翡翠と狐石 その1翡翠と狐石
ふと思い立ち、自叙伝を書いてみることにした。
…………
これは、なかなか難しいな。一行目を書いてから、すでに半刻が経ってしまった。
国王の手記は後世に残るものだ、と気負ったところで、俺自身は二十余年しか生きていないのだから。当然か。
妻のベレトが俺の肩に頭を預けたまま、ずっと手元を覗き込んでいる。埒が明かない。諦めて、手紙の形式をとろうと思う。これは恋文だ。ベレトへの愛と、人生の感謝を述べればいい。
……ここまで書いたところで照れてしまったのか、ベレトは寝台に潜り込み、こちらに背を向けてしまった。
さて、どこから書くべきか。
俺がブレーダッドの末裔として生を受けたのは、救国王と呼ばれたディミトリ王の没後、ちょうど三百年が経過した頃だ。偉大な王に倣い、ディミトリと名付けられた。
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