スタッフから頬へブラシを当てられるガストを遠目に、マリオンは顔をしかめていた。
研修チームのヒーローは、誕生日が近くなると広報部のスタジオで写真撮影を行う。研修チームが手続きや入所式を経て、正式結成となるのは八月半ばだ。今期のチームで誕生日撮影のトップバッターはガストだった。
研修チームは一年のあいだ、皆同じテーマで誕生祝いを撮影される。自分の誕生日は今年どんな衣装を着ることになるのか、気になって去年のマリオンはガストの撮影に付き添った。付き添ったというか、ガストの着るのがスーツだと確認だけしてすぐにスタジオを離れた。
マリオンは今年も撮影についてきて、現場でガストの衣装を眺めた。今年のテーマは花冠と私服、いや部屋着かもしれない、去年のスーツとは打って変わってラフでリラックスした格好だった。
ところがガストが、リラックスからは程遠い顔で現場に臨んでいた。
ガストへ今フェイスブラシを当てているのが、女性スタッフだからだろう。現場はその他のスタッフにも今回女性が多い。去年のマリオンは一応、ガストを見て「放って自分が帰っても問題ないだろう」と判断したから現場を離れたのだ。たしか去年現場にいたのは、ほとんどが男性スタッフだった。
マリオンはこの一年でちょっとした機会があり、ガストが女性を苦手に思っていることを知った。本人も克服に努めているようだが、見る限りまだ苦手意識を乗り越えきってはいない。マリオンはしかめた顔のまま深くため息をついた。
マリオンはメンターとして、ガストのこともちゃんと見てやると決めたのだ。
「おいガスト。いや、いい、こっちを向くな」
ガストがあからさまにほっとした顔をこちらへ向けた。担当しているスタッフに迷惑だろう、とマリオンは思ったがメイク直しはちょうど終わったみたいだった。スタッフが挨拶して離れていく。
「集中しろ。これはオマエの仕事だ」
「いやぁ、わかってはいるんだけど、どうも緊張しちまって」
ラフな服装に合わない顔の強張りが、ガストの笑みを邪魔していた。
ガストはいつも、割合となんでもそつなくこなした。だからこそこれまでマリオンが世話を焼いてやろうだなんて微塵も思えなかったワケだが。女性を相手にする場面だと、ガストはここまでガタガタに崩れる。
「そうだ、見てくれよマリオン。今年はこれを頭に乗せるらしい。ははっ」
「……? 何がおかしいんだ」
「いや、だって俺じゃ似合わないだろ?」
ガストは花でできた冠を「どう扱っていいかわからない」といった具合に、大事そうだが面倒そうに両手で持って言った。
冠は生花が使われていて、白や黄など今の時期に合った爽やかな彩だった。今回の撮影のためだけにスタッフが手配した花冠だろう。似合わないなんて言うのは馬鹿げている。
「オマエは、この撮影のコンセプトに文句つける気か」
「文句っつうか、こんなかわいいものを頭に乗っけた経験なんかねぇしさ。昔、妹が作ってるのを眺めてた覚えならあるけど。……いや、もっと前にもあったか?」
ひとり首を傾げるガストへ、「あった」とマリオンが教えてやる理由はない。
あの日の話をするのは、ノヴァの前じゃなくてもまだマリオンにはむずがゆかった。かくれんぼにおままごとに、ガストと初めて会ったあの日はふたりで庭園じゅうを遊びまわった。幼いガストは摘んだ花を一輪、マリオンへ渡してくれて――今思えばプレゼントのつもりだったのだと思う――受け取ったマリオンは綺麗だと思ったのだ、咲いていた他の花を摘み合わせて小さな冠を編んだ。
マリオンは出来上がったソレをガストへやった。当然ガストが自分の頭に乗せるものと思いきや、しかしガストは花冠をマリオンの頭へ乗せてしまった。それでたしか、ガストは「かわいい」と笑った。
「あれ、マリオン?」
「っ、オマエの記憶の話なんか知らない。与えられた仕事をまっとうしろ」
「手厳しいな」
ガストは苦笑いした。が、ふと思いついたようで不意打ちみたいに花冠をマリオンの頭へ乗せた。
ガストの髪型に合わせているのか、花冠の径は少し大きめだ。花冠はマリオンの頭へ引っ掛かるように少し斜めになって留まった。生花やグリーンのいい香りがする。
「ずれちまったな。直して、っと、マリオンの方が似合うぜ。こういうのは、俺みたいなやつより……おぉわわっ!?」
マリオンは思い切りガストの胸を突き飛ばした。
突かれてガストは撮影セットの手前に尻餅をついた。急な衝撃へ間抜け面でマリオンを見上げている。
昔のことを思い出した気恥ずかしさに、マリオンは思わず手が出てしまった。しかしガストが座り込んでいるならちょうどいい。
マリオンは自分の頭から花冠を取った。腰を屈めて、ガストの頭へその花冠を乗せてやる。あのとき胸に感じたくすぐったさのお返しだ。
マリオンは数歩下がってガストを眺めた。
「オマエのための花冠だ。ほら、『かわいい』」
「へ? えっ、あ……そんな顔で言われたら、困っちまう」
ガストは照れくさそうに首を傾けながら、マリオンへ向かってはにかんだ。
不意にマリオンの心臓がぎゅっとしたのだ。何事かと自身の胸へ問う前に、マリオンはシャッター音で意識が逸れた。ガストへ合図なく始まった撮影は、カメラマンによるとシャッターチャンスだと思った、とのこと。
たしかに、妙な強張り方をしていたさっきまでの表情よりずっとマシだ。
始まった撮影はそのまましばらく続いて、終了合図のあとガストはそそくさとマリオンの元へやってきた。
「えっと、なんかありがとな、マリオン。緊張が解れた」
「ボクは何もしてない。でもこの程度の撮影、軽くこなせるようになれ」
「お、おぉ、頑張るよ。……なぁ、これは誕生日の撮影だけどさ、マリオンはおめでとうって言ってくれねぇの?」
ヘラヘラとガストが笑って言った。まだ誕生日じゃないだろとマリオンは返事する。
「えっ。言うワケない、とか言われると思ってたんだけど。ならマリオン、当日は言ってくれるんだな」
「なっ、そんなこと言ってない!」
えぇー、と残念そうな声のガストはまだヘラヘラしている。マリオンは鞭のグリップへ手が伸びかけたが、ガストの頭の上で揺れた花びらに気を削がれた。
ガストの目がマリオンの視線を追う。視線の先の花冠へ手が伸びて、ガストは触れながらまたマリオンへはにかんで見せた。
了