ドルパロさめししルート プロローグ(仮)ラブストーリーも厭わない。
~プロローグ
俳優―村雨礼二の自宅はおびただしい棚に囲まれている。
他人と顔を合わせるのが嫌で、それでも、利便性を取って、マンションのワンフロアを自宅にした。初めはエレベーターの待ち時間やたま顔を合わす住人に煩わしさを感じたが、皆、他人と距離を置きたい都会人だ、言葉も会釈も交わさなくともお互い気にしなかった。
それよりも距離感がわかっているコンシェルジュに宅配やクリーニングを頼めるのが楽だった。部屋の掃除も週に一度ハウスキーパーに入れている。おかげで棚に陳列された物には埃ひとつも溜まっていない。
今まで出演した全ての作品の台本に、それらの関係書籍。出演した作品のDVD。出演しなくとも、観劇した舞台の台本にDVDに、小説、演じた役柄のため医療関連書籍に、警察関連書籍、犯罪関連書籍…etcetc。それらは村雨の才能である優れた記憶力により、どこに何があるかまでではなく、どのページに何が書かれているかまで把握されていた。だから、言わば、この棚は村雨礼二の脳であり、記憶であり、記録である。
だから、村雨は迷うことなく、ひとつのファイルを取り出せた。それは今まで携わってきた作品のパンフレットやフライヤーを収めていて、ファイルの背表紙には年号と期間が書かれている。
記憶の通りだが、目にしたのは2年前か。ファイルにはもちろんページ数は無い。ゆえに指で大体のあたりを付けて、ページを流す。あるページを開くと、そのポケットから収まっていたページを引き抜いた。
それはフライヤーでも、パンフレットでもなく、正しくページだった。正しくはファッション雑誌の1ページだ。このファイルには異質なものだが、紙類を収めるファイルの中ではこのファイルが適切だった。まさか、例えば、医学の解剖図やレントゲンをコピーしたファイルに入れたら、もっと異質で、分類分け的に気持ち悪いだろう。
そのページがなぜこのファイルに収まっているのか、村雨の記憶力を持ってすれば、全て思い出させる。子役として共にデビューして、今もドラマ俳優を主としてバラエティーやトーク番組にも顔を出す兄にしてみれば、「礼二はやっぱすげえな!」の一言で済まされているが、村雨にとっては持って生まれたもので当然のものだった。
デビューした時のセリフを言えと言われれば言えるし、兄の出演作品を列挙しろと言われれば全て時系列で口に出せる。この雑誌は楽屋に置かれていた。待ち時間の暇つぶしとしてスタッフが用意したものだ。
もちろん、普段の村雨はそんなものに興味はない。ゆえに開くつもりはなかった。たまたま、共演していた役者が粗暴で、スタッフに呼ばれて離席する際に雑誌を乱雑に戻したのだ。
ページが寄れた状態で開いたまま、伏せられた雑誌。村雨は書物に対しては多少の興味も関心もあった。書物は村雨にとって、物事をわかりやすく記してくれて、記憶しやすい媒体となったもので、世話になっていた。
だから、戻したのだ。雑誌を拾い、ページの寄れを戻した。その際に、目についたページだ。それは表紙を飾る男の撮影風景を撮られたオフショットをまとめたページだった。金髪の髪を上げて、形の良い額に眉を寄せて、こちらを見下すような目をして、シャツのボタンを無駄に開けた筋肉をひけらかしていた男が、髪を下ろして遠くを見ていた。
完全にカメラから意識を反らしている。プロとして撮影現場でその顔を晒すのはどんなマヌケだと思ったが、その横顔が欲しかった。だから、わざわざ悪趣味な表紙の雑誌を取り寄せて、そのページだけ切り抜いて、ことあるごとに眺めた。
この顔が、今の映画に必要だと思ったからだ。村雨の役は、エリートの警察官が現状に不満を抱き、隠ぺい体質の上層部を暗殺していく役だった。表紙の輝かしく自信満々で高慢ちきな男が、何を絶望して何を不満に思っているのか知らないが、この横顔は役立った。
映画のメインビジュアルが警察帽を脱ぐ村雨の横顔になったのも、村雨にとっては当然の結果だった。そのページは映画のクランクアップと同時にファイルされて、それまで存在を思い出すことは無かった。
まさか、その顔が、高慢ちきな男の顔でも、泣き黒子が涙にさえ見えるような顔でもなく、年下のアイドルに引き連れられて、ずいぶん人間らしい顔をして現れた時は驚いた。
驚いたと言えば、その驚きの意趣返しのつもりだったが、この間のドラマの顔合わせはずいぶん楽しませてもらった。あの男の顔といったら、整っている顔のくせに感情が大げさなため、表情で簡単に顔を崩す。
あれを長所と捉えれば、舞台映えすることだろう。動作も大げさだしな、と久しぶりにこの横顔を見たかったらと眺めていたら、来訪者に見られて、面倒になる。別に隠し事ではないが、いちいち説明して納得させることを考えると面倒極まりない。
それよりも、と先ほどコンシュルジュから受け取ったダンボールを開けるべきだ。あの中身を見た時の反応のほうがよっぽど見るに値する。たとえそれが想像通りでも、愉快さに喉の奥が鳴る。
部屋にインターホンが鳴る。ファイルを戻して、カメラに向かう。そんな顔もできるのかと、きょろきょろと所在なげに不安に泳ぐ視線、初めての来訪に緊張に結ぶ唇、血色のいい肌は赤味が差しやすく、青い目と相対してよく目立つ。
「どこを見ている、さっさと上がって来い、マヌケ」
「うるせえ!てめえが開けねえと入れねえだろうが!」
「開けたから上がって来いと言っているんだ、マヌケが」
何か吠えているが、存外素直な男だ。すぐにやってくるだろう。それよりも、段ボールを開けてしまおう。開封すると、今し方、カメラ画面で見た顔がすぐ再会した。