「こら」
後ろから声をかけると、オズは首だけで振り向いた。何故止めた、と顔に書いてある。実際に口にするなら最初の疑問詞だけだったろうが。
「そう簡単に地形を変えるな」
言葉を継いでやると、掲げていた杖が下される。俺に向き直ったオズは、じっとこちらを見つめた。
「お前が言うのか」
「昔の話だろ」
「南は」
「最初だけだよ。ある程度整えてからは自然に任せてる。生態系が発達しないと意味がない」
そこでオズは再び黙り込んだ。顔に同じ疑問詞が浮かぶ。
「できるからってそう簡単に世界を変えちゃダメなんだよ。せっかく人間の反発だってマシになったんだからさ。最近は魔法使いの価値観だってそっち寄りになってる。もう俺たちの天下じゃないんだ」
軽く講義して、肩をすくめてみせる。
「それとも今からまた世界征服でもするつもりか?」
「お前が望むなら」
「は?」
冗談ではないのが分かる顔だった。まあ、そもそもこいつが冗談を言うわけもないのだが。
「私が一方的にやめたことだ。だから、お前が望むなら」
俺は笑みを浮かべてやる。
「俺が世界征服を望むと思うか?」
オズがかすかに眉を寄せる。
「わからない。だから望むならと言った」
「望むわけないだろ。冗談だよ」
眉間が緩む。そうか、と口にせずに告げる。
「帰る」
そう言うとひたと視線が注がれた。いつもなら迷惑がられてもオズの城に押しかけて酒でも開けるところだという自覚はある。予想がつくくらいにはこいつの中に俺の蓄積があるんだな、という当たり前のことを確認して、それを裏切るのは何故だか少し気分がよかった。
視線を外さないわりに言葉も行動もなく、だから俺はその場を箒で飛び立った。今日の北の国の天候は穏やかだった。
(お前が望むなら)
声が頭の中で繰り返される。まるで、今度は俺の意志を尊重するとでも言うような。馬鹿馬鹿しい。期待して損をするのは俺だ。たとえオズの側に俺を欺く気も裏切る気もないとしても、結局はそうなるのだ。どれだけ世界が、時代が変わっても、オズは俺の答えにはならないし、俺もオズの答えにもならないだろうことくらい、とっくのとうに知っていた。