斯くも此度はいい日和「ちょいとそこの娘さん」
道を聞かせちゃあくれねえか。
暑い夏の盛りだった。くらりと厳しい夏の日差しの下を、デパートから駅までの高架歩道を足速に歩いていると、そんな快活な声を掛けられた。
このクソ暑い時に面倒なことさせないで欲しいんだけど、と、とりあえず声の方を見ると、ただのTシャツに量産物の生成りのシャツ、色褪せた何でもないジーパンが何故かすごくハマっている粋なおじい様、ナイスミドルがそこにいた。
「…どちらに行きたいんですか?」
にこり、とよそ行きの笑顔で愛想よく笑って答えると、ナイスミドルも手慣れているのかその頬に笑みを浮かべて、この駅が最寄り駅の、それでもここから十数分は徒歩でかかる高校の名前を告げて、
「道に迷っちまったみてぇでな。まったく、田舎もんはこれだからいけねえ」
と照れ臭そうにその特徴的な淡い緑色をした白髪交じりの髪を掻いた。はあ、ナイスミドルは照れる姿もナイスミドルだった。新しい発見だった。
簡単な行き方を口頭で伝えると、それをふむふむと聞いて、分かった、助かったと爽やかにそのナイスミドルは立ち去ろうと、
「あ、あの」
「ん?」
「もし、また、道が分からなくなったら、」
いつでも連絡してください、と名刺の裏に電話番号をメモしたものを差し出そうとした、
その時、
「おい…こんなとこでなにしてんだジジイ」
じとりと呆れたような声が後ろから聞こえた。その声の方を見やると、件の高校の制服を着た男子がこちらをジト目で見つめていた。
「おう、坊主」
でっかくなったなァ
ナイスミドルは男の子の方へ手を上げると、「行かんでもよくなっちまったみてえだ」と言い、通り越して彼の方へ近づいていく。
それをつい目線で追いつつ、ゆっくり降ろしかけた指先から名刺がするりと抜き取られた。
「え」
「でっかくって、おれよりジジイの方がでっけえじゃねえか」
「まだまだ孫には負けやせんよ」
「言ってろ」
などと穏やか?な会話をしつつ、ナイスミドルとそのお孫さんは揃って改札を通り、駅へと入っていった。
彼等のその後ろを『お前らどこ行くつもりなんだ!!!!!』などと誰かが追いかけていったのは視界に入らず、さりげない手つきで名刺を抜き取っていったナイスミドルのいたずらっ子のような笑顔を思い出し、頬を染めつつ、いや、いいもんみたな…などと思ったのだった。