20220419 家を買った。
住むのは二人きりだから、小さな家だ。
その家は、南の国にある。この国とは違って、一年中、白ではなく緑で覆われた、暖かい土地だ。
この国とは、違えば違うだけいい。この国のことも、この国での辛い出来事も、思い出さないように。
南の国の小さな家には、海の見える窓がある。空の色を映す絵画のような景色を通して、あなたが時の流れを感じられるように。
外階段を上がった先、玄関ポーチには、二人掛けのベンチブランコが揺れている。庭の木の葉擦れの音を聞きながら、あなたといつまでもおしゃべりできるように。
リビングルームには、大きなソファが置いてある。あなたがふとその身を横たえられるように、わたしの身体が大きくなっても、あなたと二人で座れるように。
寝室のベッドは、枕は、とくべつ質の良いものを選んだ。あなたが、朝までゆっくり休めるように。
胸の内で渦巻く思いが、あなたが眠りにつくのを妨げないように。
夜半の悪夢が、あなたを起こさないように。
朝まで、ずっと。
ようやくここまできた。
父の汚れた仕事に手を染めてから、何年もかけて準備してきた。
父が率いるファミリーを殲滅できる力のある組織を探すこと。彼らに、父に対する恨みを抱かせ、全面的な抗争を引き起こすこと。襲撃の渦中で、ニコルズ親子が命を落としたように見せかけること。偽名の身分証明書を手に入れること。新しい生活の場を用意すること。二人の家を。小さな家を。
うまくいくはずだ。
うまくいかなくては。
ハウスキーパーすら寄り付かなくなった家。いつの間にか薬でいっぱいになったドレッサーの引き出し。荒れ果てて花の咲かなくなった庭。
もう待てない。
もう時間がない。
食事にしましょう、と母が呼ぶ声がする。
エーコファミリーとベニーデファミリーへ、手筈通りに、と一報を入れて、チェズレイ・ニコルズは席を立った。
階下からは、母の作るスープの香りがしている。
BGM: My Sleepy Fall / Take It Easy Hospital