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    おためし

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    「never ever(たぶん、絶対)」おまけ
    2024年2月11日に頒布した新刊のおまけでした。🦊に「いーけど」と言わせるのが上手い🌸の話。

    #流花
    flowering

    2024/11/09up 葛藤は、そう長くは続かなかった。元々あれこれ悩むほど繊細なたちじゃない。そして桜木は、おれに「いーけど」と言わせる天才だ。
    「つき合ってくんねえの?」
     いつだってそうだ。上目遣いでちょっと唇尖らして、語尾を上げればおれが折れると思ってやがる。一年生の頃からそうだった。悪かったなんてこれっぽっちも思ってないくせに「ワルかった」「スマン」といかにも殊勝な顔で口にできるし「もう一度見せてくれよ」とドリブルシュートをねだってくる。そんなに言うならと懐柔されてやってみせたが最後、ボールかごをひっくり返されてひどい目に遭う。告白したあともそうだった。すぐ嘘をつく。考えとくとか言って全然だ。ちょっとでも可愛いなんて思ったら負けなのに、おれは何度も、何度もその手に引っかかってきた。
     初めてセックスしたときもそうだ。つき合ってもないのに最後までなんてという、思い返せばもうすでにキスも抜き合いもしてたし指も入れてたんだから無駄な抵抗だろと突っ込みたくなるような意地を張ろうとしたおれを、桜木は上目遣いで見上げてきた。そして言った。「ゴム、いると思って買っといたのに」「使わねえの?」と。ふざけんなよ。もちろん使った。好きな相手にそんなこと言われて勝てるわけがねえ。そして時は流れ、再会した五年後のいま。久しぶりすぎて脳どころかちんこも溶けるんじゃねーかってくらい気持ちのいいセックスだった。タマが空っぽになるまで体力に任せてやりまくって、賢者になる余裕もなく眠気に襲われているおれに「なあ」と桜木は言った。「なあルカワ」とあの顔で。あの唇で、語尾をわずかに上げるあの口調で。
    「つき合ってくんねえの?」
    「……つき合う……」
     なけなしの意地なんてたぶん二度目か三度目の射精のときに精液と一緒に飛び出して消えて、おれは頭がバカになったままだったから素直に答えちまった。だって仕方がない。ずっとつき合って欲しかった、自分のものになって欲しかった相手からそんな風に訊かれて首を横に振れるはずがない。卑怯な手でおれの返事を引き出した桜木は満足そうだった。悪魔みたいな顔で笑っていた。その顔すら可愛いと思うんだから、惚れた弱みというのは恐ろしい。まあいまさらだ。
     そういうわけでつき合うことになった。朝起きたとき、身支度の合間に鏡を見たとき、家のドアに鍵をかけるとき、チャリに乗って漕ぎ出す瞬間に噛み締める。おれは桜木とつき合ってる。桜木とおれはつき合ってる。ただの知り合いや元チームメイトじゃない。恋人として交際している。何度反芻しても幸せな気分だった。それが漏れ出していたらしく、大学のチームメイトに薄気味の悪いものを見る目で見られた。
    「なに」
    「いや」
     いま鼻歌うたってたけど、と言われて首を傾げる。そんなつもりはなかった。無意識だ。
    「もしかして機嫌いい?」
     そりゃもちろん、悪くはない。だっていまおれは桜木とつき合ってるから。こくりと頷けば「なにかあったの」と訊かれ、おれは少しだけ考えて答えた。
    「恋人、できた」
    「……エッ! 誰?」
    「桜木花道」
    「サクラギ……? だ、誰?」
     誰、と言われても。どう説明すべきかちょっと考えて、おれは「ずっと好きだったやつ」とやや胸を張った。
    「ずっと? 日本にいた時からってこと?」
    「そう。同い年の……高校のチームメイト。センターやってた」
     もうこれ以上は必要ないだろってくらい的確で十分な情報を出したはずなのに、そのあと聞き耳を立てていたらしい他のやつらも参加してきて、おれは質問攻めに遭った。無限に繰り出される質問にだんだん面倒臭くなってイエスとノーだけで答えていった結果、桜木は「背が高い」「きれいというより可愛い系」「小悪魔」「リバウンドに強い」「喧嘩も強い」という断片的な情報が行き渡り、どういうわけか「五年焦らされても諦めなかったのか」「浮気なし?」「カエデはクレイジー」という話になり、やっとのことで解放された。失礼なやつらだ。落ち着いたら会わせてくれよと言われたが、複雑だった。見せびらかしたい気持ちはあるが、この中の誰かがおれと同じように桜木のことを好きになってしまったら困る。どう考えても目が離せないし可愛いし、とにかくバスケットをやってる人間にとってあれは危険な存在だ。おれは高校三年間で、可能性の塊みたいな桜木に目を奪われる男たちをいやというほど見てきた。
