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    モクチェズ版ワンドロワンライ【キャラブックネタ】【野花】
    先週書き上げられなかった分(【ティータイム】)を合体させたのでワンドロではなくほぼツードロです

    ##BMB

    20220508 晩酌がモクマの領分なら、ティータイムはチェズレイの領分。
     申し合わせたわけではないのだけれど、気がつけばそうなっていた。

     いちばん初めのきっかけはなんだっただろうか。
     たしか、チームBONDとしての、ミカグラ島での最後のミッションを終えて、同道の約束を交わして。その約束に差し込んだいくつかの条件、そのひとつ、「時々は晩酌を共に」が初めて実現した翌日のことだった。
     チェズレイは酒を嗜まないので、自然、酒やつまみはモクマが見繕うことになる。そもそも酒を飲んだ経験がほとんどないと言われれば、いっとう美味いものから紹介したいと思うのが人情というものだ。あれやこれやと集めるうちに、テーブルはちょっとしたホテルのミニバーもかくやという賑やかさになってしまった。部屋に通されたチェズレイはそれを見て、ちょっと驚いたように目を見張り、続けて、おやおや、とでも言いたげな揶揄いの目配せをモクマに寄越した。しかし結局何も言わず、自分はこのようなもてなしを受けて当然の人間だという風な、悠々とした動きでモクマの隣に座った。その晩、モクマの、アーロンには及ばずとも常人に比べればうんとよく見える目は、チェズレイの、度々卓上に向けられる目線も、その度に喜びが溢れるようにきゅっと持ち上がる口角も捉えていたけれど、先ほどの沈黙への礼として、それを指摘することはなかった。
     その翌日の午後、相棒から分配された仕事に勤しんでいたモクマのところへ、外出先から戻って来たチェズレイがやって来て、
    「モクマさん、休憩にしませんか。昨晩のお返しに、私がお茶をいれますので」
    と言った。そう、たしか、これがいちばん初めだった。
     以来、モクマがチェズレイを晩酌に誘ったら、チェズレイがモクマをお茶に誘い返すのが、二人の間のささやかな習慣になった。

