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    Mame___144

    @Mame___144

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    POIPOI 344

    Mame___144

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    コメディなのですが、人間を食べる人外が登場したり、人が死ぬ描写・暴力・人身売買や売春を匂わす描写・外見が未成年の化け物が人間をセックスに誘ったりレイプ未遂描写があります。今回もその後もセックスシーンは一切無いです。

    次→https://poipiku.com/208731/8107698.html

    ##小説
    ##人食い

    人食いの化け物の話1 1

     かつては山紫水明と謳われたその森には狐狸と共に人食いの化け物が出る。
     山間に住み、迷い込んだ人間を騙くらかして食べる。見目麗しい人間に化け、情交に誘うフリをして人の口がある部分から股の間までパックリと裂けるようにしてある大口を開けて、鋭利な牙が所狭しと生えたそこで人間を呑み込む。そういう化け物だ。
     ヘマもその人食いの化け物のひとりとして生まれた。
     ヘマは人間への変化はかろうじてできるが、一つの姿しかとれない。同族の人食いと同様に見目は美しく青年と少年の中間あたりの男の姿ではあるが、人間を誘い込む話術も下手くそで、ろくろく食事にありつけない。
     ヘマという名前もそのままの意味で他の人食いに昔あだ名されてついた名だ。
     狩りが下手なヘマは他の人食いが食べ残した人間の骨張った手足だとかのおこぼれにあずかったりだとか、こっそり人の墓を掘り返したりだとかして生きてきた。
     そんな風でも、これまでなんとなく生きてこれたので、楽観的で計画性がなく忘れっぽい……一言で言えば、ちゃらんぽらんな性格をしていた。
     褒められもしないが、気ままで難しいことは考えなくてもよい。ヘマもこうした生活がずっと続けば良いと思っていた。


     夜。ヘマは燃える山の木々の中を盗賊から逃げていた。
     山の麓の村に騒がしい気配がするから祭りかと思いホイホイと釣られていけば、(祭りは人間が浮かれる絶好の狩り時らしいのだ)盗賊たちが村を襲っている最中だった。
     背中からバッサリと斬りつけられて絶命したであろう大柄な男の死体が足元に転がっている。
     誰も手をつけないのなら持って帰って今日の晩餐にでもしてやりたいと思ったが、ヘマの小柄な身体では山の中の棲家へ持っていくのは一苦労だな、と考えてボンヤリ立ち尽くす。
     村の奥の方からは次々大きな怒号と悲鳴が聞こえてくる。祭りの囃子の代わりに火がゴウゴウパチパチと鳴っている。
     どこからか火が出たのか燃えた家屋から近くの林に火がつき、山の木々にまで火がまわりそうだった。これでは死体を持って帰るどころか、しばらく住む場所を変えなくてはならないだろう。

    「まだこんな所にガキがいたのか」

     声に振り向くと血のしたたる剣を持った盗賊が立っていた。
     しまった、全部持ち帰ろうなどと贅沢なことは考えずにこの場で内臓だけでも食べておけばよかった、とヘマは思った。
     盗賊は逃げ出そうとするヘマの髪の毛を素早く引っ掴むと、高く売れそうなガキだ、と機嫌良くつぶやく。ヘマは逃げ出そうともがくが瞬く間に首に剣を突きつけられてしまった。
     ヘマは人食いの化け物ではあるが、そう強くはない。強かったらわざわざ人を床に誘い込むような真似はしなくてよい。
     それにしても綺麗なツラのガキだな、と下卑た笑みを浮かべながら盗賊はヘマの顎を掴む。ヘマは口から股の間まで続く長い口の、顎の下あたりだけを開いて盗賊の手に噛みついてやった。

