猫になったフィガロを見て、俺は目を輝かせてしまった。
「わああ!」
毛足が長くて、整った顔立ちをしている。ふわふわした尾を優美に振って、こちらに目配せしながら顔を洗ってみせる。サービスの良さも、きれいな榛と灰の瞳も、これがフィガロであることを物語っているのだが、そうやって意識しないと忘れてしまいそうなくらい、俺は目の前の猫に心を奪われていた。
「触っていいですか? わっ」
聞き終わる前に向こうから手にすり寄ってきてくれて俺は感動する。うっとりするほどやわらかくなめらかな毛並みだった。
「はあ……ふわふわ……すべすべ……すごいねえ」
一度触れてしまうと離すのが惜しくて、俺は両の手で猫を撫で回す。気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らしてくれるのがたまらない。しまいに腹を出してくれたので、かがみ込むように顔を近づけた。このまま頬ずりしてしまいたい。吸ってしまいたい。にゃあん、と甘く鳴かれる。いいよと言ってくれているんだろうな、と思いながらも顔をうかがって、改めてその瞳に見惚れた。
「フィガロの目、本当にきれい」
言葉は自然とこぼれ落ちた。
「俺、いつも吸い込まれそうになっちゃうんです」
「へえ」
猫が人間の言葉を喋り、そのまま元の姿に戻る。気がつくと俺はフィガロを腕の下に閉じ込める形になっていた。
「今も?」
ずいぶん近くから見上げてくる瞳から目が離せない。
「はい……」
「そう熱心に口説かれると照れるな」
顔色ひとつ変えずに言われて俺はツッコむ。
「全然照れてませんよね?」
「そんなことないよ。確かに俺の瞳は変わってるし、誉めてくる奴も多かったけど。こんなに直球なのはかえって珍しくて好ましい」
すう、と細められた瞳が、神秘的な気配を増す。
「ねえ、俺もきみの瞳に吸い込まれてもいい?」
「俺は、そんな特別な瞳はしてませんし……」
「きれいだよ。日が沈んだばかりの空に、星がまたたき始めたみたいで」
美しい比喩を口にして、フィガロはそっと微笑んだ。
「きみの名前によく似てる」
以前、フィガロに晶というのがどんな意味の言葉なのか教えたことがあった。重なった星の光。覚えてくれていたことに、大切そうにしてくれていることに胸がいっぱいになるのと同時に、それでもその名を呼んでくれないのだな、と思う。フィガロなりにこだわりがあるのだろうことは分かっているから、無理に呼ばせるつもりもない。けれど、彼と離れてしまう前には聞きたい。患者の緊張を和らげる医者の技術としてでなく、フィガロの心からの言葉で。
悔しくなって顔の距離をゼロにする。目を開けたままの視界いっぱいに美しい瞳が映った。焦点が合わずにぼやけていても、それが嬉しそうに細められたことははっきりと分かった。