    *

     チェズレイ主催のティータイムに登場する紅茶は、はじめのうち、コーヒーと同じくシングルオリジンのものばかりだった。
     モクマが、酒を提供するだけではなくて、おすすめの飲み方や相性の良い食べ物、その酒にまつわる思い出話をチェズレイに伝えるように、チェズレイも、茶葉の品種や産地、生産している農園、香りや味のどこに注目すればよいのか、そういった情報を添えて紅茶を出した。
     まもなくティーセットの中にミルクピッチャーが現れた時には、どういう心境の変化かと驚いた。考えてみれば、チェズレイはコーヒーにミルクを、どぶろくに豆乳を入れるようになっていたのだから、そう驚くべきことでもなかったのだが、それまでストレート向けの(と当人から解説された)茶葉ばかりが持ち込まれていたものだから、まだ混ぜ物には抵抗があるのだろうと思っていたのだった。
    「これってさあ、あれでしょ。ミルクを先に入れるか、後に入れるかで、言い争いになるんでしょ。おじさん知ってるんだから」
    「フフ、百年以上の歴史がある論争ですからねェ。さァどうぞ、モクマさん。お好きなように」
     正解を、あるいはそもそも正解があるのか、教えてくれる気はなさそうだったので、仕方なくモクマは「お好きなように」飲むことにした。まずはポットからカップ――チェズレイが出すティーカップはいつも事前に温められている――へ紅茶を注いで、ストレートで一口。次に、紅茶の残ったカップへミルクを注いで、もう一口。ミルクが足りない気がして、注ぎ足して、三口目。
     カップ越しの上目遣いでチェズレイを見やる。悪い結果と知りながらテスト用紙の返却を待つ生徒の心境とはこのようなものであったのだろう。学校教育には縁がなかったから、想像でしかないが。
    「十数年前、某国の王立化学会という学術機関が発表したところによりますと」
    「……よりますと?」
    「ミルクを先に入れたほうがよい。なぜならば、熱い紅茶にミルクを注ぐと、ミルクのたんぱく質が変性してしまうから――」
     蘊蓄の途中であちゃあ、と大げさに嘆いて、モクマはカップをソーサーに戻した。追撃を予期したが、チェズレイはミルクピッチャーではなく、ティーポットのほうを手にとり、空のカップに紅茶を注ぎながら続けた。
    「――というのは実はジョークでして」
    「へ?」
    「ジョークなんですよ、その、権威ある学術機関が出した発表がね」
     ぽかん、という形容がぴったりな表情を浮かべたモクマを見て、チェズレイはくすくすと笑った。
    「当時生誕百周年を迎えていた著名な作家が、紅茶の入れ方についてのエッセイを書いていまして。それにかけた冗談だったんですよ、その発表」
    「はあ~、なるほどね。いやあ、おじさんドキドキしちゃったよ。でもさあ、そんなお偉いさん方が言うと、うっかり真に受けちまいそうじゃない?」
    「そうですねェ。実際、真面目な研究の末の結論として報道してしまった国もあるようですよ」
    「ほらあ。さもありなん、だよ。しっかし、『権威ある学術機関』がそんなおふざけをして、それが許されるなんて、愉快なところなんだねえ」
     モクマは一度ソーサーに戻したカップを再び手に取った。採点されないとわかると緊張が解けて、ミルクティーがよりおいしく感じる。
    「まァ、その手の戯れがお好きな方が多いのでしょうね。その発表を火種に、人々の間では烈しい論争が繰り広げられたことでしょう」
    「そいで、そういうお前さんは結局、先でも後でもなく、ミルクを入れずに飲む、と。せっかく用意したんだろうに、もったいない」
     紅茶だけが注がれたカップを口に運んで、チェズレイは、また楽し気に笑った。
    「いいえ、私は正しくミルクティーを楽しみましたよ」