    「いてェッ!」

     予想外の痛みに盗賊は反射的にヘマを殴りつけた。そのままの勢いで地面に投げ出されたヘマは、これ幸いと素早く身を起こして走り出した。後ろから盗賊の怒号が聞こえる。
     ヘマと同種の弱い人食いは、話術と同じくらい逃げるのが上手くなければ生き残れない。これだけはヘマはこの歳まで生きている事実相応に得意だった。
     燃える木々の中を逃げる。予想外の反抗にしてやられた盗賊は頭に血を上らせてしつこくヘマを追ってきた。
     いつもならその辺の大の男よりもこの山道を上手く動けるヘマが山賊をまいてしまうのは簡単なはずだったが、山の火のまわりがことのほか速く、思うように逃げられない。
     ああ、おれの棲家のあたりも燃えている。明日からまた新しい棲家を探さなきゃ……。
     ちらりと燃える山に目をやった一瞬の隙に、いつの間にか距離を縮めていた盗賊にむんずと肩を掴まれた。

    「ぎゃっ」
    「手こずらせやがって、このガキ!」

     ヘマは地面に引き倒され、握り拳で何度か顔や頭を殴りつけられる。このままでは殺されてしまう。最期に内臓を食べておけばよかった!
     そんなことを考えながらじっとして殴られるままにされていたら、抵抗の意思を折ることに成功したと解釈した盗賊は荒い息を吐き出しながら腰帯を緩め下履きの前を寛げ始めた。

    「まったく、これだけ苦労させられたんだからちょっとくらい味見してもバチはあたらねえだろ」

     どうやらこの男はヘマを犯そうとしているらしい。しめた、このまま油断させて頭からバリバリ食べてしまおう! 盗賊の仲間からは離れているし本当に好都合だ。
     棲家は失うし殴りつけられるし散々だったが、初めての狩りの成功の見込みが出てきたヘマは内心上機嫌になった。
     元々仮の棲家だったし、新しい場所を見つけるのが面倒なだけで、失ってもそう悲しくはない。収支でいえば少しばかりの黒字だろう。
     口角が上がりそうになるのを堪えながらダメ押しで正体がバレないように怯えたフリをしてだれか助けて、と声を上げる。
     また殴られて、背中を押さえつけられてぐえ、と潰れた蛙のような声が出る。また要らないことをしたらしい。演技に熱が入りすぎたな、おれが演技派であるばっかりに……。
     そんな詮のないことを盗賊の荒い息を伴奏に考えていたら、ぶしゃっと温かい液体が頭の上からぶっかけられる。一拍おいて盗賊の首がごろんと目の前に落ちてくる。驚いた顔と目が合ってしまった。盗賊はまぬけな顔をしていたが、それを見るおれも同じくらいまぬけな顔をしていたに違いない。
     おれの初めての採れたてごはん(予定)が!
     
    「怪我はないか」

     上の方から降ってきた声の方に顔をあげると、新鮮な血が滴る大剣を持った大男が立っている。
     山の中で隠れ住んでいるせいで土埃まみれの山賊とは違って清潔な服を着ており、なんとなく背筋がしゃんとしていて、表情からは賤しさは感じられない。盗賊の仲間割れという訳ではなさそうだった。
     剣客というものだろうか。昔話でよく人食いの化物を斬る奴だ。

    「おい、もう大丈夫だぞ」

     返事をしないまま大男を観察していたら、表情は変わらないまま少し心配するような声音を出す。
     さっき同族を斬ったというのに、さっきの盗賊のように眼の血走った感じがない。人を斬り慣れてやがる。なんだ、人食い殺しより人殺しのようだ。おれの正体だってバレちゃいない、とヘマは安堵した。
     ほっと一息つくと、初めて成功の見込みがあった狩りがこの無粋な乱入によって失敗に終わったことを思い出して腹が立ってきた。
     ご馳走をみすみす食べ逃した上に動き回ったのでおなかも空いた。こうなればヤケクソだ。この目の前の大男でも狩りの獲物にしてやろう。
     同族が昔、人間は戦った後は交尾したがるので戦の後は狙い目と言っていた。先程凪いだ目を見たばかりだが、まあなんとか行けるだろう、とヘマは考えた。おれはひとつの姿にしか化けられないが、それを余りあるくらいにおれの姿はかわいくて美人なのだ! ヘマは自分を過大評価するタイプだった。
     着物の前を少し開いて大男の懐に擦り寄る。男が面食らったような顔をして制止の手を伸ばしてくるので、それを掴まえて胸のあたりに這わせ…ようとしたが全然ビクともしない。

