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    Mame___144

    @Mame___144

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    POIPOI 344

    Mame___144

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    コメディです! 街娼についての話が出ますが性的な描写は一切ありません。

    前の話(1話)はこちらです→ https://poipiku.com/208731/7941648.html

    次の話→ https://poipiku.com/208731/8390721.html

    ##小説
    ##人食い

    人食いの化け物の話 2


    「お前、名前は?」

     人食いの化け物であるヘマは、この立派な剣を下げた剣客の大男をどうにか騙して食べようと企んでしつこくひっついてまわっている。
     男はどこか目的地があるのか村から村へ移動していて、また次の街へ向かう途中で思い出したかのように男に名を問われた。

    「ヘマ」
    「ヘマ?そんな名前があるか?」
    「おれがヘマばかりするから、まわりがそう呼ぶ」
    「本当の名前は?」
    「そんなのない」

     男が眉間に皺を寄せ、顎に手を当てて考え込む。
     つい正直に答えてしまったが、もしかして怪しまれているのだろうか。人食いはわざわざ一人ひとりに名前なんてつけないが、人間は違ったのだっけ? やってしまったか…? とヘマは青い顔をして男から目を逸らして俯く。ヘマのそういう仕草に男の眉間の皺はさらに深くなった。
     ひとつため息をついた後、少し考えて男は言った。

    「……青鹿はどうだ?」
    「なに?」
    「お前の名前だ」

     鹿かあ……。おれは鹿ではないのだが、まあ悪くはないのではないか。元のあだ名と響きもまあ微妙にだが似ているし。そう考えてありがたく献上品として受け取ることにした。
     逆に男に名を問えば、黒燕と言うらしい。
     燕。見た目は水牛の方が余程似ているのでヘマは可笑しくて笑った。

     男を追いかけてついたヘマの足の傷は既にすっかり消えて、今も山道を悠々と歩いている。人食いの化け物なので人間より治癒の速度が速く、怪しまれるかと思ってヒヤヒヤしたが、黒燕は若さゆえの治癒能力の高さだと思ったらしい。
     それにしてもこの男、騙されやすすぎる。ヘマは安心すると同時に心配になってきた。
     そういえば途中で何故かおれが貰った干した木の実を礼も言わずに勝手に食べていた。おれが呆れてものも言えずに見つめていたら、頭を撫でられて手のひらにその木の実を乗せられた。
     確かに黒燕が食べて処分すればいいとは思ったが、なぜ荷物に放り込んだだけなのにおれがあげたみたいな感じになっているのだ。おれは貰ったものを誰かにあげたりしないぞ。いちいちおれに食べていいか聞いて感謝しろ。全く。黒燕はアホだし礼儀知らずなのだ。
     こんな様子ではいくら剣の腕が立つようでも、きっと他の人食いに出会ったらすぐペロリと食べられてしまうに違いない。もし他の人食いに出会っても奪われないようにしなくては。ヘマでも狙えるかもしれない超優良物件なのだ。しかも肉がついてて美味しそう。後は腕っ節が弱ければ最高なのだが…。

     そんなことを考えているうちに、前を歩く大きな背中越しに目的地に着いたぞ、と言われて背中にぶつかりそうになる。
     ヘマはその時になってようやく、黒燕の悪口を考えることに夢中になって肝心の黒燕をどう食べるか作戦を忘れていたことに気付いた。
     しかし、街に入った瞬間にはそんなことまた忘れてしまった。
     そこは大きな街だった。村とは違って通りがあり、そこに店々が立ち並んでいて活気がある。何より人の群れ! こんなに人がたくさんいたら1人くらい食べてもバレなさそうだ、と空腹のヘマは思った。
     ぼんやり口を開けてうっかりするとよだれが出そうな顔で街を眺めているヘマについてくるように黒燕は言って、大きな建物を訪れた。ヘマは人間の文字は読めないので何の店かは分からなかった。
     黒燕はヘマにその店の外で待っているように言って入っていった。
     外から店をのぞくと、何人かの人間がいくつか並べられた机に座って喋っていたり、壁に貼られた紙を熱心に読んでいる。黒燕は受付のようなところで人間と話している。
     特に面白そうなものもないし、そもそも入るなと言われてしまったのでヘマは退屈して、すっかり忘れていた「黒燕をどうやって食べるか作戦」のことを考えることにした。
     そうだ! 酒に酔わせてみるというのはどうだろう! 同族の人食いもよくやっていた手口だ。このところ山の中でひとりで暮らしていたヘマはすっかり見る機会がなかったので酒という存在自体を忘れていた。
     思い立ったら忘れないうちに、と忘れっぽいヘマはすぐさま行動に移し、「ここで待っているように」という言いつけをすっかり忘れて、街の中に酒を求めてくり出した。幸い黒燕から貰った小銭がそのまま残っているので、盗んだりする必要もないだろう。

