お昼寝するミハルくんのジキミハ乙木家の玄関のチャイムを鳴らす。ピンポーン、という音が響く。
ミハルはここで人外の子孫たちとルームシェアをしている。いつでも遊びに来て良いよ、と言われていたのもあり、近くにきたから寄ってみることにしたのだ。
直前にミハルにLINEを送ったのだが返事はない。既読も付いていないので出掛けているのだろうか。まあいないならいないで問題はない。ここにいる人たちと話をするのも楽しみのひとつである。
少し待つとガチャリと扉が開く。
「おっ、ジキルやっけ?久しぶりやな」
出迎えてくれたのは関西弁の男、天狗のカンシさんだ。
「こんにちは。近くまで来たので遊びに来ました。ミハルくんはいますか?」
「おるんやけど、今部屋で昼寝しとるわ、まあええからええから、上がっていき」
「お邪魔します」
LINEの返事がなかったのは寝ていたからだったのか。お言葉に甘えてお邪魔することにする。
「そろそろ起きてくる頃やと思うんやけどな〜、なんならミハルの部屋行って起こしてきてええで。2階の、場所は分かるやろ」
「はい」
2階に上がり、ミハルの部屋の前に立つ。
コンコン、と軽くノックをするが反応がない。ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかったようで簡単に開いた。
中に入るとベッドの上にこんもりとした布団があった。
どうやらまだ眠っているようだ。
オレはその布団に近付き、ゆっくりと剥ぎ取った。
「ミハル、そろそろ起きたらどうだ」
そこにはスヤスヤと眠るミハルの姿があった。
白い肌に長いまつ毛、サラサラした金髪がシーツに広がる様はとても綺麗だと思った。
その無防備な姿に思わず見惚れてしまう。……いかんいかん、何を考えているんだオレは。
「……ん……」
「起きたか」
目を覚ますミハルに声をかけると眠たげな眼差しでこちらを見つめてきた。
「……あれ、ジキル……?なんでここにいるの?」
まだ寝ぼけているようで、いつもより口調が柔らかい気がする。そんな様子もまた可愛らしいと思ってしまうのだから困ったものだ。
「近くまで来たから遊びに来たんだが……」
「あっそうかこれ夢かあ」
言いかけるとミハルは突然腕を伸ばして抱きついてきた。
「み、ミハル!?」
「ふふっ、ジキル大好きだよ」
頬を赤く染めながら微笑むミハルはあまりにも愛らしくてクラっとしてしまう。いやいや待て待て。何だこの状況は一体どういうことだ。混乱している間にミハルの顔がどんどん近づいてくる。いや待てそれはまずいのではないか!?
「おっおい!ミハル!!」
慌てて声を上げるとピタリとその動きを止めてくれた。良かった……。
「……あれ?夢じゃない……?」
「やっと目が覚めたか」
呆れたように言うとミハルはハッとして慌てて手を離す。そして自分がどんな状況だったかをようやく理解すると顔を真っ赤にして俯く。
「違……っ、今ボク寝ぼけてて……その……」
恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で呟いているのを見るとやはり可愛いなと思ってしまった。
「大丈夫だ気にしていないから」
安心させるように声をかけるがミハルはなんだか気に入らなかったらしい。
「気にしてないの!?」
「は!?」
いきなり大声を上げたかと思うとミハルはキッと睨みつけてくる。何か怒らせるようなことを言っただろうか?
「ボクがあんなことしちゃっても全然気にならないって言うの!?」
「あんなことって……」
先程の事を思い出してしまいこちらも顔が熱くなる。
「確かに寝ぼけてたけど……、ジキルのことが好きなのは本当だよ……」
上目遣いで言われてドキリとする。本当に勘弁して欲しい。これ以上オレの理性を削らないでくれ。
「お、オレだってオマエのことが好きだぞ!」
もう自棄になりつつ告白してしまった。だがミハルは驚いた表情を見せるとまたもや頬を赤く染める。
「ほんとに……?」
「ああ。オレがどれだけ我慢していたと思っているんだ」
そう言ってやるとミハルは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「我慢しなくていいのに」
「バカを言うな。そういうことはちゃんと順序を守ってやるものだろう」
「真面目〜」
「当たり前のことを言っているだけだ」
「でも嬉しいよ。じゃあキスしちゃおっかな」
悪戯っぽい笑顔を見せたかと思うとミハルは唇を重ねてくる。触れるだけの優しい口付けに頭がぼうっとしてくる。しばらくして名残惜しげに身を引くとミハルがうっとりした顔で言った。
「今……キスしたところからジキルの生気伝わってきた……、なんか、すごく良い……」
「そ、そうなのか……?」
「もっとちょうだい」
「え?」
再びミハルの顔が近付いてきて、今度は深く口付けられる。舌を差し込まれ、吸われる度に身体に甘い痺れが走る。
「んっ……」
鼻にかかった吐息が漏れる。ダメだ、気持ち良すぎて力が抜けていく。
やがてミハルは満足そうに口を離すと、蕩けた瞳でこちらを見つめてくる。
「口で吸ってるからかな、なんか美味しい気がする」
「そ、それは良かったな……」
「うん、ありがと」
無邪気に笑う姿に胸の奥がきゅっと締め付けられた。こんなにも可愛くて愛しくて、ずっと大切にしたいと思う存在に出会えるなんて思っていなかった。
ミハルの髪を撫でてやるとくすぐったそうにしている。その姿がとても幸せそうだから、もう少しだけこのままでいたいなと思った。
「ねぇジキル、お願いがあるんだけど」
「どうした?」
「あのね……」
甘えた声でミハルが言う。
「もう一回チューしてもいい……?」
オレは苦笑いしつつ答えてやった。
「好きにするといい」
それからしばらくの間、ミハルは何度も何度も口付けを繰り返した。その度に生気が吸い取られていったけれど不思議と嫌ではなかった。むしろミハルとこうして触れ合えて、求められているという事実がたまらなく嬉しかった。やがてミハルはふぅ、と一仕事終えたかのようなため息をつく。
「あー満足!ごちそうさま」
「それは良かったな……」
「ジキルは大丈夫?疲れてない?」
「問題無い」
普通の人間ならミハルに生気を吸われると倒れたり消耗したりするらしいが、オレにはそんな影響は無い。
むしろ溜まっていた破壊衝動が抜けてスッキリしているまである。
それどころかミハルに触れられて幸せな気分になっているくらいだ。
「良かったぁ」
嬉しそうな笑顔を見るとこっちまで心が暖かくなって自然と笑みがこぼれた。
「ねえジキル」
「なんだ」
「これからもよろしくね」
その言葉が何よりも嬉しく感じられた。だからオレは迷わずこう答えるのだ。
「ああ、末永くな」
end