近くて遠い…?「─だから、ドジな可愛いロシーの為に…って、聞いてるか?ロシ…」
せっかく可愛い弟の大学生活の為に兄が頑張ったというのに説明の途中で急に立ち止まった可愛い弟を振り返ると、その可愛い弟は小学校高学年くらいのやたら目つきの悪い少年と見つめ合っていた。
お互いに驚いたような顔だが、少年の方は混乱が、ロシナンテの方は歓喜が大きく表れていた。
「…ろ、ロー…?」
「!!………コラさん?ほんとに…?」
「ぉぉ!!!」
ロシナンテが勢いよくローに抱きついた。
「こ、らさん…ほんとにコラさんだ…ッ!!」
ローはロシナンテの胸に顔を埋もれさせながらひしっと抱きつき、嗚咽をあげ始めた。ロシナンテもローを慈しむように抱きしめ涙を流した。
ドフラミンゴとしてはローが記憶があるにもかかわらずロシナンテの隣を歩いていて更にロシナンテよりも身長が高くわかりやすいはずの自分には目もくれず存在を認知しているかどうかも怪しいのが少し複雑ではあるが、ドフラミンゴは大人なので、ここだと目立つしロシナンテが犯罪者にされてしまうと言って、泣きじゃくる2人を新しく買ったマンションの一室に引っ張って行った。
2人が少し落ち着いた頃、ドフラミンゴが現状確認を兼ねて質問した。
「ロー、お前はどこまで記憶がある?」
「…物心ついた頃から死ぬまで全部だ」
先程まで泣いていたので若干鼻声で答えた。
「思い出し始めたのはいつからだ?」
前世の記憶には個人差があり、少しずつ思い出す人もいれば、何かをきっかけに一気に思い出す人や何も思い出さないまま死ぬ人もいる。
「生まれたときから全部覚えてた」
「「は?」」
2人の声が綺麗に揃う。
「…仲良いな」
「いや、今のは仲がいいとかそういう問題じゃないだろ…!生まれたときから…!?」
ローの言葉にロシナンテは慌てふためき、ドフラミンゴは固まった。
──ドフラミンゴはロシナンテが初めて前世の記憶を思い出したときのことがふと頭を掠めた。あれはロシナンテが中学1年の時だった。
あの時、隣のベッドで寝ているロシナンテが珍しく随分と魘されていたので起こしたのだ。
「ロシー、随分魘されていたが大丈夫か?」
「…ど、ふぃ?」
魘されていたロシーは汗をかいていたのでタオルを持ってきてやった。
「どうした?」
「怖い夢を見たんだ、おれがドフィに…撃たれる夢…」
「!」
「おれは、男の子を宝箱に入れて隠して、ドフィからそいつを守ってたんだ、そうしなきゃそいつが死んじゃうから」
「…ロシー」
「ドフィは、裏切りだって怒って、おれに2度も家族を殺させるのかって、それで、銃を向けあって、撃たなきゃ…撃たなきゃ死ぬのは、わかってたのに、おれは、」
「ロシー」
できるだけ優しく、しかし強い拒絶を含んだ声で遮るように名前を呼んだ。
「それは夢の話だろう?そんな夢忘れちまえよ…大事なのは今だ」
ロシナンテは決して鈍感ではないので、この拒絶でただの夢ではないことに気がついてしまっただろう。きっとそれが過去起こった事実だということも、前世の記憶であることもそう遠くないうちにわかってしまうだろう。根拠はないがそう感じた。
事実ロシナンテはその日のうちに8割方思い出した。前世の記憶が戻ればまたいなくなるんじゃないかと思い、小学校に上がって自分の記憶が戻ってもずっと黙っていた。ロシナンテは前世は前世、今世は今世だと言って特に変わりなく口調が少し荒くなった程度だった。今までがThe箱入りといった話し方だったので両親は何かあったのかとしきりに聞いていた。
「おれ、ずっとコラさん探してたんだ…でもこの歳じゃ探せる範囲なんて限られてて…コラさんも同じ時代に生まれ変わってる根拠もないし…父様と母様に無断で出かけるのも無理が出てきて…諦めかけてたけど…諦めなくて良かった…ッ」
ローはボロボロとまた涙を流す。
「ロー…ごめんな、おいていっちまって」
「…今度は置いてくなよ」
「あァ…!
