TimberTimber
「ううっ……あっ!もぅっ、いやぁっ……!」
「せんせいっ、せんせいっ……!」
二人分の体重を支え切れず、簡易なベッドが軋んで悲鳴を上げる。シーツは湿り、身じろぎの度に捲れ上がった。枕は、どこにいったか。先ほどまで先生がしがみついていたのだが。多分、掛布と一緒に床に転がっているのだろう。
先生。俺の先生。
講義の時の、あるいは戦いのときの、冷たく澄んだ表情とは違う。今、俺の体の下に縫い付けられ快楽に耐える先生は、とても愛らしかった。
目元を赤く染め、唇を半ば開き、潤んだ瞳でこちらを見上げている。先生の手が俺の頬のあたりを力なく彷徨った。
大丈夫だ、先生。俺はここにいるよ。キスとも言えないような、噛みつくような口づけをかわす。
「んんっ……!むむっ……ぷはっ……」
先生は唾液をすべて飲み込むことができず、口の端から糸が垂れた。ねっとりと光るさまがたまらなく淫靡だ。
先生と深い仲になり、やっと俺にも分かった。先生は感情が無いわけではない。表現するのが苦手なだけだ。瞳の奥に隠された、先生が望むこと、やりたいことを拾いあげてやる。それが恋人の義務なのだと。
先生。お前の気持ちは誰よりも理解しているよ。恥ずかしいのか、自分から求めるのは。いいよ、先生。俺が先生を愛したいんだ。すべて俺のせいにしてくれればいい。
汗に濡れた、しなやかな体が暴れる。陸に釣り上げられた魚のように。押さえつけるのは一苦労だ。何とか膝頭を捉え、指を関節裏に差し込む。思いっきり引き上げると、そのまま膝を俺の肩に引っ掛けてやった。足を高く掲げられ、秘された窪みがぐっと前に突き出される。酒精に似た清潔な汗の匂いが空気を染めた。先生は体液まで清らかなのか。
「うわっ……!やめっ……!」
怯えて小さく悲鳴を上げた先生に、俺は宥めるように話しかけた。
「あまり暴れないでくれ、先生。乱暴したくはないんだ……」
それを聞いた途端、先生がびくん、と震え、大人しくなった。そうだ、それでいい。
何度か吐精したから、先生の中はすでに熱くぬかるんでいる。肛門は俺の不躾な視線を受け、ひくひくと蠢き、己を満たすものを探し求めていた。
放っておいてすまなかった、先生。今すぐ、一つになろうな。俺たちはたとえ一瞬でも、離れてはいけないのだから。
ぶちゅり、と中指を深く突き立てた。
「あっ……ああっ……」
ぐりぐりと指を動かすと、さっき注ぎ込んだ俺の白い子種があふれ出た。もう、これだけ柔らかいのだから。きっと大丈夫。
「せんせい、いくよっ……」
「……つっ!いったっ!」
俺はえらが張った亀頭を、再び先生の媚肉にのめり込ませた。肉の輪がぎちぎちと広がる。腰を動かそうと引いた途端、先生が俺の頬を平手で叩いた。
ぱちーん。
「えっ……?」
乾燥した、いい音がした。俺は何が起きたのか理解できなかった。呆気にとられ、目を白黒させるばかりだ。
「無理だ、ディミトリ」
先生が起き上がり、俺の裸の胸を強く押しのけた。穿った杭が先生から抜け落ちる。
「……せ、先生?どうした?」
「おれはもう無理だといった。ディミトリ……言ったはずだ。何度も、何度も、だ」
はじめての拒絶。先生の顔はいつになく真剣だった。顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。
「その、先生。すまない……」
「もう自分の部屋に戻りなさい。今ならまだ人目に付きにくい」
一緒に眠ることまで拒否されてしまった。
夜が明けるまで狭いベッドで身を寄せ合うのが、俺たちの常なのに。
「そんな、……先生!」
「今更だが、おれたちの関係も考え直さなければならない時期なのかも、な」
(殿下、なんだか様子がおかしいな……)
シルヴァンは自身の幼馴染であり、未来の君主でもあるディミトリを常に気にかけていた。慣れたものだ。士官学校に一緒に入学したのも、生まれる前からの決定項だ。
王者として備わった、傲慢と謙虚。
ディミトリは紋章のもたらす怪力とは対照的に、繊細で特に気難しい。ああみえて、精神的にかなり不安定だ。
だけど、近頃はだいぶ落ち着いてきた、と思う。それには担任教師の存在が大きく関わっていたのだが……。
(そういえば、先生もなんだか顔色が悪かったような)
どうせ痴話喧嘩なのだろうが。聞いたところで、下らない答えしか返ってこないと目に見えている。確かめる前から既にうんざりしていたシルヴァンは、問題を先延ばしにしようと放課後まで静観していたのだが……
(うーん。あの人、なにやってるんだ……?)