    「やめろ」

     軽く振り払われそうになって、なにくそ! と腕にしがみついて抵抗する。太くてあたたかい腕だ。食べたらどんな味がするだろう。いい匂いする。
     せめて味見だけでもしてやろうと指に齧り付く。全然歯が通らない。人間の姿だと顎の力が弱すぎる。皮膚の表面ってしょっぱくて美味い。

    「おい、やめろ。そんなことしなくていい」

     ついに頭を押さえつけられて、口から指を引き抜かれる。軽く噛み跡がついた涎まみれの手をばっちいものを払うように振られる。ヘマは大変心外な気持ちになった。
     男は目の前の錯乱した子供を落ち着けようと大きな手でヘマの肩をさすった。
     ヘマはそれを見ながらそういえば戦の後は狙い目! とほざいていた同族は結局戦の後の男に戯れに殺されたのだったと思い出してため息をついた。
     それを男は落ち着いてきたのだと判断し、ヘマにどこかに隠れているように促した。
     よし! 隠れるフリして逃げよう! とヘマは思ったが、男はヘマとその辺に転がってる盗賊の死体を交互に見て、ヘマの手を引いて村の方へ向かい始めた。そして村の近くの茂みにヘマを隠してここで大人しくしていろと言うと、村の方へ向かって行った。村はまだ火のパチパチいう音はしたが、ヘマが来た時よりも静かになっていた。
     ヘマは男の足音が聞こえなくなったらとっとと逃げるつもりだったが、さっき村の中に落ちていた食べ損ねたご馳走のことを思い出し、折角だしやっぱり内臓だけでも食べようと考えて、茂みを抜け出して足音を殺しながら村の方へ向かった。ヘマは学習しない奴だった。
     生木の燃える匂いばかりだった森とは違い、村からは肉の焼ける良い匂いがした。ヘマは生肉も好きだが焼いた肉も好きだ。
     匂いにつられてフラフラ歩いていくと、何故か村の中を彷徨いていたあの大男に出くわし、また捕まってしまった。おれを声を荒げずに叱りながらも、男は人を斬った時よりも蒼白な顔をしていて、そんなに恐ろしいものでも見たのかと不思議に思った。男が村の中をうろついていたのは転がっていた死体を一所に集めて並べるためだったらしい。なんてことだ。この男の目を盗んで死体を食べるのは無理じゃないか。

    「他の村の人は」

     大男に聞いた。男は少し黙った後に、押し出すような声で、最初にいいか、と告げてから話した。
     盗賊に攫われたり、辱められないようこの村の女と子供は皆この村で一番丈夫な蔵に隠れた。抵抗した男たちが殺され、蔵まで迫った盗賊たちに錠をかけた扉をこじ開けられそうになり、いよいよダメだと判断した女たちは、蔵に自ら火をつけたらしい。
     そう男は言って、口を一文字に固く閉ざした。
     ヘマには村の女がどうしてそんなことをしたのか、人を簡単に斬れる男がなぜそんな顔をするのかも分からなかった。

     2


    「お前、行くところはあるのか」

     男にそう聞かれた。特に次の棲家をどこにするかは考えてなかったので、ないと答えた。
     男は深くため息をついた。何故かおれの体を抱き上げて、夜の中を歩き始めた。生きた人間の体は温かいもので、食欲をそそられる。
     寝ていろと布を被せられたが、それよりも美味しそうな肉の温かさを感じたくて布から頭だけ出して男の肩口の辺りにぐりぐり頬擦りした。
     ああ、美味しそう。齧ったら殺されるかな。何度か頭をぽんぽん叩かれた。あたたかくて、太くて、美味しそうな手のひら…。