あ、そういえばそろそろ帰らないとやばくねェか?!ここから帰れるか…?」
「あ…連れてこられたとき何も見てなかったから…」
「それってやばくねェか…?」
「おれがそんなヘマすると思うか?」
「ドフィはローの家知ってるのか!?」
「え…」
ロシナンテは安堵の表情で、ローはドン引きだとでも言うような絶対零度の目でドフラミンゴを見た。
「隣の表札、見て来たらどうだ?」
「え!?まじか…!!
あ、隣ってどっち側のだ?」
「…………この部屋は1番端だ」
ロシナンテがローを抱えたままドタバタと外へ出て行った。
「そんなこともあったなァ〜」
あれからだいぶ時が流れ、ローは晴れて高校を卒業した。
ロシナンテは大学を卒業した後、ドフラミンゴがある人物と共同で立ち上げたファッションブランドのモデルにならないかと、ドフラミンゴが直々に、それはもうしつこく言い続け、今やバラエティ番組やドラマにも出演する超人気演技派モデルである。ドジなのに演技は異様に上手いのだ。ドフラミンゴにとっては前世の苦い経験かもしれないが。
「あの時はコラさんが外に出るだけなのに転びまくるからほんとに死ぬんじゃないかと思った」
「で、でも死ななかっただろ!!」
「…そうだな…」
きっと思い出してしまったのだろう。ローの顔が死んでいた。ドフラミンゴは話の切れ目を狙って話題を変えた。
「ロー、大学はどうするんだ?一人暮らしか?」
「あ、そうだ!そろそろどこの大学行くのか教えてくれよ!」
「なんだ、ロシーは知らねェのか?」
「だってローが教えてくれねェんだもん」
「ヘェ…そうかそうか…フッフッフッ!」
「何も言うなよ…」
ローがそれはそれは凶悪な顔でドフラミンゴを睨む。
「ドフィ知ってんのかよ!なァロォォォ〜〜〜おれにも教えてくれよ〜!!前も医者だったし有名医大とかか〜?」
「いや、今更学ぶこともねェから医大には行かねェ」
「あ〜確かに言われてみれば人生2周目だしな。じゃあどこ行くんだ?」
「……」
「言わねェならおれが言っちまうぞ?」
「…芸大」
「ヘェ〜!!芸大か!!いいと思うぞ!!
