# あの子は今夜も だれかのしたで ないているの◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
幼い頃からフェイスは、向けられる視線に敏感だ。
周囲の人間はいつも、うっとりとした表情でフェイスの両親と、兄の顔を見る。まるで国立美術館での芸術鑑賞を楽しむかのように。
それから少しだけ視線を下げて、9歳離れた兄の後ろで顔を半分隠しているフェイスを視界に入れると、みな一様に息を呑むのだ。
音の波に揺蕩うことを好むフェイスにとって、自身の顔を見た直後に漏れ聞こえる感嘆のため息はただの雑音でしかなかったが、僅かでも不埒な考えを抱く者など許さないと、いつだって手を握ってくれる存在がそばにいた。
「俺のそばから、決して離れてはいけない。守れるな? フェイス」
両親に促されて出席させられるよくわからないパーティーは、フェイスだけのヒーローをひとりじめできる時間でもあった。
凛々しくて、理知的で、かっこいい兄が。礼節を何よりも重んじている、兄が。周囲に当たり障りない愛想を振り撒きながら、頭の中では常にフェイスを第一に考えてくれる時間を、いつまでも終わらせたくなくて。いくつになっても人見知りしがちな、他者から向けられる好奇の視線に等しく戸惑う、無垢な弟であり続けた。
「……ねえ。すこしだけ、痛い……」
事は終わったというのに、いつまでも密着している汗ばんだ肌に嫌気がさしたフェイスは、適当なことを殊勝な態度で口にする。
そうすれば、フェイスを組み敷いていた男は慌てて体を引いて、気遣いの言葉を矢継ぎ早に紡ぎ出すのだ。
「あは、大丈夫。ありがと。……なんだか、喉が渇いちゃったな。なにか飲まない?」
聞いているのはフェイスだが、当たり前のように用意するのは目の前の男だ。
フェイスを抱きたがる男達の中から、都合と利害が一致する人間を選ぶのは、フェイスにとってそう難しいことではなかった。
構成するものが、同じかどうかを見極める。ただそれだけだ。
撫でてくれる手の大きさが同じだった男もいたし、額にキスをしてくれる唇の色が同じだった男もいれば、名前を呼んでくれる声の高さが同じ男もいた。
勿論、髪の色は違うし、瞳の色だって違うし、体格も妥協せざるを得ないし、何より顔が違うけれど。どこかたった一つでも、似ている部分があれば合格。
「なあに? ……うーん、ごめんね。明日の朝、早いんだ……寝坊して、外出禁止なんて食らったら、もう会えなくなっちゃうし……また今度。ね?」
弄ぶばかりでは、どこかで当然、痛い目に遭う。だからフェイスは、見返りに自分の持ち物の中で一等価値のあるもの――――自分自身の身体を差し出している。
好きなように『使って』構わないから、と。
離れていった手の温もりの代わりに、妥協と打算のギブアンドテイクが、今のフェイスの身を守っていた。
――――そうやって虚ろに消費するだけだった夜は、しかし。間もなく払暁を迎えられるかもしれない。
聞いたはずの名前も既に思い出せない男からミネラルウォーターを受け取って、フェイスはそれをゆっくりと嚥下した。
渇き続けてひりついてしまった喉が、じわりと潤っていくのを感じる。
フェイスは、己に向けられる視線に敏感だ。
自分を組み敷いてきた男達の瞳の色がマゼンタでない限り興味はないが、その奥に灯る情欲が『同じ』であることに意味があった。
不埒な輩から、害するものから守るためと握られた手のひらに。慈しみと家族の情だけを向けていると言わんばかりの瞳の奥に。それだけではない、確かな熱源を感じ取るようになったのは、いつの頃からだったか。
それらしい小言や説教を口にするときだって、揃いのマゼンタはどこまでも雄弁だ。
フェイスが纏う情事の後の気怠さや、肌に残る痕跡を見つけるたび、弟を抱いた顔も知らない男達に向けているのだろう歪んだ感情が、隠しきれていないのだから。
( ねえ、ブラッド。世界でたった一人だけの、俺のアニキ。 )
あとどれだけ煽ったら、ここまで堕ちてきてくれるだろうか。
それとも、おいたがすぎる悪い子は、今度こそ見放されちゃう?
もう一ラウンドは断ったばかりだが、興が乗ってしまったフェイスがねだって見せれば、ブラッドと同じ瞳をした男は仕方がなさそうな顔をして新しいスキンを手に取った。
# あの子は今夜も だれかのしたで ないているの
BGM 強く儚い者たち/Cocco