パワハラ事件(カムラ式) さて、一夜どころか三夜開けての今日である。
お達者クラブのお戯れから無事お医者預りとなったウツシは、三晩かけて薬酒を抜いて、久々の休暇を満喫していた。脱水と薬効からの酷い頭痛と嘔気、しかし布団に縛り付けられた肉体は休養を経て元気一杯となんともアンバランスな気持ち悪さである。
ウツシは痛む頭でこれからの事を考える。弟子達には自主鍛錬、闘技場受付はミノトに兼任してもらい、裏方仕事はコガラシが回してくれているのだろう。けれどウツシに、と指名で来る仕事も少なくはなく、そういうものに限ってひとに回せるものでは無く、処理されることなく溜まっている。既にウツシは何処にいると里長に掛け合う老人もいるとかいないとか。退院後は暫く忙しない日が続きそうだ。
入院着の浴衣を脱衣籠に放り込む。あの日着の身着のまま入院となったため、部屋の隅に装備一式が一纏めに積まれている。上着と袴を履いたところで少し考えて、防具は付けず双剣だけを腰に差した。
里長屋敷に昼間からお邪魔するのは久々である。
この屋敷の屋根裏屋根の上、床下ならば誰よりも詳しいと自負しているが、屋内に上がりこんだのは数えるほどだ。先導する古馴染みの奉公人には面識があり、おや正面からなんて珍しい、と軽口を叩かれ笑って流す。いつもは翔蟲で中庭に直接入るので。
飴色に磨かれた廊下の先は来客用の座敷がある。そこでは件の三傑が卓を囲んで待っていた。注意深くあたりを探るが、余計な荷物…例えば怪しい一升瓶…などは見当たらない。
ウツシは下座に座り、参上いたしましたと頭を下げた。
「身体はどうだウツシよ」
「おかげさまでそろそろ復帰出来そうです」
「いやあ興が乗ってやりすぎてしまったでゲコ。一合でアオアシラもひっくり返るあの毒…薬酒をよくもまあ5本も干したもんでゲコ〜」
「今毒って言いましたかゴコク様」
「毒も薬というでゲコ?」
「否定して欲しかった」
拷問まがいの仕打ちをした/されたにしてはお互いケロリとしたものだが、まあこんなものだろう。お歴々はあの場に部外者を入れていたし、お医者や商人も呼んでいた。つまり本気でウツシを害する気はなかったと言うことだ。
それでも真意は正す必要がある。彼らは「あの老人たち」と違い、今まで積極的にウツシを使う事はしなかった。それに彼らは誇り高き元ハンター、戯れに目下のものを辱める事はしない、はずだ。と思う。多分ね?それが何故今更。
フゲンが居住まいを正して向き直った。本題に入るつもりらしい。
「さて、先の酒宴でのお前の失態についてだが」
失態ときたか。まあ為す術もなく毒酒を煽ったのは失態と言えるか。
「お前の薬物耐性と自制心には恐れ入る。結局、肝心なことは何も吐かなかったではないか」
肝心なこととは。
ウツシは泥酔しても記憶は残る。あの場ではかなり情けないことを喚いていたはずだ。主に、愛弟子の不名誉を。
カムラの狩人、猛き炎は英雄に非ず。ただの小娘であると。
ウツシの非ではあるが、そのことを殊更論うつもりならば、あの子の師として容赦はしないと、その覚悟の帯刀であったのだ。
しかしフゲンはニヤリと笑い、
「まったく変に出し惜しみしおって。お前があの子を好きだの愛してるだの口にした瞬間祝言の手筈を整えるという我らの計画が台無しではないか!」
「ふぁ??????」
「まったく甲斐性のない奴だ。せっかく逃げられぬよう現場に証人も多数入れたというのに」
「???????」
ハモンが呆れ顔でごちるがウツシは既に声もない。祝言?誰と、誰が??
スキダノアイシテルダノ???誰を!?!?!?
「ちょっとまって!待ってください、何を言ってるんですか、頭大丈夫ですか!?」
ウツシは礼も忘れて立ち上がり喚いた。いやホント何言ってるのかこのジジイ共。
「祝言?俺と愛弟子が??」
「そう狼狽えるな。お前の気持ちなど里の過半数が察しておるわ」
「過半数!?」
「猛き炎輿入れダービーでのオッズはお前が他を引き離して1.1倍、賭けにならんと胴元が嘆いておったわ」
「こしいれダービー!?いやそんなの初耳ですけど!?!」
「オヌシ、里の外への警戒はしておったが中の風紀はコガラシに任せきりにだったゲコ?狩り場の愛弟子が心配なのも分かるけど、ちょっとは身内も疑えゲコ」
いや確かに。オトモ広場駐在のロンディーネ一派の身元と心根が割れ警戒する必要なしと判断してからは任せきりであったけど。まさかのコガラシ裏切りフラグに膝から崩れ落ちるウツシ。そんなコガラシさん、同じ裏方仕事としてあなたの事は信じていたのに!
「えぇ、だってでも、そんな、愛弟子の意志は…」
「猛き炎の事なら心配要らんだろう。普段から教官大好きと隠そうともせん。まさか気づいておらん訳でもあるまい」
「まったく、男のお前が腹を決めんでどうするか。あまり女に恥をかかせるな」
フゲンとハモンの波状攻撃に為す術もないボロボロのウツシである。立場の差、歳の差、そんなもの、男の方が上な時点で余裕でクリア出来ている。カムラとはそういう里だ。あとは男の覚悟、それだけなのだ。
ああ、でも、そんなのは。
「…愛弟子がかわいそうだ。
あんなに良い子なのに、俺なんかと添わせるなんて」
追い詰められてぽつりと漏らした本音。情けなくも俯くこの男、先程から己が一言も否定の言葉を出していないことに気づいていない。
一言「弟子との婚姻などお断りだ」と言えば、とりあえずこの場は切り抜けられるのに。
「ほーら、見ろ。相当拗らせてるゲコ」
これは根が深いゲコよ〜、と、湯呑を啜りながらゴコクが呟いた。