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    亡者の行進/モクマとチェズレイ
    チェズレイの変装について現時点での考えまとめ&ヴ愛の感想代わり②

    ##BMB

    20220424 いつの間にやら大所帯になっちまったなあ。
     これは世界征服の道行についてのモクマの感慨だが、どうやら口に出ていたらしい。
    「何言ってるの、おじさんは相棒と二人きりで旅してるんでしょ」
     テーブルを挟んで対面に座った少女が、「相棒」を強調して言い放った。相棒などというのは青臭い言葉で、それを臆面もなく使うモクマは恥ずかしい大人だと思っているのがありありと伝わる口調だ。
     どう説明したものか、モクマが答えあぐねているうちに、少女は勝手に得心した様子で続けた。
    「あっ、最近勝手にくっついてきてる人たちのこと? でも、呼ばなければ出てこないじゃない。普段は二人っきりなんでしょ」
    「あー、あの怖い人たちね。そうね……。まあ、あれも確かに」
     嚙み合わない会話に、少女は自身が、初めにモクマがこぼした呟きの意を汲み取れていないことに気づいたようだったが、それ以上追及してはこなかった。モクマがこの話を続けるつもりがないのに気づいていたからだろう。
     ――きみも、大所帯、の一員に含まれてるんだけどね。
     今度こそ言葉を胸の内に留めて、モクマは改めて向かいの少女に目を向けた。
     肩口まで伸ばした、癖のないメープルブルネットが、オーニングをくぐり抜けた日光を受けて金色にきらめく。真っ白な平皿の上にお行儀よく畳まれたクレープをフォークでつついている彼女は、どこからどう見ても、話をはぐらかされて拗ねているローティーンだ。実際は、三十路を目前にした男だが。
     相棒が、自身の身体より小さな人間にどうやって変装しているのか、それはモクマの理解の及ばないところであるが、ともかく、この少女はチェズレイである。そのことは、十分に承知しているのだが。
     ヴィンウェイを経てから、モクマには、チェズレイの変装がチェズレイに思えないことがある。



     世界征服目指して出立した後のチェズレイは、以前より変装している時間がぐっと長くなった。外に出ている間は、だいたい別人の姿をしている。「ミカグラ島にいる間のほうが例外だったのですよ」というのが本人の言だ。
     モクマはそんなことは知らなかったし、毎日が楽しく、またその楽しい日々が、前途に列を成して見渡す限りの続いているという、人生初の体験に浮かれ気分でいたものだから、はじめのうちはたいそうがっかりした。モクマの心中を知ってか知らずか、チェズレイのほうは、しきりに隣にいるモクマの姿を視界に収めては嬉し気にするのだが、そんな初心でかわいらしい様子も素直に喜べないほどであった。
     しかしほどなくして、その時の外見がどうであれ名前がどうであれ、他者の耳目が二人に向いていなければ、ほとんどの場合、チェズレイは「チェズレイ」として振る舞うこと否やはないらしいと気づいて、不満の炎はおさまっていった。モクマが「チェズレイ」に向かってするように話しかければ、チェズレイはそれを機敏に察知して口調を切り替えた。それでも、始終近くにいるのだから、好きな顔を好きな時に見て、好きな声を好きな時に聞きたい、という欲求は熾火となって残り続けたが。
     悪いことばかりではなく、良いこともあった。チェズレイが変装する機会が多くなれば、必然、時間と空間の大部分をチェズレイと共有するモクマも、変装を目にする機会が多くなる。そうなると、目が肥えて、ミカグラでは気が付かなかったものが見えるようになってきた。

     モクマの見るところ、チェズレイの変装用ワードローブには、大別して三種類の衣装がかかっている。
     第一に、実在する人物を基に作られた実在しない人物。
    「へえ? じゃあ、お前さんの変装には、モデルがいるってことなのか」
    「はい。とは言え、たいていの場合、パーツの一部をいじったり、別人のものと入れ替えたりしますから、モデルそのままというわけではありませんけれど」
     あれだけ精巧なマスクを作る技術があるのだから、ゼロから架空の好きな顔を作ればよかろうに。
     そんなモクマの内心の疑問を読みとってか、チェズレイが続けた。
    「人間の顔や身体には、樹木の年輪のように分かりやすい形ではなくとも、辿ってきた時間の経過が刻まれているものです。その重みがない変装は、相対する者に違和感を抱かせるでしょうね」
    「なるほどねえ。しかし、お前なら、その年輪も含めて形に出来そうなもんだが」
    「おや、光栄な評価ですね。確かに、時間も労力も惜しまなければ可能なかもしれませんが……あまりに非効率的です」
    「そういう意味での効率、てことなら、モデルそのまんまのほうが楽なんじゃないのかい? 時と場所を選べば、モデルを知ってる奴とうっかり遭遇、なんてこともそうそうないだろうし」
    「甘いですねェ、モクマさん。大いなる計画も、大いなる偶然の前には敗北を喫するものです」
    「そういうもんかね」
     格言じみたその言葉は、大いなる計画、などというものを立てる性質ではないモクマにとっては実感を伴わないものだったが、真実の中に混ぜられた嘘のほうが純度100%の嘘よりも通りがいいというのは合点がいく話だった。
    「まァ、実在の人物に変装することもありますが、それはまさにその人物の外見が必要な時だけです」
    「ああ……ナデシコちゃんとかスイちゃんとか、……タンバ様とか、あったねえ」
    「フフ、ありましたねェ」
     「実在の人物」、あるいは「実在した人物」。これが第二の衣装。
     だが、実はこれでは説明不足だ。この会話が交わされた当時の、すなわち、空飛ぶ城のお姫様の正体を知らなかった頃のモクマは気づいていなかったことだが、第二の衣装の中には、特別枠がある。
     特別枠――第三の衣装は、「亡者」だ。チェズレイがこの世に引き留めている死者の姿だ。



