『月見酒』起床。
人の声一つ聞こえぬ、静かな夜だった。
己は時々、月見酒をする。
世界隊の隅に置かれている、一つの椅子。
「グイド」が覚醒したときのみ使われる、特別な物。
その存在を確認した後、のそりと棚を物色しにいく。
うむ。必要な物は全てあるな。
湯を沸かし、必要な物を盆に乗せる。
椅子と丸机を、窓際まで運ぶ。
手にはとっておきの葡萄酒を。
薔薇の水で割ったそれは、一等良い香りがした。
一口、口に運ぶとアルコール特有の風味が身体に広がる。
夜空を、見上げる。
大層明るい、満月であった。
「世界ーー!帰れたらあのお茶の作り方教えてくれよーーーーー!代わりにオレっちのとこの美味しい紅茶持ってくからさーーー!」
「わかったー!!たのしみにしてるー!!」
その約束が、果たされることはなかった。
「月光…」
「そんな顔するなって〜!最期に美味しいお茶が飲めてオレっちめっちゃラッキーだし嬉しい!!!!」
あの時の己は、私は、どんな顔をしていただろう。
「世界のとこ美味しいもんいっぱいだなーーー、せっかく近かったし行ってみたかったな!」
それに、返事は出来なかった。
ワイングラスが空になった後。
封筒を取り出す。
レシピと、一つの手紙が入ったそれは、灰となって、空へと舞っていった。
ティーカップに手を付ける。
あの日、あの時のレシピのミントティーを飲む。
「ここに立ってるみんな!」
「全員!!」
「最高に!!!」
「カッコ良かったぞーーーーー!!!!」
それは、確実にグイド・フーシェに届いた。
「…嗚呼、」
「本当に、月が綺麗な夜だ」
月光。雫で火が消えたライター。ミントティー。
手紙の内容は、月のみぞ知る。
『月見酒』おわり