     歩き始めた頃には既に夜もかなり更けていて、隣の村に着く頃には空が白み始めていた。
     そこで俺はようやく腕から下ろされ、村の中に連れて行かれた。農耕をやっているような村人は皆早起きで、既にちらほらと人が出歩いていた。村人は見慣れぬ来訪者を遠巻きに眺めていたが、男が焼けた村の話をすると、皆驚愕して顔を青くした。
     男は村の老人となにやら話を続けているのをぼんやり見ていたら、村の女の人がこっちにおいで、お菓子をあげましょうね、と言うのでホイホイついて行った。人間の食べ物は腹には溜まらないが、甘いものは好きだった。人間も腹には溜まらない煙を食べたりするらしいと聞くので同じようなことだろう。
     連れて来られた小屋で喜んで菓子を美味いうまいと食べていると、女の人がしきりに笑顔で話しかけてきたり、代わる代わる村の人間がおれの綺麗な顔を見に来てちやほやしてくるのでしばらくかなり良い気分でいた。
     しかしどうにも、ここは良い所だよとか、もう大丈夫とか、なんだか引き止めるような話をしてくるし、おれの顔を見にくる中には小屋を覗いては何かヒソヒソ話してたりさめざめと泣く者もいた。雲行きが怪しい。もしやあの剣客になにか騙されているのではないか、と思い至った。
     慌てて小屋を飛び出す。
     女の人がなにか言ってたが聞く暇はない。剣客の男は何処へ行ったのか、とその辺を歩いていた村人に問えば、「老人と話し終わった後に村を出て行ってしまった」と言う。
     なんてことだ! 困る! 
     人食いの化け物は村で暮らすのには向かない。余所者が入ってきた後に村の人間を食えば真っ先に疑われるに決まっているし、大勢に取り囲まれてしまえばひとたまりもない。万が一逃げ出せたとしても、ひとつの顔にしか変化できないヘマでは、人相を覚えられてしまえばその辺り一帯での狩りの成功率はグンと下がる。元より成功した試しがないのに!
     人食いが襲うなら、剣客のようにひとりで山の中をフラフラするような人間が一番いい獲物なのだ。鹿を食べる肉食獣だって群れからはぐれた鹿を襲うものだ。ヘマも肉食獣に倣うべきだ。
     ヘマはそのまま村を飛び出し、山の中を人間の匂いを追って走り、途中からは疲れてとぼとぼ歩き、思い出したように走っては、疲れて歩いた。

     ようやく山の中で火を熾して野宿の準備をしている剣客を見つけた時にはもう日が傾きかけていた。
     剣客の男は目をまん丸にして驚いていて、少し胸がすいた。

    「なぜ、おれを置いていくんだ。おれも連れて行ってくれ」

     ヘマが怒りながらそう言うと、男は深く長いため息をついて、ヘマを近くに引き寄せ、布を男の飲み水で濡らして、ヘマの足を拭いた。山の中をがむしゃらに走ったり歩いたりしたので、足が傷だらけだった。人食いはそれくらいで弱ったりしないので、ヘマはたいして気にしていなかった。
     男はヘマを火のそばに座らせて、拭いた足を乾いた布で巻く。その間に懐から出した干し肉をヘマに渡して、齧っているように言った。ヘマはしょっぱいのはそんなに好きではないが、貰ったものは絶対返さない主義なので大人しく言われた通りに齧った。

    「あの村には、少しばかり金を渡してあった」

     男がポツリと溢す。

    「身寄りがないなら、あの村で暮らせばいい」

     そんなこと言われても…とヘマは思ったが、口には出さなかった。代わりに、めちゃくちゃに駄々をこねた。さめざめと涙まじりに(嘘泣きだが)懇願して、美味しそうな腕に縋りついた。肉がついてて美味しそうではあるが、おれが斃すには難しそうだ。男は言葉少なにヘマの形の良い頭を撫でてくれはするが、是とは言ってくれない。
     それなら、とヘマは「一夜の思い出にするから」と人食いの誘い言葉を使う。

    「お前、歳は」

     ヘマは言葉につまった。人食いと人間は姿は似ていても、成長のスピードは全く異なる。そのままの歳を言えば確実に怪しまれてしまうが、自分の外見が人間でいえばどれくらいの歳かなど、考えたこともなかった。他の人食いならこれくらいの質問は難なく答えられるのだが、ヘマはその段階にすら入ったことがないのでそんな質問をされるのも初めてだった。
     この男の好みもてんで分からない。とりあえず実年齢の倍くらいで答えた。