     その桜木はまだおれの部屋にいる。とはいえ隣町にある寮の準備はもうできているらしい。昨日一昨日は掃除だの買い出しだので朝から晩まで忙しく、おれはその足として大学の先輩から借りっぱなしの車で運転手を務めていた。一緒に過ごせるのは嬉しいが、あと何日かしたら桜木が出ていってしまうと思うと寂しい。どうにか引き止められないものかと考えてはみたが、いい案は浮かばなかった。向こうの部屋の家電を壊すとかそういう強硬手段もあるにはあるが、それで嫌われてしまったらと思うと実行に移す勇気はない。せめて桜木に気づかれないように自分用のタオルや着替えなんかをクローゼットや洗面所の棚に紛れ込ませるので精一杯だ。
     ちなみに桜木が日本から持ってきた荷物はでかいスーツケース一つだけだった。大学の寮で使っていた生活用品は、ほとんど後輩に譲ってきたと聞いた。そんな男の数少ない持ち物の中に、やけに可愛らしい柄の四角い缶があった。デパートかなんかで売ってるちょっといいクッキーの容れ物だ。開けようとしたらパッと奪われた。「なに」と訊いたら「小物入れ代わり。むかしシズさんから貰ったんだよ。見んなよ」と言われた。どうやらおれには見せられないものが入っているらしい。桜木が目を離した隙にそっと蓋を開けてみたところ、中身はぎゅうぎゅうに詰まっていた。メモ帳、名刺、お守り、カセットテープ、写真の入った封筒、そしてエアメールの束。おれは黙って蓋を閉めた。
    「おう、おけーり」
    「……ただいま」
     笑顔で迎えられると、キャパを超えがちな嬉しさで膝から崩れ落ちそうになる。どうやらその嬉しさは顔には出ていないようで、がくっと沈み込みかけて持ち直すおれの動きを見て、桜木は不思議げにしていた。
    「疲れてんのか?」
    「いや……」
     おれは「疲れてねえ」と首を横に振る。
    「ふーん、そんならいいけどよ。なあメシどうする?」
     桜木がここに来て最初に作ってくれたカレーは昨夜食べきってしまっていた。外で食ってその帰りにスーパーに寄ろうという話になり、とりあえずチェーンのバーガー屋に入る。窓際の席に向かい合わせ、でかい口でかぶりつく豪快な食べ方は高校の時と変わらない。おれも負けじと食べながら、今日チームメイトに言われたことを思い出していた。
    「その子、五年もつき合うの断わり続けてたのに、なんで急にOKしてくれたの? 遠距離がいやだっただけ? それともカエデのしつこさに負けた?」
     しつこさに関して反論の余地はないが、それだけじゃないはずだ。そうだよな? だってあれだ。卒業式の日、諦めるなって言ったのこいつだし。いままでおれが一方的につき合ってくれって繰り返してきたけど、こないだの「つき合ってくれ」はこいつからだったし。別におれのしつこさに負けたとかそういうことじゃなくて、おれとつき合ってもいいと思ったからだよな。絶対そうだ。そうだろ? どうしよう違ったら。
    「どうしたキツネ、思い詰めたカオして」
    「…………!」
     テーブルの下でスニーカーのつま先を軽く蹴られ、おれはびくっと肩を揺らす。そのまま特に反撃はせず食事を続けたものの、心の中は大騒ぎだった。桜木につま先を蹴られた。初めて一緒に出かけたときと同じだ。可愛い。嬉しい。やっぱり全然変わってねえ。好きだ。こみ上げる思いをバーガーと共に噛み締めて飲み下し、買い物を済ませて部屋へ戻る。
     玄関のドアが閉まるのも待てず後ろから抱きついた。桜木はさほど嫌がる様子もなくおれを引きずってキッチンへ行き、買い物袋をシンクへ置いて、そのままぐるっとこっちを向いた。「相変わらず張りついてくんなあ。なんだよキツネくんよ、今日はいつにも増して甘えたじゃねーか。ん?」
     シンクのふちに腰を預け、ゆるく開いた両足のあいだに立って、桜木の顔を見下ろす。ぺちぺちとおれの頬を叩く上目遣いの表情がいつになく優しく見えて、つい本音が漏れた。
    「どうしたらずっとおれといてくれんの」
     桜木がおれとつき合ってもいいと思ったのは、おれが諦めなかったから。たぶんそれは間違いない。でもこの先は? 桜木がおれを好きでいてくれるためにどうしたらいい? ここ数日は完全に浮かれていたからそんなこと考える余裕もなかったけど、急に不安になってきた。日本とアメリカの遠距離を乗り越えたからって、この先絶対に近場に住めるわけじゃない。お互いプロになれるとしたら、どのチームに拾って貰えるかによっても居住地はあっさり離れてしまう。そのとき、どうしたら桜木を不安にさせずにいられるのか、好きなままでいて貰えるのかが判らなかった。
    「ずっとって、どういう意味だよ」
    「ずっとはずっと。……死ぬまで」
     本気で言ってるのに、妙に子供っぽく響いた。桜木がふはっと笑い、おれはむっとする。
    「バカにすんな」
    「してねえって。いや悪ぃ。なんかよ、変わんねーなって思って。なんつーか……」
     怖がってたこっちのがバカみてーだろ、と桜木は言う。おれは初耳のそれに食いついた。怖がってた? なにを?