     街の通りを練り歩き、見つけたそれらしい店の親父に意気揚々と小銭を見せて、酒をください! と言ったヘマだったが、そんな子供の小遣いじゃ売れないよ、と門前払いされてしまった。黒燕に貰った額では足りないらしい。黒燕はなんてケチな奴なんだ!
     いっそ盗んでしまおうか…。ヘマは路傍に座り込んで考える。
     しかし、ちゃんと盗めるかどうか自信がない。ヘマは流石に自分が少しばかりおっちょこちょいであることを自覚しているのだ。自分の欠点をちゃんと知っているということが欠点を補って余りある美点なのでそれはまあいいが、盗みがバレて捕まってしまったらどうなるか。
     良くて店主にボコボコにされるか、憲兵に突き出されるか…。憲兵に捕まって身体を調べられたら人食いとバレて殺されてしまうかもしれない。盗賊をバッサリ殺した時のように、黒燕が助けてはくれないものだろうか(別にあの時は助けてもらわなくてもよかったのだが!)。
     しかしながら黒燕はそれこそ盗賊の首を容赦なく切り落とすような奴だ。もし盗みがバレたらおれの首も危ないかもしれない…。
     黒燕め。ケチな上に人殺しだなんて!全くなんて奴だ。アホなところしかいい所がないじゃないか! こんなだったら別の奴に目をつければよかった…。
     いや、待てよ? 本当にそうするのもいいのではないか。こんなに人がいたら1人くらい食べてもバレやしないと思ったのもついさっきのことじゃないか。他の人間を食べて腹を満たしてから、黒燕を食べる計画をゆっくり考えればよい。
     そうと決まればヘマは人気のない方へと人間を探して歩いた。大きな街には大概、路地裏だとか橋の下だとかの人の目につかない所に、死んでも誰も探しに来ない都合の良い人間が住んでいるのだ。街に潜むような人食いはそういうのを二、三人食べては次の街へ移ることを繰り返す。同族の人食いから聞いたことがある。
     ヘマも一度そうしてみようと街で暮らしてみたが、そういう人食いは人間を狩る以外の時は人間のフリをして暮らさねばならず、ヘマは人間のフリが壊滅的に下手クソなものだからすぐ街から逃げ出したのだ。ヘマはそのことはすっかり忘れている。基本的に失敗したことはすぐ忘れるに限る、と思っているのだ。
     
     路地裏に入っていくと、汚い布を筵のようにして敷いて疲れた顔で座り込んでいる、おそらくそこで暮らしているであろう浮浪者がいた。
     ヘマがのこのこ近づいていくと、浮浪者は気配に気づいて俯いていた顔を上げてヘマの綺麗な顔を見る。

    「…なんだぁ? 立ちんぼか? こんなとこじゃ金になんねだろ。俺も払えるようなモンは無え」
    「金?」
    「そういうカマトトぶんのも俺の好みじゃねえ。とっととどっか行きな」
    「タチンボすると金貰えんの?」
    「あぁ? なんだ。ただの迷子かあ?」
    「タチンボって酒買えるくらいの金貰える?」
    「……そりゃ貰えるだろうがよぉ…」
    「タチンボってどうすりゃいいの?」
    「だから、その、立ちんぼってのはカラダを売るって意味だぞ。誰かの酒のためにやるもんじゃねえ……」