    「16」
    「じゃあ駄目だ」

     なぜ!と人食いは思った。おれの何が悪いと食い下がると、幼すぎると返される。
     おかしい。おれと同じ種族の人食いは3つの時から人を誘って食べる。変化できるとは言っても体の大きさは年齢に比例するから、3つの頃の大きさでも誘いに乗る人間はいるのだ。俺はそれより多分大きいはずだし、そういう行為をするに幼すぎるということはないだろう。
     どこが幼いのだと聞けば、全部、と返ってきた。全部だと! 困った。おれはこの姿にしかなれないというのに。
     うーんうーんと唸っていると、もう寝ろとヘマがすっぽり入れるくらい大きい布を渡され、きょとんとする。ヘマは元より山暮らしの生き物なので、その辺の土の上で寝るのは慣れているのだが、野宿に慣れていないと判断した男は一度渡した布を自分の手にとって、ヘマの体をを布で包んで寝かした。我慢しろと言われたが、中々快適なのでヘマは良い気分になった。
     そして気づいた。そうか、この男も眠るのだ。誘いに乗って来なくとも、寝込みを襲ってしまえばいいのだ! ヘマはうきうきしながら寝たふりに努め、男が眠るのを待ったが、男は座った姿勢で帯剣したまま周囲を警戒しながら目を閉じるのみだった。
     困る! ちゃんと寝ろ!

     日が上り、また抱きかかえられる。男はさらに山を下りていくようで、あの村に戻されるようなことはないらしく、ホッとした。

    「あの村にお前を置いていく」

     次の村の屋根が山の上から見下ろせる所まで来た時に、そう言われた。ついに奥の手を使うしかないと覚悟を決め、村に着くまで大人しくしていた。
     村についた途端、ヘマは大声で泣いて地べたに這いつくばって剣客の足にすがりついた。

    「んぎゃああ!おれのこと売らないでええ!!」

     男はそれはもう、ものすごく困惑した顔をしたし、周りの村人も何事かと集まってくる。これがヘマが昔人間の町に隠れ住んでいた頃に見かけた子供がやっていた交渉術で、ヘマの奥の手…「デカい声で泣いて喚きながら地面でジタバタする」だ! ヘマができる交渉術はこれしかない。
     騒ぎを聞きつけた村の男衆まで鍬だの鋤だの農具を手に握って出てくるものだから、剣客は慌てて地面でジタバタするヘマを抱き上げて、事情を説明した。
     村人は最初は半信半疑の警戒に満ちた目をしてたが、ヘマの可哀想な事情(男の勘違いだが)を聞き、ヘマがすんすん泣くフリをしながら男の首にぎゅーっと抱きついていると、だんだん生ぬるい目に変わってきた。剣客はやりづらそうな顔をしていた。ざまあみろ! とヘマは心の中で舌を出した。

     流石に連日の野宿のせいか、ヘマの駄々のせいか、疲れた男はその村の宿で寝台が2つある部屋とって、荷を解き手入れして、それが終わるとまだ日も高いうちに寝台に身を横たえた。
     ヘマはいよいよ寝込みを襲う好機が来たと内心ほくそ笑んだ。いつ寝入るかと隣の寝台に腰掛けて足をぷらぷらさせながら男を眺める。数分そうしていたら男はふと起き上がって、荷の中から数枚の銅貨を取り出してヘマの手の上に乗せた。

    「腹が空いたならこれで適当に買ってこい」

     そう言うと男はまた寝台に戻る。
     腹が空いたからいつ寝るか見ているというのに…まったくのん気なものだな! どうやらこの男は見られていると寝付きづらいようなので、仕方なく宿の部屋を出て小銭を懐に突っ込んで、村の中をぷらぷらする。
     そうしていたら村の人間たちが声をかけてくる。
     本当にあのお兄さんについてって大丈夫かい? 困ってることはないかい? 細っこいけどちゃんと食べさせてもらってるのかい?
     うん、うん、うん、と返事をする。質問攻めにされて辟易してしまったので、懐の小銭を突き出して、お菓子ちょうだい! と言うと干した何かの実がいくつか入った包みを貰った。すっぱくて少し甘苦い。小銭は丁重に返された。貰ったものは絶対返さない主義なのでこれも返さないことにしてありがたく懐にしまった。
     