……え?何て?芸大?何で芸大?え?何学科?え?」
「…フッフッフッ…!」
ドフラミンゴは必死に笑いを抑えている。
「…演劇学科」
「え?!何で!?いや、いいと思うぞ??でも、何で??」
ローは帽子で顔を隠したまま押し黙ってしまった。
「ロシーの隣に立ちたいんだと…フッフッフッ!」
「ドフラミンゴ…ッッ!!!」
「え…!?」
「うちのモデルになればいいと言ったんだが聞かなくてなァ」
「ロー、今のホントか?」
「…………」
ローは耳まで真っ赤にしてだんまりを続ける。
「おれは今から会議に行ってくる…あァ、それと、ロー、進学祝いだ。今からロシーと見てこい」
「…?」
ドフラミンゴはローに向かって何かを投げてすぐに出ていった。反射的に受け取って見ると、鍵に紙が括り付けられていて、ローは恐る恐る紙を開いた。ロシナンテも覗き込むようにして見ている。
「住所か?」
ここからそう遠くない住所が書かれていた。車で15分ほどの距離だろう。
「とりあえず行ってみるか?」
「行ってみないことには何もわからねェからな…」
ロシナンテの車に乗り込み、揺られること20分弱。1箇所曲がるところを間違えたが他は特に問題なく到着した。
「完全に他人の家だろ…」
住宅が密集している場所から少し離れたところに少し大きな家が建っていた。
「表札はドンキホーテってなってるが…ドフラミンゴの別荘とかってことか?」
「まァ他にドンキホーテって知らねェしな…入ってみるか」
敷地内に入ると、外から見たよりも遥かに広い庭が広がっていた。手入れの要らない人工芝が敷かれていて、池も川もあり、小さな橋がかかっている。
「金持ちだな…」
「いや、世間から見たらコラさんも金持ちだろ…」
「でも、ドフィはレベルが違うだろ…」
「まァ、そうだな…」
アフターヌーンティーを楽しめそうなオシャレなテーブルとイスも庭に並んでいたが、それでも何もないスペースが目立つ程の広さだった。コラさんが3人並んで寝転んでゴロゴロと転がっても余裕がありそうだとローが混乱のあまりよくわからないことを思ってしまうほどには広かった。
鍵を開けて中に入ると、広いというよりは天井が高かった。ドフラミンゴに合わせて作られているのだろうか。
「おォ〜!!ロー!ドアくぐるとき頭下げなくてもぶつけないぞ!!」
前世より身長が低いとはいえ、やはり兄弟揃って2m越えと規格外なのである。
「コラさん、普通の人間は部屋のドアをくぐるときに頭を下げねェからおれにはその感動はわからねェ…」
ローは、未だに部屋を行き来して感動しているロシナンテを他所にリビングを見渡すと、テーブルに紙が置いてあるのを見つけた。
「コラさん、なんか紙が置いてある」
「ん?ほんとだ」
紙にはドフラミンゴの筆跡で次のように書かれていた。
「ロー、進学おめでとう。この家はおれがロシナンテ名義で買った。ささやかではあるがおれからの進学祝いだ。ロシナンテと2人で住むには少し狭いかもしれないが大学からも会社からも近いから不便はないだろう。ロシーの為に階段には手すりをつけたし、天井は高くしてドアも頭をぶつけないように設計してあるがロシーは何をしでかすかわからねェから何か困ったらすぐ人を手配する。ロシーをよろしく。p.s:ロシー、ローを泣かせるなよ?」
「泣かせねェよ!!!つーかおれどんだけ信用ないんだよ」
「これで2人で住むには狭いと思ったドフラミンゴの思考がよくわかんねェな…十分どころか広いだろ…」
「だよなァ…おれもわかんねェ…兄上前世は城に住んでたらしいじゃん…その所為かもな…」
「あ〜確かに…ドレスローザの城は広かったからな…」
「まァありがたく頂戴するということで!お〜皿とかの日用雑貨も全部2人分揃ってんだな。ほら、ローお揃いだ!」
「ドフラミンゴにしてはまともな趣味してるな…デザイナーに選ばせたのか?」
「びっくりするくらい信用ねェな〜」
……………皆さん、もうお分かりだろうか。
そう、この2人はとても緊張している。
何故か?
((なんで ドフラミンゴ∕ドフィ はおれが コラさん∕ロー のこと好きだって知ってんだよ…!!))
この2人実は付き合ってないのだ。
これがドフラミンゴの気遣いならまだ良かった。ただのドフラミンゴの勘違いである。両思いだしこれだけ一緒にいたら当然付き合ってるのだろうと思われたのだ。そう思わせるだけの距離感ではあった。
いい歳にもなって当然のようにロシナンテの膝の上に座るローも、座らせるロシナンテも距離感バグってるのだ。ロォ〜〜〜と後ろから抱きついて甘えるロシナンテもそれに絆されるローも恋人が完全にイチャついてるようにしか見えないのだ。
さて、この誤解が解けるのが早いか、誤解が誤解でなくなるのが早いか、それは2人次第。