「おつかれさ〜ん」
「それじゃあモリヒト、動画編集よろしく」
「任せておけ」
とある休日の朝。ケイゴ……もといケイコのYouTubeチャンネルへの協力のためにT.S.レボリューションという魔法で女性化した彼らは、ミハルンの寝起きドッキリ撮影を終え、撮影した動画をモリヒトに渡し解散しようとしていた。
「魔法解除してもらう前に着替えてくるわ」
「私も」
女物の服を着たまま男に戻るのは抵抗があるらしく、カンナとケイコは一旦自室へと戻っていく。
「ミハルンはどうする?」
ぼんやりとしているミハルンにニコが声をかける。まだ眠いのだろうか。
「ん……、ニコさんこの魔法ってあとどのくらい持ちますか?」
「えっと、1日くらい持つはずだよ。昨日寝る前にかけたから、今日の日付変わるくらいには解けるかなあ」
「じゃあそのままで良いです」
ふわりと笑ったミハルンは「遊びに行ってきます」と言って部屋に戻って行った。
***
「……せっかくだし、可愛い服が欲しいな」
いつもの長袖シャツとズボンに着替えて家を出たミハルン。ボーイッシュな格好としてはアリだが、せっかくだし、女の子らしい格好をしてみたいと思う。駅周辺の店舗が集まる場所なら何かしらあるだろう、と足を進めていく。
特に当てもなく歩いているとマネキンやディスプレイされた洋服が目に入る。
ふらりと入った店では色とりどりのワンピースやスカートなどが並んでいる。
店内を見て回っているうちにいつの間にか試着室に通されていた。店員に言われるまま試着した姿を見ると鏡の中には美少女がいた。
(良いじゃん)
胸元にリボンの付いた黒いブラウスに、落ち着いた花柄のロングスカート。やっぱり黒は良いね、なんて思いながら一式購入し店を出る。
この後どうしようかな、などと考えてふと、親友の存在を思い出す。
『今日暇?一緒に遊ぼ』
LINEを開きメッセージを送る。するとすぐに既読マークがついた。
『良いぞ。どこへ行く?』
『今駅周辺ウロウロしてるからその辺で』
『すぐ向かう』
『改札前で待ってるね』
前に駅集合したときに入れ違いになったのを思い出しながら、駅へ向かう。改札前で待っていれば大丈夫だろう。そう思いながらジキルが到着するのを待つことにした。
***
電車が到着したのか大勢の人間が改札から出てくる。ミハルンはその中から見知った顔を見付ける。ジキルの方はミハルを探しているのかキョロキョロと周りを見渡している。
「ジキル」
ジキルの元へ駆け寄るとジキルはポカンとした顔で固まった。
「え……と、どちら様ですか」
それもそうだ。今のミハルはミハルではなく、魔法で完全に女性化したミハルンなのだ。髪型も服装も違う姿では分かるわけもない。ギリギリ顔は同じかもしれないが。
えへへと苦笑いしながら「ミハルだよ」と答える。
「ミハル……?」
言われてみれば顔はミハルにとてもよく似ている。先ほどジキルと呼ばれたことといい、ミハルの知り合いなのは確かだ。ああそうか、きっときょうだいなのだろう。姉か妹かはよく分からないが。よく似ている。……いとこのような血の繋がった親族の可能性もあるな、なんて勝手に納得をした。ミハル本人だという発想はかけらもなかったようだ。
「ミハルンて呼んで」
「ミハルン……」
「見てこれ、さっき買った服。似合う?」
ひらりと揺れる花柄のロングスカート。ふわりとウェーブした髪もなびいてさらりと流れる。ミハルンの姿を見たジキルは顔を赤く染めると目を逸らす。
「ああ、とてもよく似合っている」
照れくさそうな表情をするジキルを見てミハルンも少し恥ずかしくなる。
(なんか、変な感じ)
「……あ、ありがと。ねえ、お昼ご飯食べに行こ」
「ああ」
親友の親族なら仲良くしておいて損はないだろう。そんな気持ちもあってジキルはミハルンに付いていくことにした。ドキドキと心臓を高鳴らせていることには気付かずに。
***
「美味しかった」
「ああ」
ランチを終えて満足げなミハルンとジキル。お腹も膨れたしどこかに遊びに行こうと歩き出す。
ゲームセンターを覗いてみたり、雑貨屋を見て回ったり、本屋に入ってみたりと、2人で街を巡る。
ジキルは隣を歩くミハルンをチラリと見る。ミハルによく似た美少女。
そういえばミハル本人はどこへ行ったのだろうか。LINEはあれから連絡がない。しかしこの初対面とは思えぬ妙に自分に懐いた少女を見て、きっとこの子とデートするよう仕組まれたのだろうなと察する。
あまり口数の多くない、大人しい少女。というのも、ミハルはモリヒトプロデューサーに、『ミハルはあまり喋らせない方がいい』と言われたのを律儀に守っていたのだ。そのせいで、幸か不幸かジキルはミハルンを大人しくておしとやかな少女だと思い込んでいた。
ジキルは楽しげに笑うミハルンを見る。
(可愛い)
素直に思う。コロコロと変わる表情や明るい笑顔。そして何より無邪気で人懐っこい雰囲気に好感を抱く。
ミハルによく似た容姿をしているものの、かなりの美少女だと思う。実際街を歩いていても道ゆく人の多くが振り返るくらいだ。ジキルは自分がミハルンに異性として惹かれているのを感じていた。
***
日が落ちてきて、そろそろ帰ろうかという流れになった。
「家まで送っていく」
ジキルの方が隣町だし遅くなっちゃうから良いよ、と一度は断ったミハルンだが、夜道を女の子一人で歩かせるわけにはいかない、と食い下がるジキルに押し負けてしまった。
「ジキルは優しいね」
ふわりと笑うミハルンにジキルはドキリと心臓が高鳴った。こんな可愛らしい女の子を一人で帰すわけにはいかない、そう強く思った。
***
日が落ちるのが早くなった。薄暗くなった道を二人で歩く。
ミハルンはさりげなく車道側を歩いているジキルに気付いて微笑んだ。そういえば、店の扉を開けてくれたり、エレベーターでもドアを押さえて先に乗せてくれていたりしたなと思い返す。こういうところが紳士的というかなんと言うか、女性扱いされてなんだかくすぐったい気持ちになった。
嫌ではない、というか魔法で女性化した影響だろうか、嬉しいとすら感じるのだから不思議だ。
ふとジキルの顔を見上げると、ジキルも同じタイミングでこちらを向き目が合った。ミハルンは慌てて視線を逸らすが、頬は赤くなっているのがジキルにも分かった。
「……ミハルン」
「なに?」
「手……繋いでもいいか」
言いながらジキルは手を伸ばした。
「いいけど……」
ミハルンはその手に自分の手を重ねる。ジキルの手は大きくて温かい。
手のひらから伝わるジキルの体温と、流れてくる生気から彼の気持ちを感じてミハルンは嬉しくなる。どうしようもなくドキドキしてしまう。
真っ赤になった二人は無言のまま道を歩く。そうして家の前まで着く。
(見覚えのある道だと思ったが、ここは……乙木家?)