     なんと。人間を誘って金が貰える。そんなやり方があるのか。
     人間も食えて黒燕に盛る酒も買える! なんて素晴らしい…。ヘマは降って湧いた都合の良い話に感激した。

    「おれタチンボする!」
    「いや、あんなぁ、お前さんなぁ…誰か、まともな血の繋がった奴とかいねえのかい」
    「いない! みんな死んだ」
    「そうか……」

     浮浪者はさっきよりも疲れた顔になって黙り込んでしまった。ヘマは黒燕よりもよっぽど役に立つこの浮浪者のことが気に入ってきたので見逃してやろうかと思っていたのに、どうしたのだろう?

    「どうした、おっちゃん? おれはここではタチンボしないしおっちゃんから金貰わないぞ?」
    「あ、あぁ…。でもな……お前さん、それはな……」

     浮浪者はもごもごと、言葉を選んでなにか言おうとしている。ヘマはさっぱり分からなかったので、浮浪者の横にしゃがんで、自分のつま先とか落ちている小石を見ていた。

    「─っおい!」

     聞いたことのある声が聞こえて、顔を路地の入り口の方に向ける。
     息を切らせた黒燕が立っていて、額に汗を浮かべている。眉間に皺を寄せて、怒ったような慌てたような顔をしている。

    「黒燕だ」
    「青鹿、お前な! 勝手にどこかへ行くなと─」

     黒燕がズカズカと大股でヘマに近寄ろうとした。そこにすかさず、浮浪者のおっちゃんが不恰好な木の杖を力いっぱい握りしめて振りかぶり、黒燕に叩きつけた。

    「うわっ!? なんだアンタ!?」
    「このッ! お前こそなんだ! こんなガキに酒の代をカラダで稼がせようなんざ!」
    「え!? はッ!? 何!?」

     浮浪者の男はさっきまで青かった顔を真っ赤にして歯を食いしばって杖を振り回す。戦い慣れている黒燕にその攻撃は一向に当たらないが、出会ってからこれまで見たことないくらいに本当に困惑しながら慌てていて、ヘマは可笑しくなって、けらけら笑った。
     黒燕はやろうと思えば叩いてくる浮浪者をひねり殺すこともできるだろうに、どうにか痩せた腕を抑え込んで、暴れる浮浪者のおっちゃんに事情を説明させてくれと懇願した。
     黒燕のような図体の大きい男が本当に困って平伏して人に頼み事をしてるのが心の底から可笑しくて、ヘマはさらにひっくり返るくらい笑った。その様子におっちゃんも黒燕も顔を見合わせる。

    「青鹿、なに笑ってる! お前も事情を説明しろ!」

     ヒィヒィ笑いながらヘマはお前に酒を買ってやろうとした、と悪びれなく言った。

    「酒?」
    「そうしたら、金が足りないと言われたんだ」
    「金なんて持ってるのか」
    「この間お前がくれた」
    「お前……」

     この間渡した金は釣りがくるほどの額ではない。ということはヘマは代金を払わなかったか、タダで貰ったのを隠して貰った金をちょろまかしていたのだ。黒燕がほとほと呆れた目になる。気にせずヘマは続ける。

    「足りないから、おれが稼いで買ってやろうと思ったんだ。」
    「どうやって?」
    「タチンボ」
    「お前、それが何か分かってるのか」

     そりゃ分かっている。さっき聞いたのだから。

    「身体を売るってことだろ」
    「お前は……!」

     黒燕が怒った顔で声を張り上げそうになったので、浮浪者のおっちゃんの視線が厳しくなる。黒燕はヘマに説教するのは後にした方がいいと判断したのか途中で言葉を切って、浮浪者に説明を始める。
     この子供は盗賊に襲われた村で拾った。出会った時からこんな調子で、困った奴なのだ。どういう生き方をしてきたのかは分からないが、名前すら無いと言うから俺が名前までつけて、どうにかまともな暮らしに戻してやろうとしているところなのだ。

