カビ臭いホテルの一室で備え付けの小さな冷蔵庫を開けてあまり好みではない銘柄のビールを二本取り出す。
「飲みますか?」
「あれ?宿泊にしましたっけ?」
下着一枚だけを身につけてベッドの端に腰かけた後輩は缶を受け取りながら聞いた。
薄暗く湿ったような空気の安ホテル。退廃的な雰囲気がとても彼に似合っていて瞬間見とれてしまう。
いつのまにこんな大人の男になったのだろうか。
「今から変更してもらいます。もう今日は疲れたでしょう。寝て帰りましょう。」
冷えた缶をコツンとぶつけ互いに今日を労った。
二人での任務終わりに食事に行くのが恒例となった頃、一度彼が悪酔いしてしまったところからこの関係は始まった。
本当はタクシーでもなんでも使えば帰れたのだが、青白い顔をした彼が心配だった。少しの疚しさもなかったといえば嘘になる。
彼に水を飲ませ、胃の中のものを吐かせて落ち着かせたあと一人ずつシャワーを浴びた。
後からシャワーを浴びた私は先に出てベッドで寝転んでいた彼に声をかける。
「どうですか、体調は」
「あ、もう大丈夫っす」
そう言いながら彼はこちらを振り向き体を起こす。
私もベッドに腰かけるとスプリングが軋む音が響いて、ここがどういう場所かを意識してしまった。
そして顔色が戻った彼を見て安心したら急にどうしたらいいのかわからなくなった。このベッドで二人で寝るのか、今からでも家に帰るのか。
少しの沈黙が続いたあと先に口を開いたのは彼の方だった。
「俺、七海サンになら抱かれてもいいわなんて何回か冗談っぽく言ったかもしんないすけど、やっぱ無理っす」
その言葉に少なからずショックを受ける自分がいた。どうなるつもりだったのか。自分から手を出す勇気もないくせに。情けない。
そう思った次の瞬間、腕を引かれ視界が回転し仰向けになっていた。
「やっぱ抱きたい、抱かせて、七海サン……」
飢えた獣みたいな目をした彼が私の首筋に軽く歯を立てる。
「……残さず食べてくださいよ」
それからというもの今夜を入れてもう両手では足りなくなるほど夜を共にしてきた。キスも体に触れられることも全て君が初めてだったと言えばどんな顔をするだろう。たとえもしそれを喜んでくれたとしても、こんな男のことを背負わせたくはない。
この関係にその先も、名前も必要ない。ただこの今があればそれでいい。
「ねえ七海サン、俺たちって、」
何かを言おうとする彼の口を塞ぐ。唇は冷たく濡れていた。