人気のない教室で、教卓を前に頭を抱えて動かなくなっている挙動不審の級長をこのまま放置していいものか。臣下としての良心が問われることとなった。
いや、ここは思い切って、声をかけるしかないだろう。シルヴァンは腹を括った。
「どうしたんです、でん、か……」
努めて明るい声を出したシルヴァンだが、その光景を見てしまっては二の句が継げない。
年季が入った教卓は士官学校で代々使われてきたものだ。飴色に光る見事な一枚板。その天板が、ぱっくりと割れてしまっていたのだ。
(やっちまったか。殿下……しかし、これはまた、ひさびさの大物だぞ……)
このようなことは、なにも初めてではない。
怪力の紋章を持って生まれたディミトリはしばしば物を壊した。本人はそのたびに深く思い悩んでいたが、こればかりはどうしようもない。制御の努力を、生涯続けるほかないのだ。
「……殿下。やってしまったことはしょうがないです。先生に謝りましょう。一緒に行ってあげますから」
ようやくこちらに向き直った殿下は、憔悴しきって真っ青だった。涙ぐんでさえいる。
「なあ、シルヴァン……」
「なんです?」
「先生が、もう俺とはしないって……なあ、俺はどうすればいい……?」
「それ、びっくりするほど教卓と関係ないんですが?」
「……シルヴァン。決して口外しないと誓ってくれ」
他人の話を聞かない殿下は、ひどく思いつめた顔でそう告げた。
「はあ……なんです、触ってもいない教卓が目の前で勝手に真っ二つになったってことですか?」
「誰も教卓の話はしていない!」
「俺は教卓の話しか、端からしていなかったんですが……あ、すみません、どうぞ続けてください」
「実は、俺は少し前から先生と恋仲になっていて……」
シルヴァンは困惑した。とっくに周知の事実だったからだ。知っていたと告げるべきか、驚いたふりをするべきか。
(本当は『あんたらの喘ぎ声、丸聞こえです』って言いてぇなあ。どんな顔するだろう……いや、面倒なことになりそうだ。やっぱり黙っておこう)
「それなのに、先生から、昨日……」
ほらきた。別れ話か。
「一晩に三回までだ、と拒絶されてしまったんだ……」
「はあ。で、それが教卓と一体どう繋がるんですか?」
「先生だって、喜んでくれていると、思っていたのに……俺は、愛されていなかったのか……」
三回、か。つまりそれ以上挑んでいたわけだ。ブレーダッドの紋章の力、なのかわからないが。とりあえず、先生が壊れなくてよかった。
いや、まてよ。先生、そういえば少し具合が悪そうだった。さすがにあの人も、体力の限界を迎えたのか?