    「坊主、本当か?」
    「ウン」

     まともな暮らしに「戻す」計画は初耳だが、ほぼ合ってるので肯定した。

    「俺の名前は黒燕だ。『組合』に黒燕という男がいるか聞いてみろ」

     浮浪者は「組合」という言葉に驚いて、黒燕を上から下まで眺めた。

    「『組合』の?確かにそれっぽい体格してるがよぉ…浮浪者が組合の建物の前でうろついて見ろ。すぐつまみ出されて終わりだ」
    「なら、貴方が来たら俺の金で酒を奢れと受付に伝えておく。貴方の名前は?」

     黒燕が浮浪者を「貴方」と身なりの良い人みたいに呼んで、浮浪者はなんだかむずむずしたような居づらそうな顔で名前を告げた。この国に千人は居そうなありきたりな名前だった。

    「覚えておく。この子を心配してくれてありがとう」

     黒燕は浮浪者のおっちゃんに頭を下げて、浮浪者は面食らって、すっかり毒気を抜かれてしまった。黒燕を子供に身体を売らせて酒を飲むような男とは疑いづらくなったようだった。

    「ウン…まあ、俺も、急に殴りかかったりして悪かった……」
    「一発も当たってなかったけどな」
    「青鹿!」

     咎めるように名前を呼ばれて、そのまま黒燕に首根っこを掴まれて路地裏から引きずり出されるように連れて行かれた。
     浮浪者はその姿をボンヤリと白昼夢でも見たかのような気持ちで見送った。


    「いたたた! 首がしまっちゃう!」

    そう訴えると黒燕はすぐに襟を離して、代わりに手首を握った。黒燕の大きい手で握られるとおれの腕は枯れ枝みたいに細く見える。

    「青鹿」
    「はい?」
    「お前あの焼けた村の出じゃないだろう」

     ぎくり。こういう時はダンマリ戦法!

    「……言いたくないのならいい」

     ほっ。全くチョロいもんだぜ、黒燕は。

    「ただ、俺のことももう少し信用してほしい。俺は酒で機嫌が良くなったり、悪くなったりもしない。金もほしくない。お前はよく分からないかもしれないが、お前が真っ当に子供らしく生きてくれたらそれでいい」
    「勝手にどこか行くのは子供らしくないか?」
    「…せめて言いつけくらいは守ってくれ……」

     黒燕はため息をつく。ヘマは黒燕はよくため息をつく癖があるんだなあ、と思っている。

    「こんな所まで来て、人食いが出たらどうする」

     人食いという言葉に一瞬ぎくりとするが、おれの正体がバレてたら出る台詞じゃない。ヘマは安堵した。

    「人食いなんて本当にいるのか?見たことないぞ」
    「そりゃ見たやつは皆食われるんだからな」
    「そうかあ」

     別にそんなことはないのだが、黙っておく。
     それに、人食いを食べる人食いなんかいないし、何より人間は人食いの変化を見抜けないが人食い同士は一目見ただけで分かるものだから、おれが人食いに襲われる心配は一切無い。

    「なんか、黒燕は騙されやすくて心配だな」
    「ほう? 歳や出自の他にまだ隠してることがあるのか?」

     ぎくぎく。ああもう、口を開けばこうだ! おれのバカ! ヘマ!
     しかしこういう時は下手に嘘を吐くより本当のことを混ぜて答えた方がいいのだ。食いしん坊の同族が言ってた!

    「お前に……酒をあげようと思ったって言ったけど、本当は…酔わせて寝込みを襲ってやろうとしてた」
    「……お前、どうしてそこまでするんだ」
    「お腹が空いた時にはそうするしかないから」
    「………………」

     その後、今回の宿にでも連れて行かれるのかと思ったら最初に黒燕が入っていった建物に再び連れてこられて、今度は一緒に中に入った。
     丸い天板の机に座らされて、黒燕が受付に向かって料理の注文表を持ってくるように声をかける。

    「ここって料理屋さんだったのか」
    「違う。『組合』の建物だ。腕の立つ人間を用心棒だとか、害獣退治だとか人食い退治の依頼に斡旋する派遣業者だ。依頼によっては即席で何人か組んだりもするから、その分け前や役割の相談の為に机が提供されてて、ついでに食事や酒も売ってる」

     全然何言ってるか分からなかったが、人食い退治という言葉だけは入ってきた。あんまり顔を覚えられるのはよくなさそうだ。
     だというのに、食事の注文表を持ってきた受付の女の人に早速声をかけられる。この美しい容姿が憎い!

