ジョーとチェリーと王子とつばめ その街には、みんなの自慢の王子さまがおりました。
体が鉛でできた王子さまは、二つの輝くサファイアの瞳を持ち、肌はピカピカの金に覆われ、大きなルビーのはまった立派な剣を携えていました。街の一番高い塔の上からみんなを見守る彼は「幸福の王子」と呼ばれて愛されていました。
王子さまは高いところからすべてを見ていました。人々の幸福も喜びも、そして苦しみも悲しみも。王子さまはある日、旅の途中で偶然に彼の元に立ち寄ったツバメにお願いをします。どうしてもこの場所から動くことができない自分の代わりに、貧しい人に自分の持つ宝石を届けてくれないかと。冬を越すため南を目指して旅をしていたツバメは、ここで立ち止まっている場合ではないと最初は立ち去ろうとしたのですが、王子さまの悲しい顔を見ると断れず、一晩の宿の代わりに宝石を届けるお使いを引き受けたのです。
***
「というあらすじだ」
『こうふくのおうじ』というタイトルの絵本を小脇に抱えたうさぎのチェリーの説明に、マングースのジョーは、
「ツバメも王子もいいやつだな」
と、感心したように言いました。
「このあとツバメが宝石を届けた娘は幸せになるんだが、街にはまだ不幸な人間がたくさんいる」
「それで?」
「南の国に行こうとするツバメを王子は引き止めるんだ。もう一晩、お使いをたのまれてくれませんかと」
「それが一晩で終わらなかったわけか……」
「そういうことだ。人々に宝石や金を分け与えた王子はどんどんみすぼらしくなり、ツバメは寒さで弱っていった。そして最後は……」
「まて、もういいから! やめろ!」と焦った声でジョーはチェリーの言葉を遮ります。ジョーの両手の上にはぐったりしたツバメがいました。
「つまりそれがこいつ」
「そうだな」
「まだ温かい」
「おまえならなんとかしてやれるだろう」
当然、という顔でチェリーが言うので、ジョーは力強くうなずきました。ジョーはツバメをチェリーのふわふわの手に預けると、どこからか取り出した調理器具を並べ始めます。ジョーは料理がとても得意なのです。弱ったツバメが食べられる、滋養がたっぷりの料理を作るために腕を奮い始めました。
***
「ありがとうございます、おふたりのおかげです」
ジョーの料理と、チェリーの介抱ですっかり元気になったツバメは、ふたりの上をくるくると飛び回りました。ジョーはにこにこしながら「これでツバメも南の国にいけるな」と言いました。ですが、ツバメは首を振りながら言いました。
「待ってください、わたしはこのままここを去れません。瞳の宝石を失った、目が見えない王子さまを置いていかれません。わたしはいつまでもここにいて、彼の瞳や足になりたいのです」
聞けば、最初は面倒ごとを押し付けられたと思っていたツバメも、王子さまを手伝ううちに人々の喜ぶ顔を見ることにやりがいを感じ、王子さまの優しさと彼自身を愛するようになっていたというのです。
「だけどおまえ、このままここにいたら死んじまうぞ」
ジョーが困った顔で言います。
「おまえがここにいたとしてできることはそうないだろう。無駄死にすべきではない」
冷静に諭すチェリーの表情はわかりません。
「なにもできなくとも、このまま死んでしまうとしても、王子さまと一緒にいたいのです」
ツバメは泣き出してしまいました。
「チェリー! おまえ言い方が冷たすぎるだろ! この冷血ドテカボチャ!」
「おまえのセリフだって同じことだろうがボケナス!」
チェリーとジョーはツバメをほったらかしてドタバタとけんかを始めてしまいました。
「恩人に対してこう言うのもなんだけど、どうして男の子たちってこんなに乱暴で騒がしいのだろう!」
ツバメは流した涙をひっこめて、こっそりとため息をつきました。
***
やっとケンカがおさまりツバメを連れて王子さまのいる塔にやってきたチェリーとジョーは、すっかりみすぼらしくなった王子さまをまのあたりにして言葉を失っていました。王子さまの瞳にも剣にも自慢の宝石はひとつもなく、表面の金はすべて剥がれて鉛の体をさらしていましたが、それでも彼はけなげに立っていました。もはやなにも持っていない王子さまは、もうツバメにお使いをたのむこともできないでしょう。そして、絵本の通りであれば、見すぼらしくなってしまった王子さまはこのままだと溶かされて棄てられてしまいます。