     干した実をもぐもぐやりながら、宿に戻る。
     腹が空いて口寂しいから口に入れてたがあんまり好みの味では無かったので、包みごと男の荷物の中に放り込んだ。無駄にデカいのでよく食べるであろう。
     それから寝台を見やると男はようやく眠ったようで、胸が上下に動いている。1人じゃないと眠れないとか人間の赤子だ。あれ、逆だったか。ヘマはくだらない悪口を頭の中で唱えながら、男が眠る寝台に乗り上げる。
     男の胸や腹を、肉の手触りを確かめるように撫でる。よく鍛えられた身体は厚くて硬い。
     おれの口でこの肉を噛みきれるだろうか…。人間は内臓が一番美味いと聞く。初めて狩りを成功させたあかつきには絶対に食べてみたいのだ。折角仕留めたのに噛みきれなくて食べられませんでした、なんて笑い話にもならない。非常に困る。
     うーんうーんと温かい肉を触りながら思案していたら、手を太い腕で掴まれて、ひゃっと声が出る。
     見ると、目を閉じたまま煩わしそうな顔をした男がヘマの腕を掴んでいる。
     
    「変なことをするな」

     悪だくみがバレたかと思って咄嗟に腕を引こうとするが、そのまま引っ張り返されて男が眠る布団の中に引きずりこまれてしまった。

    「お前、16というのも嘘だろ」

     ぎくり。こういう時にヘマが口を開くとさらにボロが出ることをヘマは経験から知っているので、じっと黙っている。

    「そんなに人恋しいならこれでいいだろ」

     男はそれ以上追求することもなく、ヘマを腕の中に抱き込んで頭を撫でた。しばらくするとすぅすぅと規則正しい呼吸音が頭の上から聞こえてくる。
     よし今度こそ食べてやろう。そう決意して腕の中から出ようともがくが、努力虚しく男の太い腕にがっちりと捕まってしまい、脱出できなかった。困る。
     そもそも、まだ噛みきれるかどうかの問題は解決していない。というか、この強そうな剣客は男のアレを噛みちぎってやった所で本当におれが勝てる相手なのか? なんか手負いでも獣のように襲いかかってきそうな雰囲気があって怖いぞ。前途は多難であるように思われる。
     しかし、ヘマにとってまたとない機会でもあるのは確かなのだ。なんとかこの獲物をものにしたい…。
     うーんうーん、と考え込むうちに、ヘマは肉の温かさに微睡んで、スヤスヤ眠ってしまった。

     はっ! と嫌な気配を感じてヘマは布団を跳ね飛ばす勢いで飛び起きた。なにやらごそごそやっていたらしい男がおれの気配に驚いて振り向く。この男、出立の準備をしていやがる。
     再三言ってやったのに話を聞かずにまたおれを置いて行こうとしている! おれがあんまり長く眠る必要がない人食いだからよかったが、危うく置いていかれるところだった。全く油断も隙もない。
     ヘマは怒って男の荷物の一部を掴んで、人質にした。

    「これはおれが持つ!」

     だから逃げるんじゃない。お前はおれの獲物なのだぞ。そう言ってやりたいところだが我慢だ。バレてしまっては元も子もない。

    「はいはい」

     男はしばらく黙ってヘマを見つめていたが、ヘマが男の荷物を腹いせにぎゅうぎゅう潰すみたいに抱えてるのを見て諦めた顔になって、ヘマの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でた。
     そういえば、咄嗟に怒りに任せて荷物を引ったくってしまったが、この男を斃せる算段がつかないのを悩んでいたのだった。
     どうしたものか。とりあえずこの村にいるのも違うだろうし、男が次の村まで連れて行く気になっているようなので、そこまでになにか素敵な作戦でも考えよう。
     しかしヘマは楽観的で計画性がなく忘れっぽいので、次の街に着くまですっかり作戦を練るのを忘れてしまうのだった。

    つづく
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