    「あら! なあにこのちいさい人は! 黒燕についに相棒でもできたの?」
    「違う。拾っただけだ。腹を空かせてる」
    「そうなのぉ! 好きなだけ頼むのよ? どうせ組合が黒燕に支払ったお金なんだから、返してもらってるだけなんだし」
    「それも違うだろ。依頼主から貰った金だ」
    「もう、冗談が通じないんだから」

     女の人は注文表をヘマに渡すと、さっさと持ち場に帰っていった。

    「青鹿、どれが食べたい?」
    「文字が読めないからわからない」

     注文表を開いて見てみるが、文字ばっかりで何が書いててあるのか分からなかった。

    「そうだな…。何か食べたいものはあるか?」
    「肉!!」

     別に肉が好きな訳ではないのだが、さっきまで人間を食べるつもりでいたから肉の口になってるのだ。これで腹は膨れないが、まあ先に味だけでも楽しみたい。

    「じゃあ、これと……これを、あと…水を」

     黒燕は注文表を指差して何かを注文した。ヘマは退屈で足をぷらぷらさせて机の木目とかを見てた。
     注文を待ってる間、黒燕は顔が広いのかちょくちょく他の腕利きとやらに声をかけられる。ヘマについて聞いていく行為のおまけつきで。
     ああ! 誰もが目を惹かれてしまう自分の美しい容姿が憎い!
     声をかけられる度に黒燕は律儀に経緯を説明して「こいつはよく迷子になるやつだから、1人でふらふらしてるのを見かけたらできれば捕まえておいてくれ」と頼む。
     な、なんて余計な真似を……! これじゃ浮浪者を食べることがものすごく難しくなってしまう……! 黒燕はおれの邪魔をする天才なのか!? クソ! この余計な才能と腕っ節の強ささえ無ければ最高の餌なのに!
     ヘマが難しそうな顔になっていくと、黒燕はもうすぐ料理が来る、とヘマの頭を撫でて宥める。
     お前のせいでまたおれは食いっぱぐれそうなのに。くそ、腹が立つ。

     ヘマのムスッとした顔の前に、ようやく皿が並べられる。
     薄切りにした動物の肉になにか黒っぽい液体がかけて焼いてあるのと、肉に何かをまぶして固めて火を通してあるやつの下に米が敷いてある料理が出てくる。
     箸を見よう見まねで握るようにして掴んで、薄切りの肉を口に運ぶ。甘くて辛くて美味い。口の周りをベタベタにしながら次々食べて、その隣の丼にも手を出す。まぶしてあるやつがサクサクしてて美味しい。米も甘くて美味しい。むしゃむしゃ食べてると、さっき声をかけてきた組合とやらの周りの人間もなんだか嬉しそうにしたり笑ったりしてる。
     ふふん。おれの顔は美しいからな。おれが笑顔だとより一層美しくて目を惹くだろう。

    「これ美味しい! この黒い液体!」
    「ああ、このタレが気に入ったのか」

     タレ! そういうのもあるのか。黒燕にタレつけて食べたらもしかしてもっと美味いのかな。頭の中で味を想像しながら黒燕の腕をじっと見てたら頭を撫でられた後に口の周りを布で拭かれた。さっきからなんだコイツは。うざい。
     それでも丸きり食べ終わると、本当は不本意だが周りからは良い意味で注目されるし、腹は膨れないがかなり機嫌は良くなった。
     
    「美味かったか」
    「ああ!」
    「腹が空いたら俺に言うか、ここに来てなにか頼めばいい。組合に俺の金がいくらか預けてあるから、そこから支払われる」
    「ふーん…。ここで1番高いものってなーに!」