「よし、これは俺の出番だな」とチェリーは言いました。
「これをどうにかしてやれるのか?」
「おまえ、俺を誰だと思ってる」チェリーはジョーをじろりとにらんでから、どこからともなく、キラキラのスパンコールが一面についた大きな布を取り出しました。そして、チェリーはツバメとジョーに手伝わせながらてきぱきと王子さまにその布をまとわせていったのです。
「おお、すげーな!」ジョーが感心したように鉛の王子さまを見上げます。王子さまはそれは見事なスパンコールの着物を身に着けていました。金の剥がれ落ちた鉛の体にも、バッチリ映えるすてきな衣装です。瞳にも、いつのまにかつやつやのガラスがふたつはまっていました。
「AIスパンコール着物だ」
と、いままで表情の少なかったチェリーがこのときばかりはふふんと胸をはりました。王子さまはそれほど素晴らしい「作品」になったのです。ジョーは『えーあいすぱんこーるきものってなんだ?』と思いましたがチェリーのご機嫌を損ねないようにあえて聞きませんでした。
「でも、立派にはなったけどよお。これじゃまた自分たちで剥がしちまうんじゃねえの?」
ジョーがチェリーの様子を伺いながらおそるおそる不安を口にしました。そんなジョーをチェリーはふん、と鼻で笑いました。
「スパンコールやガラス玉なんて配ったところで金にはならない」
「まあそうだな」
「だが『観光名所』は金になるだろう? この『作品』を宣伝して人を集めて、もうけた金で街中が豊かになる。王子が心配している不幸な人も減るし、街の人もきっとまた王子に感謝する」
「なるほど……? それで、今度はおれたちが客を呼んできたらいいのか?」
いまいちピンときていない様子のジョーにチェリーはあきれた顔でツバメを指さしました。
「こいつが南の国に行くついでにやるにきまっているだろう」
***
チェリーのはからいでツバメはようやく南の国へむかって旅立つことになりました。ツバメはどうしても王子さまの元を離れ難いようでしたが、王子さまが南の国のお土産話をぜひ聞きたいとせがむので納得したようです。ツバメが途中でこごえないように、ジョーは自分たちとおそろいのスカーフを首に巻いてあげました。チェリーは宣伝用に作ったお手製のちらしを渡します。準備万端でツバメは王子さまに旅立ちのあいさつをしました。
「春になれば必ず戻ってきます。さようなら愛する王子さま。あなたの手にキスをしても良いですか」
「さようなら、小さなツバメさん。でも、キスはくちびるにしておくれ。私もあなたを愛しているんだ」
そして、ツバメは王子さまのくちびるにキスをするとまっすぐ南の方へ飛んでいきました。愛する王子さまのためにきっとまたこの街へ帰ってくると胸に誓って。
「寂しくなるな、王子さま」とツバメを見送りながらジョーがチェリーに言いました。
「馬鹿を言うな、土産話を楽しみにしてると言っていただろう。それにあいつはこれから観光名所としてジャンジャン稼がねばならんのだから寂しがっている暇なんてない」
「守銭奴ウサギめ」
「なんとでも言え、放蕩マングース」
だいたいおまえが俺を置いて行ったときに比べたらあのツバメはいくらか誠実だった。キスと約束を残して行ったんだから……とその時チェリーは思ったのですが、いつもいっしょのうさぎとマングース、離れ離れになったことなんてあったのでしょうか?
それはさておき、「幸福の王子」とその小さな友人を本当に幸せにしたうさぎとマングースは、ケンカしながらも次の街を目指していっしょに出発しました。次はいったいどんなお話の世界に行くのでしょうか。楽しみですね。
(おしまい)
参考文献:「幸福の王子」
原作:オスカー・ワイルド
翻訳:結城浩 Copyright (C) 2000 Hiroshi Yuki
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