前に乙木家に遊びにきたときはミハルンはいなかった記憶があるが、たまたまそのときいなかったのだろうとか、ミハルの実家は遠いと聞いていたから、この週末にだけ遊びに来ているのだろう、などとジキルは脳内補完をした。
「送ってくれてありがと。ジキルも気を付けて帰ってね」
「ああ」
これでお別れになってしまうのか。次はいつ会えるだろうか。そもそも次なんてあるのだろうか。そう思うとここで別れたくなかった。もっと一緒に居たい。いや、それよりも今すぐこの気持ちを伝えたい。そう思ったらもう止められなかった。
「ミハルン」
「ん?なに」
「好きだ」
「……えっ!?」
ジキルは顔を赤くしてまっすぐミハルンを見つめている。ミハルンも驚いて顔が赤い。
まさかジキルに告白されるとは思ってもみなくてドキドキしている。でも、嬉しい。
ジキルに見つめられて胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚になる。この感情が何なのかまだハッキリとは分からないけれど、とにかくこの目の前にいる少年を愛おしいと思った。
「……わ」
私も、と言おうとした瞬間、パァッと一瞬ミハルンの身体が光に包まれ、元のミハルの姿に戻った。
「…………え」
「……あれ!?……日付替わるくらいまでは持つってニコさん言ってたのに!」
ジキルは固まっている。それはそうだ。告白した女の子が突然見知った男の親友の姿になってしまったのだから。
「あー……、えっと……」
突然元の男に戻ったことにより、ミハルは先ほどまでのドキドキが一気に冷めてしまった。やはりあの高揚感は魔法で心まで女性化していたからだったらしい。どうしたものかと言葉を探していると、ぽつりとジキルが口を開いた。
「……今の告白は、……なかったことに」
「あ、……うん」
俯いてメガネを抑えているジキル。きっと彼なりに色々考えているのだろう。
「ご、ごめんね、ジキル。びっくりさせちゃったよね。……でも、ありがとう。すごく、嬉しかったよ。じゃ、また明日学校で!」
ミハルはそれだけ言うと、急いで自宅へと駆け込んだ。
残されたジキルは呆然と立ち尽くしていた。
***
翌日の放課後。校舎裏のいつもの集合場所。
「……おまたせ」
「……オレも今来たところだ」
先に待っていたジキルにミハルが声をかける。ジキルはミハルの方を見ることができず、目を合わせないまま挨拶を返した。
「昨日はごめんね。なんか変なことになっちゃって」
「いや、オレも……勘違いをしていたようだし」
そういえば最初に会ったときにミハルだと自己紹介をしていたことを思い出した。全て自分が確認せずに勘違いしたままだったのが悪いのだ。
「ニコさんにね、性別転換する魔法をかけてもらったからジキルに見せようと思って」
「……そういうことだったのか」
「説明してなくてごめんね」
ミハルは申し訳なさそうに笑った。ジキルはその笑顔を見てドキッとする。
(いやいや、ドキッじゃないだろう)
ミハルンと同じ顔のミハルになんだかドキドキしてしまう。
オレはこの顔に惚れてしまったのか?いや今のミハルは男だぞ、と自分に言い聞かせるが、惚れた少女と同じ顔をした少年を見るとどうしても意識してしまう。
「吸魂、していい?」
「え、あ、ああ……ほら」
腕をまくり、ミハルが腕を軽くつまむ。
「……ありがと」
生気が吸い取られる感覚と共にジキルの心拍数は上がる。ミハルの顔を見ていると、昨日のミハルンのことを思い出してしまい、さらにドキドキしてしまう。
(落ち着け!相手は男だろ!!)
そう思えば思うほど、余計に意識してしまい、心臓の鼓動は速くなっていく。
そんなジキルの生気を吸うミハルもまた、伝わってくる生気からジキルの思いを感じて戸惑っていた。
(どうしよう……)
芽生えたこの気持ちをどうしたら良いのか分からないまま、二人はしばらく無言のまま時間を過ごした。
おわり