先生が殿下を見捨てたら大変だ。だれが面倒みるんだ、こんなややこしい人。
「それで、今日、この教卓を見ていたら……」
(えぇと。もしや、机オ……していたとか言うんじゃないだろうな)
シルヴァンはごくりと生唾を飲み込んだ。
「なぜ、教卓は、誰よりも先生の側にいるんだ、と。先生と一緒に在るべきなのは、俺なのに。先生が教卓に触れるのを見ているだけで、怒りと悔しさがこみあげてきて。それで……」
予想の斜め上だったか。まさか物にまで嫉妬し始めるとは。
「……で、どうするんです、殿下?まさかこのまま、先生と喧嘩別れでいいんですか?」
「いいわけがないだろう!」
すでに殿下は鼻声だ。ここは兄貴分の俺がどうにかするしかない。
「先生は別にあんたを見捨てたわけじゃないんだから。大丈夫です。ちゃんと謝って、素直に言うこと聞けば許してくれますよ。あの人、面倒見がいいんだから」
「そうだろうか……」
「ただし!直すべきところは直す。あんたの怪力では流石の先生だって壊れちまいますよ……この教卓みたいに。相手の気持ちになって、労わってやることを覚えないとね!」
「シルヴァン……」
「よし、殿下は先生を探してきちんと謝る!俺は今からボンド借りてきますよ。教卓、直るかわかりませんが、何とか出来るところまでやってみます。さあ、行った、行った!」
「シルヴァン、ありがとう。だが……」
「なんです?殿下!」
「お前にだけは言われたくなかった……」
「……もう早くどっか行ってください、殿下」
シルヴァンは我慢の限界だった。これ以上殿下と一緒にいれば、お手打ち覚悟でとんでもない暴言を吐いてしまうだろう。それでは実家が潰れる。
なんとかディミトリを追い払ったシルヴァンは再度、教卓と対峙した。面影もなく破壊され、どう見ても木材でしかないのだが、これ。
(まあ、一時間あれば、どうにかなるかねぇ……やれやれ、なんで俺が)
「……こんなもんかなあ!」
なんとか体裁が整った。ボンドで板をくっつけただけ。正直、耐久性に疑問は残る。まあ、これは誠意の問題だからな……謝るのはどうせ殿下だし。
「……なんだ、シルヴァン?お前も忘れ物か?」
「せ、先生!ど、どうしたんですか。急に」
後ろから話しかけられ、びっくりして飛び上がった。全然気が付かなかった。この人、足音がほとんどしない。猫みたいだ。
「資料室の鍵を忘れてしまった。多分教卓に置きっぱなしにしたのかと……」
先生は教卓に手を突き、ひょいっと中を覗き込んだ。
止める暇はなかった。生乾きのボンドは先生の重さに耐え切れず、再度、天板は真っ二つに折れた。
(うそだろ。あっちゃぁ……俺の二時間半が……)
あまりにあっけない。今までの苦労が水の泡だ。
「…………」
先生は何が起きたのか、理解できないといった様子で呆然と立ち尽くしたままだ。
そりゃ、机がいきなり割れたら驚くよな、普通。
シルヴァンは覚悟を決めた。俺が事実を伝える他に手はないだろう。
「あの、先生……すみません。その、殿下を許してやってください。あの人の持つブレーダッドの紋章は見ての通りの怪力で。いろんなものをすぐに壊しちまうんですよ……」
「……紋章?そうか、これがブレーダッドの紋章の力か……!」
先生がやたら感心している。なんだろう、違和感が……
「あの、先生?話の意味、わかっています?これは、その殿下が……」
「毎晩ディミトリに中出しされて。量が多いからあとで腹がごろごろ鳴るし、冷えると痛むからやめてくれときつく叱ったのだが……そうか、これがブレーダッドの紋章か……大変だな、ディミトリは。こんな立派な板でも、あっさり壊れてしまうのか……」
やばい。完全に勘違いしている。この人。
何をどこで聞き齧ったのか。殿下の精液を摂取しすぎて、紋章の力が使えるようになったと思い込んでいる。
どうしよう。俺ではもう収拾がつかない。あと、できれば担任教師の口から中出しなんて単語は聞きたくなかった。
「いや、そのですね、先生。あの、これは違う……」
「ディミトリはすごい。この力を制御しているのだから。おれは先生なのに。もっとちゃんと見て、しっかり褒めてやらなければならなかったのだな……」
先生がしゅんとしている。いい流れだ。このまま突っ切ってしまおう。
「そ、そうですね、先生。ぜひ、そうしてやってください。殿下も落ち込んでいるみたいだったので。ここは俺が片付けておきます!」
「ありがとう、シルヴァン。ディミトリを探してくる」
さて、万事丸くおさまりましたか。
「あとは、この教卓をどうにかするだけ……」
……どうにかなるのか、これ。ボンドが固まり始めて、かぴかぴになっていた。接着面が合わない。
もう、無理だろ、これ。
「損な役回りだな、俺。……まあ、殿下が幸せならいいか……」
シルヴァンは木材を手に、人知れずため息をついた。