストから何か渡すような距離感ではなかったが、マリオンとの距離が縮まった今年はプレゼントを贈ろうと用意したのだ。
たしか去年の誕生日の辺りは、まだ研修チームはパトロールに出ていなかった。だからこんなにマリオンが花をもらうなんてガストは知らなかった。
プレゼントは他に何か用意するとして、買っておいた花束は研究部へ運ぶ花の山に紛れ込ませてしまおうとガストは思った。
ガストが自室から顔を出すと、マリオンは研究部へ持って行く花を分け終えたところのようだった。ちょうどよく部屋の出口にまとまっていたので、ガストは自分の花束をさっと花の山に紛れ込ませた。
部屋を出たガストに、マリオンが山の花の半分を持つように言う。従ってガストは花を抱えた。ガストの花束はマリオンの腕に抱えられている。
エレベーターで下の階へ下りて、廊下を行って、研究部の階ではすれ違うスタッフみんなが驚いた顔をした。そうして運んでいるのがマリオンだとわかると、誕生日か、と納得した顔になる。
「わぁ、お花いっぱいだねぇ! どこに飾ろうかな」
「ノヴァに任せる。ここに置いていって平気?」
「平気だよ~、ガストくんもありがとね」
ノヴァ博士は嬉しそうに礼を言った。
当然ながら話が先に通っていたらしく、マリオンがノヴァ博士といくらか言葉を交わして花の引き渡しが済んだ。無機質だったラボが一気に花でいっぱいだ。
「あれ? この花束のバラ、ピンク色だ。マリオンって赤いバラをもらうことが多いから、新鮮な感じだね」
「……そうだな。ノヴァ、それは間違って持ってきたみたいだ」
「っ」
「そうなのかい? 返すよ」
マリオンはピンクのバラの花束をノヴァ博士から受け取った。
困惑するガストを余所に、マリオンは先にラボを出てしまった。慌ててガストもあとに続く。マリオンが抱えているのはガストが紛れ込ませた花束だ。
「マリオン! いやその、あぁーっと」
「これ、オマエのか。ボクの記憶力を甘く見るなよ」
どれをどんなヤツからもらったか、マリオンは覚えていたんだろう。見覚えのない花束が突然紛れていては、そりゃあバレる。
「変なことして悪かったよ、それは俺のだ。俺もプレゼントに花束を用意したんだけど、ほら、マリオンがこんなに花をもらうなんて知らなくてさ。要らねぇと思ってラボ行きの花に加えたんだ」
「勝手なことするな。で、なんでピンクのバラなんだ」
「それは、えっと、撮影のときの花冠が似合ってたからさ」
エリオスのヒーローは毎年誕生日に広報用の撮影を行う。その今年の衣装が花冠だった。先月のガストはあまり似合っていなかったが、マリオンはピンクのバラの花冠がよく似合っていた。
「マリオンっていえば真っ赤なバラのイメージだけど、ピンクも似合うんだなーって思ったんだ。好きじゃなかったか?」
「いや、別に嫌いじゃない、けど。……オマエがそう言うなら、部屋に飾ってやってもいい」
「ははっ、気ぃ遣ってくれなくていいんだぜ」
「オマエに気なんて遣うワケないだろ」
いつものとおりのつれない返事、かと思いきや、よく考えてみると「ガストが似合うと言ったからこの花を飾る」と言われたのか。
気づいて、驚いたガストがマリオンを見やった途端にエレベーターは居住階へ着いた。マリオンは顔を上げてすたすたとエレベータを降りる。直前、マリオンは花束のバラの香りをかいでいたように見えた、気がする。
山のような他の花に埋もれるはずだった花束は、無事見出され、マリオンに気に入られたことになるのか。むず痒くも、ガストの胸にどうしようもなく嬉しい気持ちが湧く。
まだ祝いの言葉は伝えていないのだった。先に行ってしまったマリオンの背を追ってガストは廊下を駆けた。
了