     ――変装中でも、他者の耳目が二人に向いていなければ、ほとんどの場合、チェズレイは「チェズレイ」として振る舞うこと否やはない。
     モクマの観察は誤ってはいなかった。だが、肝は「ほとんどの場合」というところにある。
     時に、条件は満たしていると思われるのに、モクマが「チェズレイ」を求めても、チェズレイの側も求められていると気づいているだろうに、変装中のチェズレイが頑なに演技を続けることがあった。引っかかりを感じながらも、そういう気分なのだろう、作戦の一部なのだろうと、踏み込まずにやり過ごしてきた。誰かに隠し事なくチェズレイの話ができるなんて滅多にないことだから、即興劇に乗って喋るのも、それはそれで楽しいことだった。
     どうやら、気軽に「チェズレイ」に戻ってくれるかどうかは、気分でも状況でもなく、身に纏っている姿に左右されるらしいと分かってきたのは、しばらく後のことだ。さらに時を重ねて、モクマが特別枠と見分けた衣装の数が片手で収まらなくなってきた頃には、そのいずれもが、チェズレイとの間にいわくのある故人の姿なのではないかと薄ら見当がついていた。
     だが、言葉にしてチェズレイに確かめることはしなかった。確かめないうちに、相棒はヴィンウェイに消え、答え合わせは彼の地でなされた。



     クレープリーを出て、混み合う石畳の道を少女と並び歩く。
     この少女は、チェズレイの異母きょうだいの姿だという。これは、チェズレイから直接教えてもらったことだ。
     まだ拗ねているのか、少女は常より言葉少なだった。どうやって機嫌を直してもらおうか思案を巡らせて、心ここにあらずのモクマを、少女の声が引き戻した。
    「私がいるとチェズレイといられないから、つまらないでしょう」
     軽い調子に反して、重要な問いだと直感的に感じて背筋が伸びた。間違えられない問いだが、正解を探して、心にもないことを言いたくはなかった。
    「……いや。ああ、いや、もちろん、あいつと一緒にいたらいつだって楽しいが。でも、それは、きみといるのがつまらない、ってことじゃない」
    「ふうん」
     いかにも納得していません、と主張する声音に思わず笑いが漏れ、少女は耳聡くそれを聞きつけて、モクマをねめつけた。それでも、モクマと歩調をずらそうとはしないあたり、本当に怒っているわけではないらしい。
    「俺は、きみを大切にしていると、あいつを大切にしている気になるし、あいつを大切にしていると、きみを大切にしている気になるんだよ」
    「……ふうん」
     今度は幾分柔らかい、内側にこもった相槌が打たれた。
     この子がチェズレイに残した傷はどんな形だろう、と考える。あるいは、チェズレイがこの子につけた傷はどんな形だったのだろう。こうして子どもらしく、露骨に拗ねてみせて、自分の気持ちを分かってもらいたいとぶつかれる相手を隣に置いて、チェズレイが癒している傷はどんな形だろう。
     この子だけじゃない。あの音楽家や母親、チェズレイが後生大事に抱えこんでいる大勢の死者たち。チェズレイの身を借りて、まるでその生を終えていないかのように、その生をやり直すかのように、モクマの目前に立ち現れる亡者たち。チェズレイは、彼らにどんな思いを残しているのだろう。

     答えをお前に問うことにもはや躊躇いはないが、きっとお前も答えが分からないんだろう。
     それを探すのが、お前なりの哀悼だというのなら。
    「ささ、次の目的地はどこだっけか? いくらでも付き合うよ~」
    「出発する前にリストを渡したじゃない、まったく人任せなんだから……」
     もうお前に何も捨てさせはしない、置いていかせない。
     お前が連れている亡者たちも。
     お前がそいつのために流したかった涙、感じたかった痛み、取り返しのつかない過ち、拭い切れない後悔も。
     その全てを引き連れて、同じ道を行く。


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    mavi

    DOODLEモクチェズ版ワンドロワンライ【キャラブックネタ】【野花】
    先週書き上げられなかった分(【ティータイム】)を合体させたのでワンドロではなくほぼツードロです
    20220508 晩酌がモクマの領分なら、ティータイムはチェズレイの領分。
     申し合わせたわけではないのだけれど、気がつけばそうなっていた。

     いちばん初めのきっかけはなんだっただろうか。
     たしか、チームBONDとしての、ミカグラ島での最後のミッションを終えて、同道の約束を交わして。その約束に差し込んだいくつかの条件、そのひとつ、「時々は晩酌を共に」が初めて実現した翌日のことだった。
     チェズレイは酒を嗜まないので、自然、酒やつまみはモクマが見繕うことになる。そもそも酒を飲んだ経験がほとんどないと言われれば、いっとう美味いものから紹介したいと思うのが人情というものだ。あれやこれやと集めるうちに、テーブルはちょっとしたホテルのミニバーもかくやという賑やかさになってしまった。部屋に通されたチェズレイはそれを見て、ちょっと驚いたように目を見張り、続けて、おやおや、とでも言いたげな揶揄いの目配せをモクマに寄越した。しかし結局何も言わず、自分はこのようなもてなしを受けて当然の人間だという風な、悠々とした動きでモクマの隣に座った。その晩、モクマの、アーロンには及ばずとも常人に比べればうんとよく見える目は、チェズレイの、度々卓上に向けられる目線も、その度に喜びが溢れるようにきゅっと持ち上がる口角も捉えていたけれど、先ほどの沈黙への礼として、それを指摘することはなかった。
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