    「聞いてねえ。説明しろ」
    「あー、んー……」
     笑うなよという前置きで、桜木は話し始めた。
    「フラれるのは日常茶飯事でも、あんな何度もつき合ってくださいって言われたことなかったからよ。まあ……嬉しくて、おめーのことも……わりと早い段階で、好きにはなってて」
    「最後のとこもう一回言って」
    「……好きには、なってて……これでいいか?」
    「うん」
     おれはたまらず桜木の手を握る。好きと言って貰ったのはたぶん、これが初めてだ。正直なところ泣きそうだったがぐっと堪えた。まだ話の途中だったしそれを遮りたくなかった。でも嬉しい。桜木はおれが好き。おれの好きな子はおれのことが好き。すげえ。たったそれだけの事実で空も飛べそうだ。やばい。浮かれちまう。握った手の強さからそれが伝わったのか、桜木は照れたような顔で「クソッ」と呟く。
    「なんだその顔」
     どうやらニヤけていたらしい。黙って表情を整えるおれを軽く睨み、桜木はハア、とため息をついて続けた。
    「……でもよ、おめーはアメリカ行くってもう決めてたし。オレもアメリカっつったけど、すぐには無理だって判ってたから、それっきりになっちまうんじゃねえかって」
     やることやっててもつき合ってはない、恋人じゃないっていうのが最後の一線みたいな気がしてたんだよな、と。それでようやくおれは、あの頃、桜木がそんなちっぽけな言い訳を必死で守っていたことを初めて知った。不安にさせてたんだな。全然気づかなかった。自分じゃそんなつもりはなかったけど、ただのガキだった。
    「人ってのはよぉ、いつかいなくなるんだよ。知ってたけど、慣れてはねえんだオレ。だって寂しいだろ」
    「……うん」
    「でも、寂しいけど、諦めるしかねーの。二度と会えないわけじゃねーし、お互いまた新しいダチとか先輩とか後輩とかできて、段々平気になってって、みんなそうやって生きてくもんなんだよな。けど、おめーのこと、おめーが……いなくなっても、忘れらんねえ気がした。諦めるの、無理かもしんねえって……」
     だっておめーみてーなやつ他にいねえし、少なくともオレは初めて会ったしと、桜木はおれと目を合わせずに言った。別に泣いてはなかったけど、語尾がほんの少しだけ震えていた。口に出すのも恐ろしいことを打ち明けてくれている。
    「諦めがつかねえかもって思ったら、すげえ怖かった」
    「うん……」
     別にしつこくてよかったんだな、とおれは思った。間違ってなかったわけだ。諦めなくてよかった。やっぱり、明確な目的のもとに積み重ねた努力はおれを裏切らない。バスケと一緒だ。桜木の手を引っ張ってまっすぐ立たせ、腰に両腕を回して抱き寄せる。抵抗はなく、桜木はおれの肩に顔を伏せた。なんの比喩でもなく、胸の中が熱くなる。すげえな、おれをこんな風にできるのはおまえだけだ。
    「おれはおめーのこと、ずっと諦めねえ」
     腰を抱いていた手を上に移動させ、ゆっくりと温かい背中を撫でる。桜木の内側に言い聞かせるように。どうにか信じて貰えるように。
    「死ぬまで」
    「それはそれでこえーな」
     茶化すような声とは裏腹に、おれの背中にも桜木の手が回されて、ぽんと軽く叩かれた。
    「そういうの、もっと言って。おめーが思ってること……」
     知りたい。他人の考えになんて興味はなかったのに、桜木のことは知りたいと思う。どんなことが怖くて、どんなことが好きで、どんなことが嫌なのか、全部。桜木は苦笑する。
    「いきなり全部は無理だろ。まあそのうち、ちょっとずつだな。時間はたっぷりあるんだからよ」
     死ぬまで一緒にいてくれんだろ、キツネくん? 上目遣いでそう尋ねられたら仕方がない。答えは一つだ。
    「……いーけど」
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