     さっき注文表を持ってきた受付の女の人に声を上げて聞く。

    「年代物の熟成酒のすっげー良いやつがあるわよ〜! 黒燕の貯金とおんなじぐらいの額!」
    「おいやめろ。おい! コイツには料理以外出さなくていいからな!」

     飯は美味いわ黒燕の慌てる顔は面白いわ、ヘマは大変に機嫌が良くなった。黒燕にお礼を言えと言われれば、黒燕にも料理を作った人にも受付の人にも愛想よくありがとう! と言った。ヘマにニコニコお礼を言われた人間たちも皆にっこりした顔で返した。

     それからこの街には黒燕の借家があると長屋の部屋に案内され、ここで寝泊まりすると説明された。黒燕はヘマのことをしばらく置いてくれるらしい。
     ならいくらお堅い黒燕でも酒を飲む機会くらいはあるだろう。急がなくても良かったのだ。
     しかし、タチンボで人間を食べる計画は無理そうだ。あそこまで顔を知られてしまって、フラフラ歩いてたら黒燕に告げ口するような人間がたくさんいるのだ。ここまでずっと歩いてきて、腹が空いて仕方がない。なにか他の作戦を近いうちに考えねばなるまい……。
     そんなことを考えてる後ろで黒燕が何やらごそごそやってると思ったら、いきなり服を脱がされそうになる。
     えっ!? 何!? 食べる好機!? 

    「おれまだ心の準備できてない!」
    「バカ」

     軽くはたかれて罵倒された。なに? そういう趣味だったの?

    「前々から思ってたが、お前小汚いぞ。水浴びしろ」
    「汚い…!?」

     このおれが…!? 汚い…!?
     ヘマは初めて言われた自分とは無縁と思っていた言葉に衝撃を受けて、口をわなわなさせた。

    「あ、いや……、物理的に、の話だ。前に足は拭いて綺麗にしてやったが、他は泥とか土や垢がついたままだろう」
    「なるほど…」

     このヘマの「なるほど」は、汚いの説明に対してではなく、狩りが全然成功しないことへのものだった。
     人間って、そういうこと気にするんだ…。顔さえ綺麗ならなんでもいいのかと思って顔しか洗ったことなかった……。

    「分かった。綺麗にする」
    「そうか。ひとりでできるか?」
    「できる!」

     やったことないけど! 多分おれならできる! ていうかできないと黒燕に身体を見られて正体がバレるかもしんないからできないと死ぬ! 頑張れおれ!

     そうしておっかなびっくりで水を浴びて身体を綺麗にし、2回ほどダメ出しされて再び身体を洗ってようやく黒燕が良いという基準まで来た。
     水浴びというのに水を浴びるだけじゃなく布で擦らないとダメだと言うのは謎だった。
     あまりにおれがものを知らないので、流石の黒燕も訝しむような顔で「お前今までどうやって暮らしてたんだ…?」と聞いてくる。
     「自分ではやったことがないから、どこまでやっていいか分からなかったんだ」と非常に苦しい言い訳をしたが、黒燕は微妙な顔をしながら信じたみたいだった。マジか黒燕。
     本当に目をつけられた人食いがおれで良かったな。その日のうちに食われずに今日まで生きているのはおれの狩りが下手なおかげだぞ。
     ヘマは極めて恩着せがましい考えで、優しい目で黒燕を見つめた。そうすると何を思ったのかまた黒燕はヘマの頭をぽんぽんと撫でる。
     おれの頭そんなに触り心地がいいのか…? 自分で手をやって触ってみるがさらさらの髪の毛の手触りは確かに良い。
     うんうん。やはりおれは美しいし手触りもいい。その内、狩りも上手くいくぞ。そう言い聞かせながら、黒燕と同じ屋根の下でヘマは空腹の腹をさすりながら眠りにつく。黒燕は一つしかない布団の中にまたヘマを入れてやった。

     そうしてヘマは水浴びと料理の注文の仕方を覚えた。黒燕を食べる計画の実現に一歩近づいたかは、微妙なところである。

     つづく
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