    *

     ミルクより少し遅れて、ブレンドティーやフレーバーティーが供されるようになり、さらにしばらくすると、そこにハーブティーが加わった。
     モクマとチェズレイの拠点には、そこが宿泊施設であろうと、借りた部屋であろうと、購入した物件であろうと、植木鉢がずらりと並ぶ一角がある。最初は、ミカグラ島にいた頃にチェズレイがルークから贈られたという、栽培キットのディルを植え替えた鉢ひとつしかなかった。それが、チェズレイとの間でどのようなやりとりがあったのか、ルークから時折、しかし途絶えることなく、ハーブの栽培キットや種が届けられるようになって、鉢はその数を増やしていった。ミント、タイム、パセリ、バジル、レモンバーム……。
     鉢が少なく株が小さいうちは、自分たちが料理のために都度摘んで減った分を除いて、頃合に育ったハーブはまとめて収穫してルークへ送っていた。チェズレイの手にかかれば、リカルドから遠く離れた地からでも、ハーブが萎れないうちに届けるのは容易いことなのだ。
     鉢が増え株が大きくなると、さすがにルークにすべてを送りつけるわけにもいかなくなった。このあたりで、二人の生活空間でガラス製のティーポットとフードドライヤーが存在を主張するようになったと記憶している。自家製のそう量はないフレッシュハーブとドライハーブは、時に店から購入した葉にまじって、お湯の中で踊ることになった。それをぼうっと眺めながら、チェズレイがハーブの効能を説くのを聞く時間が、モクマは嫌いではなかった。
     そういう諸々が、日常に溶け込んだある午後に、モクマが、
    「あ」
    とかすかな驚きの声をあげてしまったのは、ポットの中に見覚えのある花を見つけたからだった。
     ルークから依頼を受けてモクマが野から摘み取った花の小さなブーケ、奇しくも母の日に贈られたそれを、チェズレイが、グラスに一日飾った後に何やら加工していたのは知っていた。チェズレイ・ニコルズという人物は、何かに、誰かに、想いをかけていることを恥じたり隠したりしない。手ずから、野花を束ねていた植物の茎を解いて、ボウルに水を張って、花弁の一片まで丁寧に洗って。数輪を紙に挟んでハードカバーの本の間に、数輪をフードドライヤーに。それきりモクマは花の行き先を追うのをやめてしまったが、どうやら終着地は自分たちの体内になるらしい。
    「あァ、」
     モクマが目に留めたものに気づいて、今度は隣に座っていたチェズレイがかすかな声を漏らした。自分が花の存在に気づいたことが、相棒の精神を昂らせたのではないかと――だって、「あなたとボスの情念が私を生かす血肉となり、その私の欲望をあなたも飲み込むことになるのですよ」だとか、掘り下げてよいものか迷うことを、いかにも言いそうではないか――モクマはややおそるおそる顔を上げた。しかし、予想に反して、チェズレイの顔に浮かんでいるのは、ただ穏やかなだけの微笑みであった。
    「今日は花を入れましたので。きっと甘い香りがしますよ、モクマさん」
    「……ああ、そうだろうね」
     チェズレイには確信があるのだ。それ以上言葉を尽くさなくても、自分の想いが、モクマに正しく伝わるだろうことを。モクマが正しく受け取るだろうことを。ルークへの、母への、そしてモクマへの愛情を。
     チェズレイの表情が、ゆっくりと自分の顔に伝播するのが感じられた。
     きっとこの味を気に入るよ、と酒を注ぎながら、お前を幸福にするものが増えればいいと願うこと。多少なりとも効果があるといいですがね、とハーブを選んで、あなたの健やかな時が長く続くことを願うこと。その願いが溶け込んだ液体を飲み干すこと、飲み干してもらえること。
     恒例の応酬に備えて喉元まで持ってきてあった言葉は、ティーポットの中に溶けていってしまったようだったが、それでよかったし、それがよかった。これが全き愛の交歓、これ以上に何を望むものがあろうか。言葉が必要であろうか。
     モクマが心底そう思っていた、満ち足りたある午後の話、相棒が書置き一つ残さずに姿を消す時が近く訪れるなどとは、思いもしなかった頃の話だ。


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    DOODLEモクチェズ版ワンドロワンライ【キャラブックネタ】【野花】
    先週書き上げられなかった分(【ティータイム】)を合体させたのでワンドロではなくほぼツードロです
    20220508 晩酌がモクマの領分なら、ティータイムはチェズレイの領分。
     申し合わせたわけではないのだけれど、気がつけばそうなっていた。

     いちばん初めのきっかけはなんだっただろうか。
     たしか、チームBONDとしての、ミカグラ島での最後のミッションを終えて、同道の約束を交わして。その約束に差し込んだいくつかの条件、そのひとつ、「時々は晩酌を共に」が初めて実現した翌日のことだった。
     チェズレイは酒を嗜まないので、自然、酒やつまみはモクマが見繕うことになる。そもそも酒を飲んだ経験がほとんどないと言われれば、いっとう美味いものから紹介したいと思うのが人情というものだ。あれやこれやと集めるうちに、テーブルはちょっとしたホテルのミニバーもかくやという賑やかさになってしまった。部屋に通されたチェズレイはそれを見て、ちょっと驚いたように目を見張り、続けて、おやおや、とでも言いたげな揶揄いの目配せをモクマに寄越した。しかし結局何も言わず、自分はこのようなもてなしを受けて当然の人間だという風な、悠々とした動きでモクマの隣に座った。その晩、モクマの、アーロンには及ばずとも常人に比べればうんとよく見える目は、チェズレイの、度々卓上に向けられる目線も、その度に喜びが溢れるようにきゅっと持ち上がる口角も捉えていたけれど、先ほどの沈黙への礼として、それを指摘することはなかった。
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